イタリア映画ってどんな映画?
山田香苗(日伊協会イタリア語講師)
第1回 目覚める女たち
ロッセッリーニ
映画好きの方ならロベルト・ロッセッリーニ監督(1906-77)の名前をご存じでしょう。『無防備都市』『戦火の彼方』など、第二次大戦で荒廃した社会の中で人々がどう生きてきたかを描き、その徹底したリアリズムは、イタリア映画においてネオレアリズモと呼ばれる大きな潮流になりました。生誕100年を迎えた2006年にコラムを書くため、当時入手できた30作ほどを見る機会がありました。その中には今見ても洗練されたものがあり、驚いたのを覚えています。
バーグマンとの結婚と破局
ロッセッリーニの作風は時代とともに大きく変化しますが、40年代の終わりから彼の関心は人間の心理へ向かいます。それを見事に表現したのがハリウッドの大スター、イングリッド・バーグマンでした。50年代前半にロッセッリーニはバーグマンを主役に長編5作を撮り、うち1つはヴェネツィア国際映画祭で審査員賞を受賞しています。ところが興行的にはどれも振るわず、ともに配偶者も子供もいる監督と女優の不倫スキャンダルに教会の非難はすさまじく、マスコミや批評家の論調も辛辣で、2人は不遇を強いられます。結局、1男2女をもうけた結婚生活は7年で終止符が打たれ、バーグマンはハリウッドスターに返り咲きます。
魂のネオレアリズモ
一方、人間の内面に焦点を当て、精神の葛藤と成長を即興的に演出するロッセッリーニの手法は、フランスの若い映像作家に「今までの映画が急に10年古くなった」と激賞され、ヌーヴェル・ヴァーグの父と呼ばれます。現場で脚本に手が加えられることもあり、バーグマンは役柄の心理を理解し臨場感のある演技をするよう求められました。しかも演じるのはそれぞれ境遇の全く違う女性で、原始的で閉鎖的な火山島での暮らしに絶望する若妻(『ストロンボリ 神の土地』)や、愛の冷めた夫とナポリを訪れ、意見の噛み合わない夫に皮肉をぶつける妻(『イタリア旅行』)、息子が自殺したのは自分の注意を引くためと知ってショックを受ける母親(『ヨーロッパ一九五一年』)、そして不倫相手の元恋人にゆすられ、じわじわと追いつめられていく人妻(『不安』)などです。
ロッセッリーニはその心の変化を、自然や歴史遺産、宗教、過酷な労働環境などのイメージをシンボリックに積み重ねながら、まるでサスペンスドラマのように構築していきます。彼女たちの転機となったのは、一体何だったのでしょう?
噴煙を上げるストロンボリ島の溶岩流は容赦なく集落をのみ込み、現状に不満を抱く若妻の傲慢さを打ち砕きます。島からの逃亡を図る彼女が力尽き、絶望の果てに絞り出す叫びは、「神様、私に理解と勇気をください」です。ヴェズヴィオ山の噴火で一瞬にして巨大な墓場と化したポンペイの遺跡は、はかり知れない自然の力に対して人間の無力さ、生のはかなさを白日のもとにさらし、宗教行列に熱狂する人波は偶然通りかかった夫婦を巻き込んで二人を引き離し、些細なことでいがみ合う彼らに夫婦の絆について根源的な問いを突きつけます。息子を十分に愛してやれなかったために自分を激しく責める母親は、貧困と病に苦しむ人々との交流によって、人間に一番必要なのは愛と共感という普遍の真理に目覚めます。不倫相手の元恋人にゆすりを依頼した人物を知った妻は打ちのめされますが、幼い子供との暮らしに新たな生きがいを見出します。
微笑ましいコラボレーション
じつはバーグマンが本人役で出演している短編コメディがあります。オムニバス映画『われら女性』の第3話を夫のロッセッリーニが海辺にある自宅で撮影し、長男ロベルティーノも登場します。丹精込めて育てたバラを隣家の女性が飼っているメンドリにめちゃくちゃにされ、何とか捕まえようと悪戦苦闘するバーグマンには思わず笑ってしまいます。
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