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【インタビュー】体と心で感じる平和学を目指して

はじめに:教材づくりから教育メディアへ


"人と人の対立をコミュニケーションの力でより良い関係性構築に変えていく"
ビープロダクション は、このミッションを実現するために、紛争解決学 / 平和学 / コミュニケーション教育の授業素材・アニメーション教材を制作してまいりました。

でもこのミッションを実現する方法は「教材の制作」以外にもあるはず。

そう考えて紛争解決学 / 平和学 / コミュニケーション教育 (いじめや人間関係に関する授業も含みます)に携わっていらっしゃる先生・講師・教育関係者の方を取材し、皆さまのご知見やご経験について発信する企画をスタートさせました。

本企画が、教育関係者の方々と共に、より良い教育のあり方を考え、実践するための一助となれば幸いです。

第一回目は明星大学教育学部教育学科准教授土野瑞穂さんにインタビューさせていただきました。

土野瑞穂(つちのみずほ)さん ご経歴

お茶の水女子大学大学院人間文化創成科学研究科ジェンダー学際研究専攻博士後期課程修了。博士(社会科学)。明星大学教育学部教育学科准教授。専門はジェンダー研究/フェミニスト国際関係論。主な業績に「なぜ『人間の安全保障』にジェンダーの視点が必要なのか?―軍隊による女性への性暴力から考える」(『学術の動向』2019年6月号、pp.36-40 )、「国連安全保障理事会決議1325号と紛争下における女性への性暴力の脱政治化―『慰安婦』問題をめぐる議論に着目して」(『国際ジェンダー学会誌』第15号、2017年、pp.64-85)など。

―――紛争解決教育をどのような授業を通じて実践されていますか。
授業の方法や教材、題材について差し支えのない範囲で教えてください。


 私は現在、明星大学教育学部教育学科全学共通教育委員会に所属しております。「全学共通教育」ということで、全学部・学年の学生を対象にいわゆる一般教養科目を教えています。担当科目の一つに「国際関係論」があります。教養科目ですので国際関係に関するベーシックな事柄を教えていますが、「国際関係を身近な視点で捉えて理解すること」を目的に、市民社会の目線からなるべくわかりやすい授業を心がけています。 

 全15回の授業計画は、

①国際関係の見方(理論)

②21世紀における国際社会の課題(グローバリゼーションや人間の安全保障)

③人々のいのちと暮らしから考える国際社会(フェアトレードなどNGOの取り組み)

とマクロレベルからミクロレベルに落とし込んで国際関係・国際政治を理解していくような三部構成をとっています。教材については、特にテキストは指定しておらず、国際関係論の基礎に関するいくつかの文献や、映像資料についてはアジア太平洋資料センターさんのDVDを主に活用しています。


―――紛争解決教育における授業の評価方法はどのようにしていますか。
また学習効果をどのように測っていますか。


 新型コロナウィルスの影響で2020年度前期の授業がオンライン授業となる前は、授業内レポート方式で授業を進めていました。どういう方式かと言いますと、授業冒頭にレポートテーマを提示し(例えば「ガルトゥングが提示した3つの暴力概念の特徴と違いについて説明せよ」)、そのテーマに関するミニ講義を行います。その後、テーマについて800字程度で授業時間内にまとめて提出するというものです。レポート執筆中は隣同士で話し合っても良いことにしています。そして授業終了後にレポートを回収し、点数をつけて翌週返却しています。講義内容をきちんと理解しているか、それを文章化できているかという基準で点数をつけて評価しています。全15回授業のうち1~2回は映像を上映して、その感想を、これまで授業で学習した概念を使って述べるという時もあります。


2020年度前期はオンライン授業になってしまったことと受講生が500名近くに上ったため、国際関係論における重要概念・知識を習得するということを目標に、講義資料を読んで小テストを受験するという方法を採りました。

―――紛争解決教育における学習効果を高めるために、どのような工夫をされていますか。これまでに方法を変更されたことやそれによる変化などがあれば教えてください。

国際関係論の授業を通じて、学生には国際問題を「遠い地で起こっているもの」ではなく、自分たちの生活と密接に結びついていることを実感してもらいらいと思っています。そこで国際関係を身近な視点で捉えて理解すること」を目的に、ある学期の初回授業で開発教育協会さんの教材を使って「新・貿易ゲーム」を220人の受講生と一緒に行いました。


世界経済の仕組み、南北問題、環境問題などを体感してもらうためです。授業後にこのゲームの意図を教員のほうから説明し、それを踏まえてゲーム中に感じたことを受講生にリアクションペーパーに書いてもらいました。貿易ゲームを初回授業に行ったのは、その後続く講義をより深く理解してもらうためです。その翌週の授業では構造的暴力を取り上げ、そのときにビープロダクションさんの「オレンジの木の下で」を活用させていただきました。


