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掌編小説風・車内トラブル【創作日記】

 三月下旬、平日の午後の車内は春の陽気を思わせるような暖かさがあった。
「あんたぁ! なんやのん!」
 非難するような、中年女の声が聞こえてきたような気がした。
 座席でまどろんでいた私はその声に目覚めて、伏せっていた顔を思わず上げてしまった。
 対面する座席に向かって、黒い眼鏡をかけた小太りの中年女が仁王立ちのような感じで立っている後ろ姿が見えた。そして対面する、座席に座っている女子大生風の女と睨み合っていた。十代に見える若い女の脚は長くてスタイルは抜群、脚を組んで座りスマートフォンを熱心にいじっていた。
「脚なんか放り出して、通行の邪魔になるやんか!」
 どうやら、投げ出していた脚のつま先が、中年女の持っていたトートバッグに当たったらしい。
「あやまりもせんと、なんやのん。嫌な顔して、あんたは……」
 中年女は、怒りに燃えているようだ。座席にいる女子大生風の女は、唇をゆがませ、不満げなまなざしで中年女を見上げている。
 中年女はため息をつくと、その場から離れて行った。
「うるさいなぁ、ババア」
 女子大生風の女は、吐き捨てるような声を上げた。
 その声が聞こえたのか、中年女はきびすを返して透かさず戻ってきた。
「なんやてぇ。もう一回、言うてみぃ~!」
 腹の底から怒りが湧きあがるような、ドスの効いた声が飛んだ。中年女の握りしめたこぶしが、怒りでわなわなとふるえている。
 若い女も負けてはいない。般若を連想させるほどおぞましい顔つきになり、中年女を、掬い上げるようにねめつける。
 二人は睨みあったまま、一歩も譲ろうとはしなかった。
 電車が駅に停車して、乗降が始まった。背のすらっとした若い男が乗り込んで来た。
 若い女はとっさに顔色を変え、ふいに両手で顔をおおった。と、そのとき、若い男が近づいてきて、親しそうな素振りをみせて声を掛けてきた。どうやら若い女の彼氏のようだ。
「千尋、どうしたん?」
「あっ、たっくん。この人、怖いの」
 千尋は、甘え声をだしてむせび泣き、彼氏の腕に縋り付いた。
 たっくんは中年女を睨みつけ、千尋という女子大生風の女を連れて、別の車両へと移って行った。
 その後姿を、唖然とした態度で見送る中年女の白いトートバッグについた汚れは、誰が見てもはっきりと分かるほどひどいものだった。

                 <了>

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