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『眠り姫に月の涙』第4話

第4話 グレート・マザー
「あなたのお母さんはどんな人ですか?」

○登場人物
佐伯瞬 (20)  真面目で勤勉な大学生
星野静穂(40)  瞬育ての母・飲料会社勤務
笹本美優(20)  瞬の微妙な彼女
道島幸太(20)  瞬の(長年の)親友
大場綾乃(20)  美優の親友・瞬のゼミ友
佐伯真代(享年25)瞬の母・静穂の親友
木下恵美(26)  スーパー店員(真代二役)
木下弘夢(4)  恵美の息子
笹本英子(46)  美優の母

○△△寺・納骨堂
静穂、瞬、合掌している。
   ×     ×     ×  
静穂「早いね。もう、十五年経つんだね」
瞬 「うん・・・」
静穂「瞬、会う度、会う度、どんどんでかくなっちゃって。真代、苦笑いしてるよ」
瞬 「あと五年で、俺、追いついちゃうよ」
静穂「よーく考えたら、今の瞬と同じ年。二十歳で瞬を産んだんだよね」
瞬 「うん・・・」
静穂「真代って、一見、頼りなさそうだったけど、実はしっかりしてた。芯が強いの」
瞬 「シィちゃんと逆だね」
静穂「そうそう。私は、強そうだけど、芯がふにゃふにゃって、あのねー」
瞬 「(くすっと笑う)」
静穂「笑った顔、真代に似てるね」
瞬 「そうなんだ」
静穂「やっぱ親子だね・・・真代、生きてたら、きっと若々しくてきれいな四十歳だったんだろうなぁ」
瞬 「(笑いながら)シィちゃんと逆で?」
静穂「そうそう。私ばっかり、年取っちゃって。お肌のつやもなくなってきて」
瞬 「うんうん」
静穂「そこ、否定してくれる?」
 瞬、きらめく憂い顔で、静穂を見つめる。
瞬 「シィちゃんも、全然、変わってないよ。二十五歳からずっとそのまんま」
静穂「そこまで持ち上げられると、嘘くさい」
瞬 「年相応だよ。シィちゃん」
静穂「やっぱ、持ち上げて」

○大学・講義室(授業開始前)
  美優、幸太、綾乃、席に座っている。
綾乃「佐伯くん、遅いね」
美優「お母さんの命日だから、休むって」
綾乃「そうなんだ」
幸太「毎年、必ず、お母さんが亡くなった現場に、花持って行ってるんだよ」

○市道・舗道上(事故現場)
 瞬、花を手向け、手を合わせている。

○大学・講義室
美優「事故現場に・・・そうなんだね・・・」
綾乃「お母さん、亡くなった時、まだ五歳だったんでしょう・・・お母さんの記憶って、あるのかなぁ」
幸太「俺、五歳の時のことなんか、ほとんど覚えてないな」
美優「なんか切ないね・・・」

○市道・舗道上
 瞬、その近くに腰掛け、じっと花を見ている。その眼差しは、真代に何かを話しかけているよう。
   ×     ×     × 
 瞬、空を見上げる。空が青い。雲がやさしく流れていく。

○スーパー・店内(夕刻)
 瞬、買物をしている。
   ×     ×     ×
 瞬、カゴをレジ台に置き、ふとレジ係の女性を見て、呼吸が止まる。
母・真代の笑顔がある。
 それは、木下恵美である。
恵美「お待たせいたしました」
瞬 「・・・(見とれている)」
恵美「ん?(不思議に思いながらも笑顔)」
 瞬、レジ打ちしている間も、じっと、恵美の顔を見ている。
恵美「合計で1237円でございます」
瞬 「は、はい」
 瞬、金を差し出す手が軽く震えている。
結構、小心者の瞬。
恵美「1500円、お預かりします」
 瞬、恵美に視線くぎづけ。
恵美「263円のお返しでございます」
瞬 「はい」
恵美「ありがとうございました」
瞬 「(うっかり)こちらこそ」
恵美「(ふっと笑う)」
瞬 「あっ・・・(しまった・・・)」
 瞬、恥ずかしそうにカゴを持ち、恵美の見える荷台に移動。恵美をちらちらと見ながら商品を袋に詰めている。
瞬 「・・・」

○静穂宅・リビング(夜)
 静穂と瞬、夕食を食べている。
 瞬、恍惚の表情を浮かべ、ぼーっとしている。頭の中は、恵美でいっぱい。
 瞬、静穂の視線に気がついて、
瞬 「何?」
静穂「何かいいことあった?」
瞬 「えっ? 別に(にやにや)」
静穂「そう?」
瞬 「うん」
静穂M「本当に嘘のつけないヤツ」

