『ワークマンは商品を変えずに売り方を変えただけでなぜ2倍売れたのか』ー小売に閉じないあるべき事業推進を知れる一冊


要約

20年6月発売の本書は直近のワークマンの好業績を説明している。商社出身の言わばアウトサイダーである土屋哲雄氏は2012年4月ワークマンのCIOに就く。店舗標準化というワークマンの強みにこの時点で気づく一方「職人服市場におけるニッチトップ」かつ「既製品の仕入れ・販売というしまむらモデル」では、事業の天井は1,000店舗、年商1,000億円以上だと看破し、2014年に新業態への進出という中長期ビジョンを打ち出す。まずは作業服のPB化に挑み在庫を持つ(それまでのワークマンは既製品の仕入れ・販売モデルで在庫を抱えないことを強みとしていた)経営に舵を切った。作業服PBで得た知見を用いて16年以降カジュアルウェアPBを展開するも売上成長率は103%〜104%程度。ここで売り方の変更に移る。それが新業態「ワークマンプラス」。18年9月ららぽーとにこれまでのワークマンとは異なるアウトドアブランド然としたディスプレイの新業態店舗をオープン、これが目標以上の売上を達成。20年3月時点には175店舗までワークマンプラスが拡大した(なお、本書の内容外にはなるが20年5月に発表された20年3月期決算では売上高前年比成長率131.2%まで伸長。売上高PB比率は51.4%とのこと)

この背景が本書で丁寧に紐解かれる。以下は特に私が面白いと思った点の抜粋(これ以外にも「善意型SCM」や「契約更新率99%のホワイトFC」など面白い要素が沢山あるので気になった方は是非本書を読んでみて欲しい。)
①徹底標準化のDNA:そもそもワークマンは作業服専業の頃から徹底したマニュアル化・効率化を行なっており、その文化が浸透(逆に言えば土屋氏着任前はこの文化が「前例踏襲」を良しとすることも生み出しており、次の事業の柱を考えるようなムードはなかった)
②データを見て変える文化醸成&データ分析スキルの底上げ:全社員がデータ分析講習を受講。基礎的なデータを見る目とスキルを養うことで、標準化経営に必要なスキルを装着(また明言はされていないものの、おそらくこうした共通言語が社内に通底していることで、各種意志決定が極めて合理化・簡素化されている)。データ分析経営の推進は店長の頭の悩ませどころである「仕入れ」を完全自動化するツールを生み出し、店長がより接客などに集中できる環境を可能にした。データ計測を可能にする仕立ても秀逸であり、例えば新規店舗出店時も、異なる立地にパラメータを変更して出店し、差分を見ることを実践。成功要因を紐解けるような設計が徹底されている。
④ファンの声を聞き入れる:ワークマンの商品に作業服以上のニーズがあることを見出してきたのは実はコアファン・消費者である。例えばバイカーやキャンパーたちがワークマンのレインウェアを愛用。それを察知したワークマンは彼らを商品開発に取り込みフィードバックを得るとともに、アンバサダーとしてマーケティングにも協力してもらっている。

考察

ワークマンの躍進は「ポジショニング戦略」と「組織能力」で整理されうると考える。まず「ポジショニング戦略」でいえば「①値段を気にせず欲しいものが買える体験」×「②高品質なアウトドアウェア・ギア」がはじめて組み合わされたのではないか。①は「ユニクロ」・「GU」にもある要素だし、②は「ノースフェイス」などのアウトドアブランドが持つ要素だが、その二つがかけ合わさったブランドはこれまでなかった(あっても時代にそぐわなかった、もしくはそれを可能にする組織能力を持っていなかったのかもしれない)。しかしながら冨山和彦氏が著書『コーポレート・トランスフォーメーション』(文芸春秋)でも明言しているように「戦略は組織能力の従属変数になった」のである。ワークマンのポジショニング戦略を成功させるには「高品質な商品を低価格で提供できる開発力」「データを取得できる推進設計とデータに基づく意思決定ができる文化・スキル」「ステークホルダーを疲弊させず共存共栄させる各種制度(FC/SCM/カスタマーの巻き込み)」などがある。そして前・後者の要素を見出し組織に装着(もしくは萌芽を育て上げた)させたのは土屋氏その人であろう。学べることが多く何度か読み返したい本であるが、まずはやはり現在の事業の立ち位置を整理し成長の天井を理解し、次なる成長筋を思考するという姿勢、そしてその戦略に必要な組織能力を埋め込むという推進方法、これは常々意識しておきたい。細かいところでいえば、常に有効な比較データが取得できる施策設計・推進を行うという点もとかくやりっぱなしが多くなりがちな自分自身としては反省させられるところであった。次のワークマンの打ち手を楽しみにする次第である。

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