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韓国文化・社会の現場から 第4回「私たち 우리」

髙木丈也(慶應義塾大学)

韓国語の初級テキストに必ず出てくる単語を手がかりに、韓国の文化や社会に対する理解を深めましょう。

 韓国語を学び始めると、比較的、早い段階で우리 ウリ という言葉に出会います。これは日本語では「私たち(の)」という意味なのですが、実際にはその日本語訳から想像される以上に奥行きのある言葉です。今回は、「ウリ」から広がる韓国人の世界観についてみてみましょう。

相手に対する親しみを込めて

 우리 ウリは、「私たちは…」や「私たちの学校では…」のようにいわゆる一人称・複数の代名詞として使われますが、よく観察してみると、日本語の「私たち(の)」とはちょっと違った用法を持つことがわかります。例えば、次のような場合です。

・私たちのパパ  우리 아빠 ウリ アッパ
・私たちのお姉さん   우리 누나/언니 ウリ ヌナ/オンニ
 ※左は男性から、右は女性からみた場合。
・私たちの旦那   우리 남편 ウリ ナムピョン
・私たちの娘   우리 딸 ウリ ッタル
・私たちの末っ子   우리 막내 ウリ マンネ

 日本語で「私たちのパパ」、「私たちの旦那」などと言われたら、ちょっと驚いてしまうかもしれません。でも、韓国語では、どれもごく自然な言い回しで、「私たちのパパ」は一人っ子の場合にも使うことができます。このように韓国語では「우리 ウリ+誰々」という表現をよく用いるのですが、その場合には、後にくる人への愛着や親しみが表されます。「みんなの愛すべき、うちの~」といった意味だと考えると、わかりやすいかもしれません。

 ところで、最後の例にあげた막내 マンネは「末っ子」という意味で、職場やチームの一番年下の人を指す言葉です。アイドルグループの最年少のメンバーに対して「私たちの末っ子」という表現が使われたりするので、聞いたことがある方もいるかもしれませんね!

こんなところにも「ウリ」?

 「ウリ」の活躍は、これだけではありません。この言葉の持つ「愛着、親しみ感」は、こんな用法にも発展していきます。

・「『私たち』、一緒に映画を見に行きましょう!
・「『私たちの列車』は、まもなく終着駅、〇〇に到着いたします
・「『私たちの党』は、国民の信頼を得られるよう、努力していきます」  (いずれも『 』は、韓国語の直訳を日本語で表しています)

 いずれの例も、共にする人(たち)に対する親しみが込められた表現になっています。このように韓国の人は、「ウリ」を使うことで、周囲の人たちと仲間意識を形成し、巧みに相手との距離感を縮めているのです。

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さらに広がるウリ・ワールド

 この「ウリ」の概念は、さらに拡大していくことがあります。こんな言葉も韓国ではよく耳にしますよ。

・私たちの町内  우리 동네 ウリ ドンネ
・私たちの民族(→ 韓国・朝鮮民族)  우리 민족 ウリ ミンジヂョク
・私たちの経済  우리 경제 ウリ キョンヂェ
・私たちの国(→ 韓国)  우리나라 ウリナラ
・私たちの言葉(→ 韓国語)  우리말 ウリマル

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 ウリの後には色々な言葉が来ますが、話し手や書き手が「愛着」や「仲間意識」を感じる集団、共有物であれば、ウリはその規模の大小を問わず、使うことができます。

 ところで、このウリの外にいる集団を남 ナム(仲間でない人たち≒他人)といいます。よく言われるように、韓国人はウリとナムの境界線にとても敏感です。人間や社会における関係が刻一刻と変化していくように、ウリとナムの範囲も常に拡大、縮小していきます。韓国人の情の深さや、世界各地にあるコリアタウン、南北関係など、韓国・朝鮮民族にまつわる様々な現象は、このウリ・ナムで説明できる部分が少なくなさそうです。

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[参考] 「2018南北平和協力祈願 平壌講演 春が来た」より https://www.youtube.com/watch?v=1RmAhRN2_t4
(出典:j Smith(韓国語))

백두에서 한라로 우린 하나의 겨레(白頭(山)から漢拏(山)まで『私たち』は1つの同胞)、우리의 소원은 통일(『私たち』の願いは統一)など、歌詞の中には、南北友好の象徴として「ウリ」がたくさん出てきます。

いかがでしたか。今回は、ウリにまつわる韓国人の世界観を取り上げました。まだまだお伝えしたいことは、たくさんあるのですが、今回で4回にわたる私の連載は最後になります。ご愛読&たくさんの「いいね」をいただき、ありがとうございました。これからも言葉を通して、社会の色々なことを一緒に楽しく観察していきましょう。

またいつか、どこかでお会いしましょう!

※写真提供:韓国観光公社(上から順に한국관광공사 이범수、한국관광공사 김지호、IR 스튜디오)

記事を書いた人:髙木丈也(たかぎ・たけや)
慶應義塾大学 総合政策学部 専任講師。東京大学大学院 人文社会系研究科 博士課程修了(博士(文学))。専門は韓国語学、方言学、談話分析。著書に『そこまで知ってる!?ネイティブも驚く韓国語表現300』(単著、アルク)、『日本語と朝鮮語の談話における文末形式と機能の関係―中途終了発話文の出現を中心に―』(単著、三元社)、『中国朝鮮族の言語使用と意識』(単著、くろしお出版)、『ハングル ハングルⅠ・Ⅱ』(共著、朝日出版社)など。2019年4月より『まいにちハングル講座』(NHK出版)に「目指せ、ハングル検定!~合格への道~」を連載中。


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