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離れていても、今晩もグラスにビールを

ご機嫌いかがだろうか。ベルリン酒場探検隊である。
世界各国に暮らす物書き仲間による「日本にいないエッセイストクラブ」のリレーエッセイ、今回のお題は「幸せ」である。
 
前回と次回走者は文末をご覧いただきたい。リレーエッセイのこれまでの記事は、マガジンにまとめられているのでこちらもご一読いただければありがたい。
ハッシュタグ #日本にいないエッセイストクラブ は、メンバー以外の方もふるってご参加願いたい。

レポート提出者:久保田由希


ベルリン酒場探検隊、1年9ヵ月ぶりに現地活動を再開する

ベルリンに降り立ったのは実に1年9ヵ月ぶりである。この間にベルリンには永遠に未完なのではないかと囁かれていた新しい国際空港ができ、地下鉄の路線は延び、新たな建物ができていた。月日は流れている。

われわれベルリン酒場探検隊が通った酒場はどうなっているのだろうか。老夫婦が営む酒場で、酒場探検隊の若手隊員と待ち合わせることにした。そう、若手隊員たちは、現地でまだまだがんばり続けているのだ。
 
いさんで酒場に向かう。そうだ、この駅。この道。人通り……。変わっているような、いないような、妙な感じだ。しかし、歩くだけでうれしくなる。心がはやる。はやく酒場で老夫婦と再会したい。
 
ところが待ち受けていたのはシャッターが下りた酒場と、途方に暮れた様子で佇む若手隊員たちの姿であった。
「今日は定休日ではないはずなのに、おかしい……」
「もしや廃業してしまったのでは……」
「廃業という情報もなかったが……」
「とりあえず近くの酒場で飲もう」
 
われわれはベルリン酒場探検隊。老夫婦の酒場は気になるが、ひとまず酒場で飲むという任務を遂行したのであった。

酒場探検隊若手隊員たちとベルリンで再会である


そして数日後。今度は一人で老夫婦の酒場に向かう。もしもまだやっていなければ、手紙を出そう。
数日前と同じように最寄り駅で下り、通りを歩く。やがて入り口の脇にテラス席が並んでいるのが目に入った。営業している!
 
店内ではご主人がお客たちの相手をしていた。約2年ぶりの再会だというのに、その姿は変わらない。本当に時間が過ぎていたのだろうか。
 
「お元気ですか。日本からまた来ましたよ」
挨拶するこちらの顔を見たご主人は
「あぁ、来たんだね!また店をやっているんだよ」
と、奥さんも呼んできた。
 
「この前店に来たんですけど、閉まってて」
「あぁ、休暇を取っていたんだよ」
「元気だったかい」
久しぶりの会話が弾む。みんな元気で、こうしてまた会えるのがなんとしあわせなことか。

ご主人はこちらが一人だと見ると、以前と同じように常連のご夫婦と相席を勧めてくれた。
「彼女は日本のライターなんだ。私たちの店のことも紹介してくれたんだよ、写真を撮ってくれてね。君らも撮ってもらったらいいよ」

昭和のような店内もそのままだ


 この店には長年通い詰める高齢者から若者、観光客まで幅広いお客が訪れる。たまたま居合わせたお客同士が楽しいひとときを分かち合えるのは、店主夫妻のさりげない気遣いのおかげである。
 
相席のご夫妻は90歳を超えるという。お二人ともお元気で500mlのビールグラスを空けている。しかもこれが2杯目らしい。こちらは酒場探検隊員と名乗りながらも、2杯飲むのもしんどい。
飲めるから元気なのか、元気だから飲めるのか。探検隊員もこのご夫妻のように、いつまでも楽しく無理なく飲み続けたいと願ったのであった。

そしてもう一軒の酒場は

探検隊員が訪れるべき酒場はもう一軒ある。酒場探検への扉を開いてくれた店だ。
こちらの酒場は店を閉めるという噂がチラホラと流れていた分、余計に気にかかっていた。続けていてくれるといいが……。祈るような気持ちで近づいていく。
すると、店の前にはベンチ席でグラスを傾ける人々がいた。
 
若手隊員と合流し、ベンチ席でビールを飲んでいると、背後から聞き覚えのある声がする。
「ユキ! ユキ!」
その声は、こちらの名前を呼んでいるではないか。振り向くとそこには見慣れたバーキーパーの女性が立っていた。

初夏はベンチ席が最高である


ベルリンでの熱い再会を終え、隊員久保田は現在再び日本にいる。ロシアとウクライナの戦争によって日欧間のフライトルートは長く、代金も高額になった。ベルリンの物価も驚くほど上がっている。ヨーロッパが遠くなったと感じる。
しかし、酒場をめぐる人々はみな元気で暮らしていた。きっと今晩もグラスにビールが注がれていることだろう。次なる再会を夢見ながら、こちらもビールを飲み干そう。そのひとときが、酒場探検隊にとってのしあわせである。

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前回走者は東南アジアを巡る森野バク氏。

 東南アジア数ヵ国を旅しただけだが、いい意味での気楽さ、しあわせのハードルの低さを感じた。森野氏の記事からは、東南アジア各国のふわりとした空気が伝わってくる。

次回走者はアルゼンチンの奥川駿平氏。
なぜかベルリン酒場探検隊は奥川氏の前後走者になることが多い印象がある。シエスタの国・アルゼンチンで暮らしながらも、奥川氏がするのは「ジャパニーズ・シエスタ」。長年の習慣は強いのである。

 
 


ベルリンのさらなる秘境酒場の開拓と報告のために、ベルリン酒場探検隊への支援を心よりお待ち申し上げる。