イタリア映画ってどんな映画?
山田香苗(日伊協会イタリア語講師)
第3回 シチリアの光と闇を描く
刑事ドラマ Il commissario Montalbano
メッシーナ海峡を挟んでイタリア半島のつま先と向かい合うシチリア島。かつて地中海文化を担っていた歴史や野生的な自然にひかれる人も多いでしょう。そのシチリアを舞台に世界中で放映されているテレビシリーズに『モンタルバーノ シチリアの人情刑事』(Il commissario Montalbano)があるのですが、途中から翻訳に加えてもらえることになり、貴重な体験ができました。
第1話の放送から20年以上が経ち、キャストも年齢を重ねましたが人気は衰えず、昨年放送の第37話は38.4%の高視聴率でした。若き日のモンタルバーノを描いた『ヤング・モンタルバーノ』(Il giovane Montalbano)もあります。
原作者 カミッレーリ
原作はシチリアが生んだ国民的作家アンドレア・カミッレーリ(1925-2019)で、脚本にも参加していました。晩年、視力を失いながらも口述筆記で精力的に執筆活動を続け、警察小説以外にも方言を生かした多くの著作を残し、30か国語に翻訳されているそうです。
愛すべきキャラクター
このドラマが長く愛されているのは、政治・経済を内側から蝕むマフィアや不法移民の人権問題など今の深刻なテーマに正面から向き合い、警視モンタルバーノと個性派ぞろいの警官たちの小気味よい会話に人間味とシチリアらしいシニカルなユーモアがあるからでしょう。職務より美女を口説くのに忙しい部下で友人のミミや、カロリーたっぷりのお菓子に目がないケンカ友だちの監察医パスクアーノとの丁々発止のやりとりはもちろん、電話番なのに相手の名前を覚えようとせず、珍名を次々とひねり出してくるカタレッラとの“お笑いコント”は毎回お約束で、シャレやダジャレを訳す苦労さえなければ、こんな楽しいシーンはありません。
シチリア方言
翻訳の苦労といえば、メインの俳優以外はシチリア訛りがかなりきついことです。台本の表記は方言だったりイタリア語だったりですが、いずれにしろネイティブやシチリア方言サイトのお世話になります。それでも解決しない時があり、他の方が担当した回に次のようなセリフが出てきました。
Iddra nni voli un dito in una vutti per cuntare della sò patrona.
(イタリア語 A lei ci vuole un dito in una botte per raccontare della sua padrona.)
「樽を塞ぐ指が1本あれば、彼女(家政婦)は女主人のことを話してくれる」というのです。その女性は主人について何もかもしゃべっているので、“聞けばあっさり答えた”と解釈してよさそうですが、なぜ“樽を塞ぐ指が1本”なのか悩みました。結局、指で栓をしたワイン樽は引き抜いたとたん、勢いよく中身が吹き出しますから、“ちょっとしたことで一気に話しだす”という意見に落ち着きました。念のため、イタリアの新聞社に知り合いがいる人に頼んでカミッレーリさんのメールアドレスを教えてもらい問い合わせたところ、秘書の方から正解のお墨付きを頂きましたが、この言い回しはおそらく食を愛する作者らしい創作ではないかと思います。
料理
必ず食事のシーンが出てくるのも、このシリーズの楽しみの1つです。モンタルバーノが海を臨むテラスで白ワインと魚介料理に舌鼓を打っていると、見ているこちらまで降り注ぐ日差しや頬をなでる潮風を感じ、美しい自然に囲まれて心から食事を楽しめるのは幸せの原点かも、という気さえしてきます。家政婦アデリーナが作る家庭料理pasta n'casciata(パスタのオーブン焼き)やarancini siciliani(円錐形のライスコロッケ)も垂涎ものです。食事中は会話をしない、というのがモンタルバーノの主義で、たとえどんな美女と差し向かいであっても、食べる喜びは台なしにしたくないというわけです。
次回作は?
昨年3月に放送された回は、モンタルバーノと彼の長年の恋人リヴィアが、若い鑑識の女性の出現で破局を迎えるというショッキングな結末でした。さらに撮影の途中で監督が亡くなり、これで最終回かと思われたのですが、製作側は原作者が生前準備していた最終話を含む2作をもってシリーズに幕を下ろすことを示唆。ところが主役のルカ・ジンガレッティには続ける意志がないらしく、今後の成り行きを見守るしかなさそうです。どうか彼の気が変わりますように...…
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