○(翌日)スーパー・店内(夕刻)
 瞬、入口を入るなり、レジをチェック。恵美の姿が見える。
 瞬、にやりと笑った顔を、すれ違った人に見られ、赤面する。 
   ×     ×     ×
 瞬、さりげなく、恵美の列に並ぶ。
恵美「いらっしゃいませ」
瞬 「(どうもと頷く)」
 恵美、商品のバーコードを通していく。
 瞬、恵美のネーム「木下」をチェックする。
瞬M「俺のこと、覚えてないよな・・・」   
 瞬、さびしそう。
   ×     ×     ×
 瞬、昨日と同じ、恵美の見える荷台で、袋詰めをしている。
 恵美に店長が近づいてくる。
店長「木下さん。今日、七時まで、レジに入ってくれないかなぁ」
恵美「えっ?」
店長「遅番の鈴木さん、熱出たらしくって、どうしても、来られないらしいんだよ」
恵美「すみません。子供の保育園、お迎え六時までなんです」
店長「それ、誰かに頼めないかなぁ」
恵美「・・・(困っている)」
店長「木下さんが子供の病気で休んだ時、鈴木さん、三日も通しで代わってくれたんだよ」
恵美「・・・わかりました。何とか知り合いに頼んでみます」
店長「よろしく!」
 店長、その場を離れる。
 恵美、困った顔をして、考え込んでいる。
瞬 「・・・あのう」
恵美「(笑顔を作って)はい」
瞬 「僕がお迎えに行きましょうか?」
恵美「えっ?」
 瞬、バッグから、慌てて学生証を出して、提示する。
瞬 「あやしい者ではありません。今の話が聞こえてしまいまして・・・お困りのようなので・・・」
 恵美、学生証を見て、微笑む。
恵美「佐伯瞬くん・・・ありがとう。やさしいのね。でも、迷惑かけられないから」
瞬 「暇な大学生だから、大丈夫です」
恵美「それに、その後、見てくれる人もいないの。うち母子家庭だから」
瞬 「・・・(じーん)」
恵美「知り合いに電話してみるから。本当にありがとう」
瞬 「七時までですよね。僕がきちんと面倒見ます。安心して下さい」
恵美「でも・・・」
瞬 「これでも、教師目指してるんです。母の友人の小さい子供を預かることもあって慣れています。ぜひ、頼ってください」
 恵美、少し考えたあと、ほっとした顔になって、
恵美「ありがとう。助かります」

○同・従業員休憩室
 恵美、スマホを出す。
恵美「私、木下恵美と言います。これが、お迎え先の保育園の場所です」
瞬 「ああ、ここならわかります」
恵美「保育園の方には連絡しておきます。あと、これが私の携帯番号です」  
  瞬、携帯を出す。  
瞬 「これが、俺の番号です。あと、ウチのマンションなんですけど。公園を右に曲がって、二つ目の信号のところにあるマンションの502です」
恵美「ああ。あのレンガ色の」
瞬 「そうです」
恵美「終わったら、すぐに迎えにいきます」
瞬 「はい」
恵美「本当にありがとう」
瞬 「いいえ・・・で、お子さんの名前は」
恵美「(ふっと笑って)そうよね。弘夢です。木下弘夢。4歳です」

○△△保育園・玄関(夕刻)
 瞬、少々緊張した面持ち。
瞬 「あのう。佐伯と申しますが、木下弘夢くんのお迎えにきました」
 保育士、瞬に気がついて、
保育士「ああ、はい。お電話もらっています。弘夢くーん。お迎えが来ましたよ」
弘夢「はーい」
 弘夢、元気な返事と共に、走ってくる。
瞬 「こんばんは!」
弘夢「・・・だれ?」
瞬 「だよな・・・あはは・・・」

○市道・舗道(夕刻)
瞬、弘夢と手を繋ぎ歩いている。
弘夢「お兄ちゃん、ママのお友達?」
瞬 「うーん・・・友達っていうか、何というか」
弘夢「パパ?」
瞬 「えーっ・・・パパ?」
弘夢「ちがうの?」
瞬 「(なぜか照れて)違う。それは違う」
弘夢「なぁんだ」
弘夢、がっかりする。
瞬 「・・・」

○静穂宅・キッチン(夜)
 瞬、晩ごはんの支度をしている。
  
○同・リビング
 テレビがついている。画面はアニメ。
 弘夢、アニメより、瞬の料理が気になる様子。じりじりと瞬に近寄り、対面側から、キッチンを覗く。
弘夢「おにいちゃん、ごはんつくれるの?」
瞬 「お兄ちゃんじゃなくて、瞬でいいよ。毎日、やってるから、結構、料理、上手だと思うよ」
弘夢「ふーん」
 瞬の携帯が鳴る。
 瞬、ポケットから、携帯を出す。「シィちゃん」の表示。
瞬 「もしもし」
静穂(声)「ごめーん。急遽、山田ちゃんの相談にのることになっちゃって」
久恵(声)「瞬ちゃーん、ママ、借りるね」
瞬 「お好きなだけ、どうぞ」
静穂(声)「ちなみに今日のメニューは?」
瞬 「炊き込みご飯」
静穂(声)「きゃあ。大好き。絶対、明日、食べるから残しておいてね」
瞬 「はいはい」
 瞬、携帯を切る。
弘夢「だれ?」
瞬 「お母さん」
弘夢「どんなひと?」
瞬 「面白い人」
弘夢「おうちにいないの?」
瞬 「弘夢のお母さんと同じ。お仕事してるんだ」
弘夢「だから、シュンがごはんつくるの?」
瞬 「そうだよ。お母さん、仕事で疲れてるから、お手伝いしないと」
弘夢「ふーん(それなりに納得)」
瞬 「弘夢も、大きくなったら、作ってあげなよ」
弘夢「(にっこり笑って)うん!」
  ピンポーン。インターフォンが鳴る。
瞬 「あっ。きっと、お母さんだよ」

