見出し画像

兵庫県警察機動隊員の自死について③

三 累積ストレスからトラウマへ

 木戸巡査の自死について、私は「累積ストレスによるトラウマ」がPTSDへと発展したことによるものであると考えている。また、このPTSDはハラスメントによるものであるとも考えている。

 一般的にトラウマ的な出来事とは「人の通常の対処能力を遥かに超えた強さや大きさの出来事」のことを指し、強い恐怖や無力感、激しい不快感などの症状を伴うことが多いものである。トラウマの始まりが日常生活のストレスの蓄積というのも珍しいことではない。累積ストレスはバーンアウトとも呼ばれ、対処能力を超えた要求の結果生まれるものである。時間の経過と共に蓄積されたストレスは人の身体や心の健康を蝕んでいくものだ。本稿では累積ストレスがトラウマに発展し、自死を招く危険があることについて検討したい。

 累積ストレスがトラウマに発展する仕組みは心理学と神経科学の観点から理解することができる。以下にそのプロセスを挙げてみよう。

1. ストレス応答システムの活性化
日常的なストレスは、身体の「闘争・逃走反応(fight or flight response)」を引き起こすものである。これは、自律神経系とホルモン(特にコルチゾール)の分泌を通じて実現される。この反応は長期的に持続すると身体や心に悪影響を及ぼすとされている。

2. 慢性的なストレスの影響
慢性的なストレスは、常に高いレベルのコルチゾールとその他のストレスホルモンの分泌を引き起こすものである。これによって生じる影響には以下のようなものがある。
- 免疫機能の低下
- 睡眠障害
- 認知機能の低下(記憶力や集中力の低下)
- 感情のコントロールが難しくなる

3. 感情的・心理的影響
慢性的なストレスは、うつ病や不安障害のリスクを高める可能性が非常に高い。これによって特定の状況や刺激に対して過敏になることがある。

4. トラウマの発展
慢性的なストレスが続くと、特定の出来事や経験が引き金となって「トラウマ」として定着することがある。トラウマは、過去のストレスフルな出来事に対する強烈な感情的反応であり、以下のような症状が現れるとされている。
- フラッシュバック(過去の出来事が鮮明に蘇る)
- 回避行動(トラウマを引き起こす状況や場所を避ける)
- 過剰警戒(常に危険を感じやすい)
- 感情の麻痺(感情を感じにくくなる)

5. 脳の変化
慢性的なストレスやトラウマは、脳の構造と機能にも影響を与えることがある。例えば、海馬(記憶に関与する部位)の縮小や、扁桃体(感情処理に関与する部位)の過活動が見られる。これにより、ストレス応答システムがますます過敏になり、トラウマ反応が強化されることがある。

ここから先は

2,042字

¥ 1,000

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?