受講生には「身近にある構造的暴力や文化的暴力を書き出してみよう」というテーマで、授業終了後にリアクションペーパーに書いてもらいました。


 しかし200名以上の大人数の授業をリアクションペーパー方式で実施すると、どうしても教員主体の授業になってしまい、その結果受講生の集中力が下がり、私語が生じてしまうなどのデメリットがあります。そこで、受講生がより積極的に授業に参加し、かつ知識の定着率を高めるために、次の学期では授業の進め方を授業内レポート方式に変更しました。この方式は授業を聞いていないとレポートが書けない授業設計になっていますので、学生は非常に真剣に授業を聞き、ほとんどの学生のレポートは質が高いものでした。


毎回のレポートテーマの例としては、国際関係の理論や、グローバルヒバクシャ、人道支援、持続可能な開発、などです。レポートにはテーマに関する論述のほか、感想があれば書き加えてもよいとしました。授業内レポート方式は、学生同士の議論や自由な感想を書く時間が少ないという限界がありますが、理論の理解や知識の習得という点では非常に効果を発揮したと思っています。



―――紛争解決教育を行う上で、課題や不便に感じられることがあれば教えてください。


 一点目は、アクティブ・ラーニングの実践と受講者数についてです。自分自身の問題として国際関係論・平和学を学生に考えてもらうためには、座学よりも映像などを観たりグループで話したり、時には体を動かすといった、いわゆるアクティブ・ラーニングの実践が大切だと思っています。しかしそうした授業を効果的に実施するためには、ある程度の受講者数に絞る必要があります。ただ大人数でもうまくやっている先生もいらっしゃいますので、そうした先生方の授業を参考にしながら工夫していきたいと思っています。


 二点目は、「紛争解決」という視点の導入についてです。国際関係や国際政治の理論を学び、国際情勢・問題を理解することも大切ですが、それを「私たち個々人がどのようにして解決するのか」という視点が今日ますます重要になっていると思います。グローバル化時代に生きる私たちは、何らかのかたちでグローバル化の影響を必ず受けたり及ぼしたりしています。学生の反応を見ていて、Apple社の製品の世界的人気などグローバル化の正の影響についてはわかりやすいけれど、負の影響については自己責任論の浸透もあってその構造的問題を認識しづらいようです。しかし、例えばグローバル化と非正規雇用者の増加との関係、あるいは大学生に身近なファストファッションと途上国における労働力搾取との関係、スマートフォンとコンゴ民主共和国の紛争下で生じている女性への性暴力問題との関係といったように、自分の日々の生活と国際問題がつながっていることを知れば、もはや傍観者ではいられなくなります。こうした人権侵害が待ったなしの状況で進行している中で、国家ではなく私たち市民一人ひとりがすべきこと・できることは何かを考え、自分自身が国際社会の重要なアクターであることを認識することがより一層求められていると思います。その意味で「紛争解決」という視点から、学生が主体的に考えて行動に移していくことのできるような授業を積極的に実践していきたいと考えています。


―――最後に、紛争解決教育に携わるようになられた理由、個人的な動機や原体験を差し支えのない範囲で教えてください!また、紛争解決教育に対する想いや、今後実現したいことなど、未来への展望についてもお聞かせください。


 大学院生の時から「慰安婦」問題の研究を行ってきましたが、そもそもなぜ「慰安婦」問題に関心を持ったかといいますと、二つ理由があります。一つは、祖父母などから戦争の被害体験について聞く機会がしばしばあり、アジア太平洋戦争については幼い頃から関心を抱いていたからです。二つ目は、被害女性たちが私の祖母と同世代であり、他人ごととは思えなかったからです。祖父母から聞く「被害者」としての話と「慰安婦」の存在との間にある大きなギャップに驚きと疑問を抱き、研究を始めました。その過程で、「慰安婦」問題と深く結びついているジェンダーがそれまでの自分自身の生活とも密接につながっていることに気がつき、ジェンダーの重要性を認識したことから、「紛争・平和・ジェンダー」というテーマで研究を進めてきました。


 私の世代には、親族にギリギリ戦争体験者がいます。しかし今の大学生たちは、身近にそうした人々がいません。リアリティをもって戦争を認識するには限界がある世代です。そのため、「慰安婦」問題が最たる例ですが、ネット上の情報を鵜呑みし、被害者の声に耳を傾けたり共感を抱くことがほとんどない、その機会すらないということが問題としてあります。そこで役立つのが、「慰安婦」問題に限りませんが、被害者自身が語っている映像資料です。授業では短くともなるべく多くの映像資料を用いるようにしています。


 また被害当事者の話だけでなく、戦争当時にまつわるものを直接見たり、紛争解決や平和学を現場で実践している人々から話を聞くということも、学生の理解の促進につながると思っています。例えば、可能であれば受講生たちと一緒にミュージアム見学(女たちの戦争と平和資料館や靖国神社など)に行き、展示物を見たり触れたりすることも、戦争をリアルに捉える上で効果的だと思っています。こうした「体や心で感じる平和学」というものをもっと実践していきたいと思っています。そのための具体策として、紛争解決教育や国際関係論・平和学に携わる人たちのネットワークづくりが大切だと最近強く認識しています。日本平和学会はそうしたネットワークづくりを可能にしてくれる場の一つです。特に同学会内の平和教育プロジェクトの方々が体や感情に働きかける教育を研究・実践されておりおり、私もその恩恵にあずかっています。そこでのつながりを教育の現場に生かしていきたいと考えています。

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