○同・リビング
 食卓には、炊き込みご飯、みそ汁、ぶりの照り焼き、ポテトサラダが並んでいる。
 うれしそうな、弘夢。横に、恵美。
 向かい合って、やはりうれしそうな、瞬。
恵美「本当に、いいんですか? ごちそうになっちゃって」
瞬 「シィちゃん、あっ、母から電話があって。帰りが遅くなるからって、キャンセル されたんです。どうせ余るし」
恵美「じゃあ、遠慮なくいただきます」
弘夢「いただきます」
瞬 「どうぞ」
 恵美、炊き込みご飯を一口食べて、
恵美「おいしい!」
瞬 「(舞い上がって)本当ですか」
恵美「これ、素とか使ってないんでしょう?」
瞬 「(少し得意げ)はい」
恵美「栄養のバランス、とれてますよね・・・(具を確かめながら)ひじき、鶏肉、ゴボウ、人参、しめじ、揚げも入ってる」
弘夢「かまぼこも」
恵美「すごいわ。私なんて、手抜き料理ばかりなのに」
瞬 「暇な時に、たくさん作って、冷凍しておくんです。このごはんも、ひじきの煮物を解凍して、ゴボウとしめじを足しただけです」
恵美「(感心している)すごいのね。見習わなくちゃ」
弘夢「ポテトサラダ、おいしい」
瞬 「おかわりあるよ」
弘夢「うん」
   ×     ×     ×
 食卓上は、ロールケーキと紅茶に変わっている。弘夢はジュース。
瞬 「ケーキ、ごちそうさまです」
恵美「いいえ。こんなもので、ごめんなさいね」
瞬 「大好きです。ケーキ」
恵美「よかった。お母さんにも、差し上げてね」
瞬 「はい」
恵美「瞬くんも、お母さんと二人暮らしだったのね」
瞬 「はい。だから、見て見ぬふりできなくて・・・危ないやつだと思いましたよね」
恵美「ううん。最初びっくりしたけど、すぐに助かったぁーっと思ったわ。   瞬くんが正義のヒーローに見えたもの」
瞬 「(デレデレ)いえいえ」
恵美「あのスーパー、勤めたばかりだったのに、弘夢の風邪で三日も休んだから、ひんしゅくかってたの。親は仙台だし、実は、友達もそんなにいなくて、頼める人がいなかったの」
瞬 「僕でよかったら、いつでも頼って下さい。働く母親が大変なの、分かっているつもりですから」
恵美「(涙ぐんで)ありがとう・・・」
弘夢「シュン、ママ、泣かした」
瞬 「泣かしてないよー」

○(翌日)同・ベランダ(早朝・快晴)
 瞬、鼻歌を歌いながら、洗濯物を干している。
 歌はジョン・レノン「マザー」。

○同・リビング
 瞬、棚上に置かれた真代の写真を見て、にっと笑う。幸せそう。
 背後に、あやしい影がせまる。
静穂「なに、にやにやしてるの?」
瞬 「わっ。びっくりした・・・めずらしく、自分で起きてきたんだ」
静穂「だって、炊き込みご飯」
瞬 「ああ、あれ。もうない」
静穂「えーっ」
瞬 「(昨日の光景に恍惚となり)食べちゃった・・・」
静穂「えーっ・・・(がっかり)」

○大学・講義室(講義始まる前)
 瞬、美優、綾乃、講義室後方の席に、並んでいる。 
 瞬の携帯が振動する。瞬、携帯を取り出し、開く。「木下恵美」の表示。
 美優、何となく、その表示を見てしまう。
美優M「ん? 木下恵美???」
 瞬、にっこりとすると、こっそり席を外し、廊下に出て行く。
美優M「何? あの微笑み・・・誰?」

○同・廊下
 瞬、携帯で話している。
瞬 「もしもし」

○スーパー・従業員休憩室
恵美「瞬くん? 木下です。昨日は、本当にありがとう。晩ごはんまで、ごちそうになっちゃって」

○大学・廊下
瞬 「いいえ。楽しかったです」
 幸太、向こうより、やってくる。瞬の笑顔を見つけ、凝視する。
幸太「(ぽつりと)なんだ。あのデレデレした顔は」

○スーパー・従業員休憩室
恵美「急がないんだけど、スーパーの方へ来たら声をかけてもらっていいかしら」

○大学・廊下
瞬 「はい。今日も行きます」
 幸太、少し離れたところから、その様子を見ている。
幸太「(ぽつりと)今日も行きます?」

○スーパー・従業員休憩室
恵美「よかった。弘夢がね。瞬くんのこと、大好きだって、似顔絵を描いたの。早く渡してくれって、せがまれちゃって」

○大学・廊下
瞬 「すごくうれしいです」
 幸太、身を乗り出して、
幸太「すごくうれしいです?」

○スーパー・従業員休憩室
恵美「弘夢ね。瞬くんに、また会いたいって言ってました」

○大学・廊下
瞬 「僕も会いたいです」
 幸太、後ろに仰け反って、
幸太「ぼ、僕も会いたいです?」

○スーパー・従業員休憩室
恵美「弘夢も喜ぶわ。じゃあ、また後でね。待ってますから」

○大学・廊下
瞬 「はい。待っていて下さい」
 幸太、壁にへばりついている。
幸太「待っていて下さい?・・・」
 瞬、余韻に浸るように、ゆっくりと携帯をしまう。
幸太「・・・」
 瞬、幸太に気がつく。
瞬 「よっ、幸太。遅いぞ」
幸太「あっ、うん・・・」

○同・講義室
 瞬、幸太、静かに入ってくる。
 瞬、美優の隣に座る。
 幸太、瞬の隣に座る。
 瞬、何事もなかったように、真剣な面持ちでノートを開く。
 美優、悶々として、横目で瞬を見ている。
美優M「木下恵美、木下恵美・・・」     
 幸太、悶々として、横目で瞬を見ている。
幸太M「僕も会いたいです? 待っていてください?・・・誰だ?」
 瞬、疑惑の視線の板挟みに気がついていない。
 綾乃、不穏な空気をひしひしと感じている。
綾乃M「こいつら、何があったの?」

