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「障害は個性の1つだ」といわれるとなぜモヤモヤするのか

「障害は個性の1つだ」という表現は、障害を否定的に捉えるのではなく、個人の特性として肯定的に受け止めようとする意図が込められています。

これは一見もっともらしいことのように思えるのですが、果たしてそう単純に言い切れるでしょうか。この表現には以下のような問題があり、それがモヤモヤとした感覚につながっているのかもしれません:

  1. 困難の軽視:「個性」という言葉で片付けてしまうと、障害によって生じる日常的な苦労や社会的な壁が見えにくくなる可能性があります。

  2. 社会の責任の曖昧化:障害を個人の特性としてのみ捉えると、バリアフリー環境の整備など、社会が担うべき役割が薄れてしまう恐れがあります。

  3. 多様性の無視:障害の種類や程度、個人の環境によって、その経験は大きく異なります。「個性」という言葉では、この多様性を十分に表現できないかもしれません。

  4. 構造的問題の個人化:障害を「個性」と呼ぶことで、障害者が直面する不平等や差別の問題が、個人の問題にすり替えられる恐れがあります。

  5. 深い理解の欠如:「個性」という言葉を使うことで、障害によってもたらされる実際の困難や苦労に対する深い理解や共感が不足してしまう可能性があります。

この感覚は、私たちが日常生活で耳にする他の単純化された表現に対する違和感に似ているかもしれません。例えば、個人の努力だけで解決できるかのように語られる社会問題や、複雑な要因を持つ健康上の課題を軽視するような言葉です。

ここで重要なのは、このような単純化された表現が、実際には誤った認識に基づいており、人を傷つける可能性があるということです。そのため、私たちは言葉の使い方に十分注意を払う必要があります。

では、どのように障害と向き合い、障害のある人と接していけばよいのでしょうか。以下のような姿勢が大切だと考えられます:

  1. 障害について学ぶ:それぞれの障害について知識を深めましょう。

  2. 社会の壁に目を向ける:障害は社会によって作られる面もあることを理解しましょう。

  3. 当事者の声を聴く:障害のある人の経験や思いに耳を傾けましょう。

  4. 必要な手助けをする:支援が必要な時は協力し、自己決定も尊重しましょう。

  5. 多様性を認める:障害は人それぞれ違うことを理解し、「個性」と簡単にまとめないようにしましょう。

結局のところ、「障害は個性の1つだ」という表現に対するモヤモヤとした感覚は、より深い理解と共感を求める気持ちの表れかもしれません。障害のある人一人ひとりの経験を尊重しつつ、社会全体で障害に対する理解を深め、誰もが暮らしやすい社会を実現していくことが重要です。この感覚を大切にしながら、障害について考え、行動していくことが、真の意味での共生社会につながるのではないでしょうか。

あらゆる人が楽しくコミュニケーションできる世の中となりますように!