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『蛍・納屋を焼く・その他の短編』(村上春樹、新潮文庫)の感想

 タイトルの「その他の短編」に短編集としての自信を感じさせる(アメリカの文豪の短編集みたいだ)。「蛍」は『ノルウェイの森』のプロトタイプで、ある時期「ノルウェイより蛍が好きだ」という発言はコアなファンの表明となったと思う。他は暴力と罪の意識に関する「納屋を焼く」、労働/運動に加担する「踊る小人」、無力をめぐる「めくらやなぎと眠る女」、性欲と性幻想の「三つのドイツ幻想」の五篇。以下は「蛍」で青春を感じる場面を引用する。

 僕はそれからも月に一度か二度、彼女と会ってデートをした。たぶんデートと呼んでいいのだと思う。それ以外にうまい言葉を思いつけない。
 彼女は東京の郊外にある女子大に通っていた。こぢんまりとした評判の良い女子大だった。彼女のアパートから大学までは歩いて十分もかからなかった。道筋には綺麗な用水が流れていて、時々はそのあたりを歩きまわったりもした。彼女には友だちも殆んどいないようだった。彼女は相変らずぽつりぽつりとしか口をきかなかった。とくにしゃべることもなかったから、僕もあまりしゃべらなかった。顔を合わせると、我々はただひたすら歩いた。(p31-32)

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