○スーパー・店内(夕刻)
 瞬、いつものように、カゴを持って、レジに並ぶ。
恵美「あっ、瞬くん」
瞬 「どうも」
 恵美、カゴの商品を機械に通しながら、
恵美「今日も夕食作るの?」
瞬 「はい」
恵美「えっと、ピーマンだから」
瞬 「ピーマンの肉詰めです」
恵美「今度、お料理、教えてもらおうかしら」
 恵美、清算後、封筒を渡す。
恵美「似顔絵とプレゼントが入ってるの」
瞬 「プレゼントですか?」
恵美「ええ。どうしても、瞬くんにあげたいって」
瞬 「もしよかったら、これから、保育園の方に、会いに行ってもいいですか?」
恵美「いいの? 喜ぶわ」
  レジが込んでくる。
恵美「じゃあ、また」
瞬 「はい・・・」

○保育園・園庭
 弘夢、瞬を見つけて、駆け寄ってくる。
 瞬、弘夢を抱っこする。
瞬 「弘夢、お母さんから、もらったよ。ありがとう」
弘夢「瞬、開けてみて」
瞬 「うん」
 瞬、弘夢を下ろす。バッグから封筒を取り出し開封する。中には、四つ折りのノートの紙片と、ピカチュウのストラップ。
瞬 「ピカチュウ?」  
弘夢「うん。僕の宝物だけど、あげる」
瞬 「いいの?」
弘夢「うん。もうひとつあるから」
瞬 「ありがとう。大切にするよ」
 瞬、紙片を開くと似顔絵が描かれている。
 瞬、ふっと笑って、
瞬 「上手だね。弘夢」
弘夢「ほんと?」
瞬 「うん・・・(うるうるしている)」

○静穂の会社・前・路上
  美優、携帯を見つめ立っている。
美優M「瞬の携帯に存在する女って・・・私、シィちゃん、あっ、綾乃・・・・ぐっと踏み込んで、アーちゃん?。あと・・・あり得ない。瞬の性格から言って、あり得ない・・・じゃあ、木下恵美って、誰?」
 静穂、会社から、出てくる。
静穂「美優ちゃん、お待たせ」
美優「いつも、すみません」
静穂「全然、いいよー」

○ダイニングバー・テーブル席
 静穂、美優、向かい合って座っている。
美優「あのう。変なこと聞いてもいいですか?」
静穂「ん?」
美優「私って、女として、魅力ないですか? 子供っぽいですか?」
静穂「全然、そんなことないけど。私の大学生時代に比べたら、色気ありありよ。瞬と何かあった?」
美優「何もなさ過ぎて、何も進歩がなくて、大丈夫かなって不安になってしまって」
 静穂、やさしく微笑んで、
静穂「焦らなくて、いいんじゃない?」
美優「えっ?」
静穂「もっと、もっと、心が通じ合ってからでも、いいんじゃない?」
美優「・・・」
静穂「男の子ってよく分からないけど、あれくらいの年だと、もう、頭の中、エッチなことばっかり考えてると思うのよ」
美優「(くすっと笑う)」
静穂「美優ちゃんのこと、大切に思っているから歯止めかけてるのよ。必死に、日々、欲望と戦っているのかも」
美優「なるほど・・・」
静穂「でなければ、気が弱くて実行に移せないとか。瞬ならこっちの可能性もあるかな。ああだこうだ考え過ぎちゃうやつ」
美優「(ふっと笑う)」
静穂「美優ちゃん、ファイト!」
美優「シィちゃんて、女性として強いところあるから、大好きです」
静穂「ありがと。でも、この年になったから、偉そうに言えるんだけどね」
美優「ふふ・・・」
静穂「でも、何で急にそんなに焦ってるの? 美優ちゃんらしくない。何かあった?」
美優「あっ! 本題です。シィちゃん、木下恵美っていう人、知ってますか?」
静穂「ううん。知らない」
美優「(泣きそうになって)知らないんですかぁ?」
静穂「それ、誰? って、知らないから、聞いてるのか」
美優「(がっかりして)はい・・・」
 美優の携帯が鳴る。
美優「あっ、すみません。母からです」
静穂「出ていいよ」
美優「はい。もしもし。あっ、お母さん? えっ? 明日、来る?」

○(翌日)大学・構内
 美優、綾乃と歩いている。
綾乃「お母さん、札幌から出てくるんだ」
美優「うん。高校時代の友達が、こっちでお店開いたんだって。それもかねて、一週間くらいのんびりしていくって」
綾乃「洋服とか買ってもらえるね」
美優「どうかなぁ」
綾乃「たまに会うと、甘くなるって」
美優「そう?」
綾乃「うんうん」
 向こうから、瞬、スマホを見ながらながら、やってくる。
 美優、綾乃、同時に、瞬の携帯についているピカチュウに気がつく。
美優「あっ・・・」
綾乃「あれって・・・・」
  瞬、美優と綾乃に気がつく。
瞬 「幸太から連絡あって、今日、サボるって」
美優「そう」
綾乃「佐伯くん、携帯にピカチュウ・・・」
  瞬、手にのせて、
瞬 「ああ、これ。可愛いでしょう?」
美優M「可愛いって・・・いつから、そういう趣味・・・」
綾乃「似合わなーい」
瞬 「(ふくれて)いいじゃん」
綾乃「私にちょうだい」
瞬 「宝物だから、だーめ」
美優M「ガーン・・・宝物?」
綾乃「佐伯くん、やっぱ、変」
瞬 「何とでも言ってくれ」
美優M「まさか・・・木下恵美からのプレゼント・・・」

○美優の部屋(夜)
 笹本英子、部屋を見渡している。
英子「あら、前と違って、ずいぶんきれいにしてるわね。妙に片づいてる」
美優「そう?」
 棚にあるペアのマグカップを目にとめる。
英子「ふーん」
  美優、何となく、元気がない。
英子「引き続き、大学生活は楽しい?」
美優「うん」
英子「久しぶりに、おいしいもの、作ってあげるね」
 英子、エプロンをする。
 美優、携帯を取り出し、溜息をつく。
英子「・・・」

○(翌日)大学・ゼミ室
 幸太と綾乃、窓から、外を見ながら、話している。
綾乃「佐伯くんが?」
幸太「うん。おととい、会いたいですとか言ってた・・・」
綾乃「えーっ」
幸太「待っていて下さい、とも言ってた」
綾乃「確かに、昨日も変だった。携帯に突然、ピカチュウとかつけてるし。佐伯くんがピカチュウだよ。あり得ないでしょう」
幸太「塾の小学生から、もらったんじゃない のか?」
綾乃「宝物とか言ってた」
幸太「やっぱ、女?・・・」
綾乃「美優、気がついているのかなぁ」
幸太「ピカチュウの女か・・・」
美優「・・・木下恵美って言うの」
  美優、後ろに立っている。
  幸太、綾乃、驚く。
綾乃「あっ」
幸太「いつから、そこに」
美優「ちょっと前から」
幸太「今の話、聞いちゃった?」
美優「うん」
綾乃「知ってたの?」
美優「名前だけ・・・会いたいって言ったのは、知らなかった・・・」
幸太M「まずい・・・」
綾乃「誰なのか聞いてみれば?」
美優「うっ・・・聞けるわけないじゃない」
幸太「確かにな・・・」
  幸太、綾乃をちらっと見て、
幸太M「この間の、エスプレッソみたいな関係だった三枝って誰だよ! 綾乃!」
綾乃「幸太、聞いてよ」
幸太「げっ・・・俺?」
  瞬、のんきに登校してくる。
瞬 「よっ」
幸太「あっ」
  美優、幸太、綾乃、静まりかえる。
瞬 「(首を捻って)ん?」
  瞬、携帯が鳴る。「木下恵美」の表示。
瞬 「もしもし?」

○スーパー・従業員控室
恵美「木下です。突然、ごめんなさい。今、保育園から電話があって、弘夢がいなくなったらしいの」

○大学・ゼミ室
瞬 「えっ?」
 美優、幸太、綾乃、一斉に瞬を見る。

○スーパー・従業員控室
恵美「瞬くんの絵を描いて、渡すって言ってたらしいから、お家に行ったかもしれないと思って」

○大学・ゼミ室
瞬 「僕、今、大学なんです」

○スーパー・従業員控室
恵美「そうよね。ごめんなさい。瞬くんのマンション近辺探してみるわ。ごめんね。じゃあ(慌てて切る)」

○大学・ゼミ室
 瞬、携帯を切る。
瞬 「今日、ゼミは欠席。教授に謝っておいて。急ぐから、ごめん」
  瞬、慌てて、バッグを持つと、走って出て行く。
美優「瞬?・・・」
幸太・綾乃「・・・(木下恵美?)」

○静穂のマンション・前
 瞬、タクシーを降りる。
 駆けていく恵美の後ろ姿が見える。
瞬 「木下さん」
  振り向く、恵美。
恵美「瞬くん」
瞬 「弘夢は?」
恵美「(泣き出しそうな顔)いない」
瞬 「一緒に探しますから」
恵美「ごめんね。迷惑かけて」
瞬 「そんなことないですよ」
  瞬の携帯が鳴る。「シィちゃん」の表示。
瞬 「もしもし」

○静穂の会社・デスク 
静穂「今ね。お隣の鈴木さんから、電話があって。ウチの前に小さな男の子が立ってて、瞬を待ってるみたいだったから、預かってるって」

○静穂のマンション・前
瞬 「シィちゃん、サンキュー」  
 瞬、速攻で、電話を切る。
瞬 「隣の人が、預かってくれてるそうです」
 恵美、体の力が抜ける。
恵美「よかった」
 
○隣人・鈴木宅・玄関前
 恵美、弘夢の肩に手を回し、謝っている。
恵美「本当にご迷惑をお掛けしました」
 瞬も頭を下げている。
瞬 「ありがとうございました」
 弘夢、ひっくひっくと泣いている。
弘夢「ごめんね。ごめんね」
  瞬、弘夢の頭を撫でる。
弘夢「瞬に会いたかったんだ」
瞬 「わかってるよ」

○公園・内
 弘夢、ブランコに乗っている。
 瞬、恵美、柵に腰掛けて見ている。
恵美「本当に、ごめんね。学校、大丈夫?」
瞬 「はい。一度くらい休んでも平気です。それより木下さんこそ、仕事」
恵美「辞めちゃった」
瞬 「えっ?・・・」
恵美「どうしても、今、探しに行くなら、辞めてもらうって言われて・・・また、次を 探さなくっちゃ・・・」
 恵美、大きな溜息をつく。
 弘夢、ブランコを降りて、瞬に駆け寄ってくる。
弘夢「瞬。あれやろうよ」
  弘夢、ジャングルジムを指差す。
瞬 「いいよ」
   ×     ×     ×
 瞬、弘夢とジャングルジムのてっぺんから、町並みを見渡す。
 恵美、下から、見上げている。
恵美「すごいね、弘夢。そんな高いところ」
弘夢「ママね。こわくて、のぼれないんだよ」
瞬 「うそ」
 恵美、赤くなっている。
恵美「高いところ、苦手なの。あと、ジェットコースターとかも全然だめなの」
瞬 「シィちゃんと同じだ」
恵美「お母さん?」
瞬 「はい。でも、遊園地行くと、僕が、乗りたいって言うから、無理して、一緒に、乗ってくれるんです」
恵美「そう」
瞬 「乗り終わったあと、真っ青になって、ベンチに座り込んでました。引きつった笑い浮かべて『ああ、楽しかった』って」
恵美「やさしいお母さんね」
瞬 「はい」
弘夢「ボク、遊園地、行きたい」
瞬 「明日、学校ないから、連れていってあげようか?」
弘夢「ほんと?」
瞬 「ああ(恵美の方に確認の視線)」
恵美「いいの?」
瞬 「僕も行きたいですから」
恵美「ありがとう」

○(翌日)遊園地・内
 瞬、弘夢と手を繋いで歩いている。
 恵美、後方を微笑みながら歩いている。
 瞬、恵美に振り向いて、 
瞬 「僕、パパに見えますか?」 
恵美「うーん・・・年の離れたお兄ちゃん、かな」
瞬 「(がっかり)やっぱり」
弘夢「ボク、あれに乗りたーい」
瞬 「よしっ」
 瞬と弘夢、駆け出す。
   ×     ×     ×
 瞬と弘夢、乗り物に乗っている。
 恵美、手を振って見ている。
   ×     ×     ×
 瞬、恵美、弘夢、芝生の上、敷物を敷いて座っている。
 恵美、弁当を広げる。
恵美「あんまり、料理、上手じゃないけど、食べてね」
 瞬、バッグから、包みを出して、
瞬 「実は、僕も作ってきたんです」
  どう見ても、恵美より見栄えがいい。
弘夢「ママより、瞬の方が、おいしそう」
恵美「瞬くんには、かなわないわ」
瞬 「そんなつもりじゃなかったんですけど」
   ×     ×     ×
 食事が終わり、くつろいでいる、三人。
 弘夢、瞬の背中にべったり張り付いている。
 恵美、足を伸ばし、空を見上げる。
恵美「気持ちいい。出かけたの、久しぶり・・・休みの日って、どっと疲れちゃってどこにも行きたくなくなるの。弘夢とも、ちゃんと遊んであげられなくて・・・」
瞬 「いろんなところに連れて行ってもらうのだけが、愛情じゃないです・・・」
恵美「えっ?」
瞬 「子供って、母親の視線を感じているだけで、結構、満足なんですよ」
恵美「そうなの?」
瞬 「そうだよな。弘夢」
弘夢「(意味わからないが)うん!」
瞬 「そばにいるだけで、幸せなんですよ・・・でも、シィちゃんも、疲れているのに、無理して、いろんなところに連れて行ってくれましたけど」
恵美「でしょう?」
瞬 「前の日、残業しても、朝、早起きして、お弁当作ってくれて・・・だから、行きも帰りも、電車の中で、いつも寝ていました。よだれ垂らして」

○(回想・十四年前)電車・内
 瞬(6)、静穂(26)と並んで、座っている。
 静穂、ウトウトしている。
瞬 「シィちゃん、眠いの?」
 静穂、はっと現実に引き戻されて、
静穂「ははは。シィちゃん、眠り姫なの」
瞬 「ねむりひめ?」
静穂「そう。王子様が早く来てくれないから、眠っちゃうの・・・(ウトウト)」

○(現在)遊園地・内
瞬 「自分を眠り姫とか、言うんですよ」
恵美「楽しい人ね」
瞬 「はい。きっと、あの明るさに、僕は随分と救われたんだなぁと思います」
恵美「私たちも、瞬くんのおうちみたいになりたいな。ねぇ、弘夢」
弘夢「うん」

○美優の部屋(夕刻)
 美優、ショッピングバッグから、洋服を取り出して、
美優「お母さん、たくさん買ってくれて、ありがとう。今日、楽しかった」
英子「うん。お母さんも、楽しかった。美優とお買い物なんて、久しぶりだったから」
 美優、笑っているものの元気がない。
英子「でも、カレとの方が、何倍も楽しいわよね」
美優「えっ?」
英子「どんな人なの?」
美優「・・・」
英子「美優に溜息つかせているカレ」
美優「溜息ついてないよ・・・」
英子「お母さん、気がついてないと思った? 甘いわね」
美優「うっ・・・」
英子「教えて。カレって、どんな人」
 美優、観念したように、ふっと笑う。
美優「入学式で見かけたの」

○(回想・一年前)大学の入学式・会場
 「令和○年度 入学式」の看板。
 美優、ひとり、不安そうに立っている。
美優M「知っている人もいないなし、心細いなぁ・・・」
 向こう側から、瞬と幸太、話しながら、やってくる。
 美優、瞬のきらめく笑顔につられ口角が上がる。瞬と刹那に目が合う。ハートを射抜かれる。赤くなる。
 瞬と幸太、美優の前を通り過ぎる。
 美優、瞬に引きつけられるように、門をくぐる。受付で同じ学部だと知る。瞬から目が離せない。席に着いてからも瞬は幸太と笑い合っている。
 美優、斜め後方の席から、瞬の顔をずっと見ている。
美優M「あの人に、会いに来よう。あの人の 笑顔に会えるのを、楽しみに大学へ来よう・・・そうしているうちに、友達もできて、こっちの生活にも慣れる。寂しくても大丈夫!」

○(現在)美優の部屋
英子「一目惚れかぁ。しかも、カレがいたから、前向きな大学生活を始められたわけね」
美優「うん・・・一年間は、遠くから見ているだけで、話をしたこともなかったの。でも、二年になってから、同じゼミになって、友達になれて・・・」
英子「そう」
美優「瞬のこと、たくさん知った。クールなのかなぁって思ったら、家庭的だったり、しっかりしているようで甘えん坊だったり。知れば知るほど、意外性を見せられて、どんどん、好きになっちゃって」
英子「その瞬くんに会いにいったら?」
美優「えっ?」
英子「スマホ持って、悩んでないで」
美優「お母さん」
英子「顔を見てきたら、安心するわよ。行ってきなさい」
美優「・・・うん」

○静穂宅・玄関(夕刻)
 静穂、ドアを開く。
静穂「美優ちゃん」
美優「瞬に、話したいことがあって」
静穂「あれ? 今来た電話の相手って、美優ちゃんだったの? 瞬、たった今、出て行ったところよ」
美優「えっ?・・・わかりました。探してみます。すみませんでした」
 美優、走って出て行く。
静穂「(ぽつりと)あの二人、何かあったのかなぁ」

○公園・内(夕刻)
 恵美、ベンチに座っている。
 瞬、走ってくる。息を切らして、
瞬 「あれ? 弘夢は?」
恵美「大家さんに預かってもらってる」
瞬 「えっ?」
恵美「遊園地で言おうと思ったんだけど・・・弘夢、泣いてダダこねそうだから」
瞬 「どういうことですか?」
恵美「瞬くん、いろいろ、ありがとうね」
瞬 「いいえ」
恵美「私、実家に帰ることにしたの」
瞬 「えっ?・・・」
恵美「来週にも、仙台へ帰る」
瞬 「・・・そうですか」
恵美「弘夢のこと考えたら、意地を張らないで、両親に甘えた方がいいかなぁって」
瞬 「・・・(頷く)」
 恵美、ゆっくりと立ち上がる。
瞬M「幻はいつか消える・・・」
 夕焼け空に、雲が流れていく。
 恵美、瞬を正視して、
恵美「瞬くんと出会ってから、心強かったわよ。何かあっても、瞬くんに頼れる。助けてくれるって思えたから」
瞬 「・・・(うるっときている)」
恵美「本当にありがとう」
瞬 「いいえ、こちらこそ」
恵美「短い間だったけど、楽しかった・・・」
瞬M「幻は長くつづかない・・・いつか消える」
恵美「お世話になりっぱなしのうえに、遊園地まで連れて行ってもらって、何のお礼もしてないね」
瞬 「似顔絵とピカチュウもらいました」
恵美「それは、弘夢からでしょう? 私からも何かプレゼントしたいな」
瞬 「・・・」
恵美「欲しいモノない?」

○公園沿いの路上(夕刻)
 美優、公園の瞬と恵美を見つける。
美優「瞬・・・あっ」
  
○公園・内
 恵美と瞬、見つめ合い、互いの両手で握手をしている。

○公園沿いの路上
 美優、その光景を見てしまう。
美優「・・・」
  後方から、静穂が走ってくる。
静穂「美優ちゃん、瞬と何かあったの?」
 振り向いた、美優。涙があふれている。
静穂「えっ?」
美優、その場を走り去る。
静穂「美優ちゃん?・・・」
 静穂、公園に視線を移す。

○公園・内
 恵美と握手をしていた瞬。手を放し何か言うと、一礼し、その場を去る。

○公園沿いの路上
静穂「瞬・・・」
 静穂、呆気にとられている。
 恵美、瞬の後ろ姿を見送り、ゆっくりと、公園から出てくる。
 静穂、恵美に近づき、声をかけようとして、驚愕する。
静穂「真代?」
恵美「えっ?」
静穂「あっ・・・瞬の母でございます」

○美優の部屋(夜)
 美優、戻るや否や大泣き。
英子「どうしたの? 何があったの?」
 美優の携帯が鳴る。
美優「あっ」
 「佐伯瞬」の表示。
 美優、出るのを躊躇している。
 英子、勝手に通話にする。
瞬(声)「今、家の前に来てるんだけど」
美優「(声にならない)」
 英子、受話器を耳に当てる。
瞬(声)「美優に会いたくなっちゃって」 
英子「・・・(美優の声色)いいよー。どうぞー」
美優「お母さん・・・」
英子「ほら、涙を拭いて。お母さん、お風呂場に隠れているから」
   ×     ×     ×  
 瞬、沈みがちに入ってくる。
瞬 「美優、泣いた? 目が腫れてる」
美優「ん? ああ。今、映画観てたから」
瞬 「途中で、ごめん」
美優「大丈夫。取りあえず、座って」
瞬 「うん」
 瞬、子供のように、膝を抱えて座る。
美優「コーヒー飲む?」
瞬 「うん」
 美優、コーヒーの準備をしている。
瞬 「実はさ」

○ファミレス・店内
 静穂と恵美、向かい合ってコーヒーを飲んでいる。
恵美「そうだったんですか。私、瞬くんのお母さんと」
静穂「本当に、そっくりなんです。心臓が止まるかと思いました」
恵美「だから、あんなにやさしくしてくれたんですね」
静穂「まぁ、元々、気のいいヤツで、やさしいんですけどね」
恵美「そうですね。ふふ」
静穂「へへ」
恵美「・・・さっきの光景、ひょっとして見ました?」
静穂「見ちゃいました」
恵美「ちゃんと説明した方がいいですよね」
静穂「できれば」

○(回想)公園・内
恵美「それは、弘夢からでしょう? 私から も何かプレゼントしたいな」
瞬 「・・・」
恵美「欲しいモノない?」
 瞬、恵美をじっと見つめている。
瞬 「・・・握手してください」
恵美「えっ?」
瞬 「『瞬、大きくなったね』って言って・・・手を強く握ってください」
恵美「・・・」  
 恵美、瞬に駆け寄り、両手で手を握る。
恵美「瞬・・・大きくなったね」
瞬M「・・・産んでくれて、ありがとう・・・お母さん・・・」
 瞬、静かに恵美から離れる。
瞬 「ありがとうございます」
恵美「ううん」
 瞬、頭を下げる。
瞬 「さようなら。お元気で」
 瞬、その場を走り去る。

○(現在)ファミレス・店内
静穂「なるほど」
恵美「私にお母さんを、重ねてたんですね」
静穂「母親って、すごいですね」
恵美「私も息子に、そんなふうに慕われる母親になりたいです」
静穂「もう、すでになってると思いますよ」
恵美「そうだったらいいんですけど・・・でも、瞬くんがいつも話す母親って、シィちゃんの方でしたよ」
静穂「えっ?」
恵美「何かにつけ、シィちゃん、シィちゃんて」
静穂「(うれしそうに)そうですかぁ」
恵美「素敵な、眠り姫」
静穂「えっ?」

○美優の部屋
  瞬と美優、並んで座っている。
美優「そうだったの」
瞬 「親孝行したかったんだ。わずか五年間しか、一緒にいられなかったから。産んでくれてありがとうって、直接、言えなかったから」
美優「・・・(涙があふれてくる)」
瞬 「そんな時、木下さんに会って・・・顔 も声もそっくりで」
美優「うん」
瞬 「母子家庭で、弘夢が昔の自分とダブって・・・・・・」
美優「うん」
瞬 「仙台の実家に帰るんだって。さっき、お別れしてきた」
美優「そう・・・」
瞬 「お礼がしたいって言うから・・・図々しく握手してもらっちゃった」
美優「えっ?」
瞬 「『瞬、大きくなったね』って言ってもらっちゃった・・・かなりカッコ悪かったけど・・・」
美優「カッコ悪くない。全然、カッコ悪くないよ・・・」
瞬 「ありがとう。美優・・・」
 突然、英子の声。
英子「そうよ。そうよ。全然、格好悪くないわよ。天国のお母さん、喜んでいるわよ」
 英子、涙を拭きながら、バスルームから出てくる。
 瞬、英子の方を見て、固まっている。
瞬M「・・・誰?」
美優「(涙声)そうだよね。お母さん」
英子「そうよぉ」
瞬 「お母さん・・・えーっ、お母さん!」
英子「美優の母でございます」

○静穂宅・ベランダ(夜)
 静穂、ビール片手に、携帯で話している。
静穂「あっ、美優ちゃん? えっ? そっかぁ。瞬、美優ちゃんのところに行ってたんだぁ」

○美優の部屋
美優「今までのことも、さっきのことも全部、話してくれました」

○静穂宅・ベランダ
静穂「よかった・・・私も実は、恵美さんと話できて全部聞いたの。恵美さんと真代、瓜二つで本当にびっくりしたわよ」

○美優の部屋
美優「そんなに似ていたら、心奪われますよね」

○静穂宅・ベランダ
静穂「だね・・・まあ、私は、今回の件、何も知らないことになってるから。よろしくね」

○美優の部屋
美優「はい。わかりました。いろいろお騒がせして、すみませんでした」

○静穂宅・ベランダ
静穂「こっちこそ。いつも、瞬を助けてくれてありがとうね。じゃあ、おやすみなさい」

○美優の部屋
美優「おやすみなさい」
  美優、携帯を切る。ほっとして笑みをこぼす。
英子「いい青年じゃないの」
美優「うん」
英子「もっと、信じてあげなさい」
美優「うん」
英子「もっと、もっと、愛してあげなさい」
美優「うん」
 美優、英子に抱きつく。
美優「お母さん。だーい好き!」
英子「あらあら」

○静穂宅・ベランダ
 静穂、星空を見上げる。
静穂M「真代。瞬、ずーっと、真代のこと愛しつづけてるからね。顔も声も、頬ずりされたことも、忘れてないからね」     
 星が、キラキラと輝いている。  
静穂「そろそろ、帰ってくるかな。私たちのベイビー・・・ふふ」

○美優の部屋(夜)
 美優、英子に背後から抱き着いて甘えている。
美優「女の子にとって、お母さんて、よき相談相手っていうか、女性としての先輩って感じだけど・・・男の子って、きっと、違うんだよね」
英子「たぶん、理想の女性像よ」
美優「瞬には、理想の女性が二人ってことかぁ。手強そう・・・」
英子「そこに打ち勝つのが、女の力量ってものよ」
美優「私、がんばる」
英子「応援してるわよ」

○静穂宅・ベランダ(夜)
 瞬、リビングより、顔を出す。
瞬 「ただいま」 
  静穂、さりげなく、
静穂「おかえり・・・一緒にビール、飲もうよ。星がきれいだよ」
瞬 「うん」
   ×     ×     ×   
  瞬と静穂、ビールを手に、二人並んで夜空を見上げている。
              第4話・了
   ※第5~10話は断筆中のため公開未定

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