いわゆるKuToo裁判について

 Kutoo訴訟について、自分が原告代理人だったらどうするかを考えてみました。


 判決文を見ると、左側ページばかり注目されている感じがしますが、注目すべきは右側ページだと思います。
 右側ページでは、「逆が全然逆じゃない系」とのタイトルのもと、「何で靴問題の逆が水着になるんだよ 笑。全然よろしくないわ! 『逆に』の使い方おかしいよ!#KuTooを男性が海パンで出勤する話に繋げるこの人の思考回路どうなっているんだろう。」云々という文章が掲載されています(石川優実「#KuToo(クートゥー): 靴から考える本気のフェミニズム」23頁)。
 その上で、左側ページでは、はるかちゃんさんの「逆に言いますが男性が海パンで出勤しても#kutoo の賛同者はそれを容認するということでよろしいですか?」というツイートが誰かのツイートのリプライとして投稿され、されにその投稿に対して、石川さんが「そんな話はしてないですね。もしも #KuToo が「女性に職場に水着で出勤する権利を!」ならば容認するかも知れませんが、 #KuToo は「男性の履いている革靴も選択肢にいれて」なので。」とリプライしたかのように見せる表示がなされています。
 一般の読者の普通の注意と読み方を基準にすれば、はるかちゃんさんが「#KuToo」という名前で呼ばれる「靴問題」に関する主張を行っているツイートに対するリプライとして、それまで職場に水着という話題が出ていなかったのに、唐突に「逆に言いますが男性が海パンで出勤しても#kutoo の賛同者はそれを容認するということでよろしいですか?」というツイートを投稿した旨の事実を摘示したものと理解できます。
 そしてそれは、はるかちゃんさんについて少なくともSNS上ではまともな対話ができない人物であるとのネガティブな評価を生じさせますので、はるかちゃんさんの社会的評価を低下させます。そして、そういう投稿をし、はるかちゃんさんの社会的評価を低下させることについて、石川さんに故意または過失がないと言うことは考えがたいので、名誉毀損による不法行為は一旦成立しそうです。

 なお、ネット上でペンネーム、ハンドルネームを用いて表現活動をしているに過ぎない人でも、そのペンネーム等に付帯した社会的評価が法的な保護を受けるかについては、

 本件ブログ記事の趣旨がいかなるものであれ、本件ウェブサイトの管理者を「ダメ人間」と罵ることが、批判や意見として相当な範囲にとどまるということができないことは明らかであり、一般閲覧者の普通の注意と読み方を基準とすれば、このような本件投稿の内容は、原告がペンネームとして使用する「E」の管理人である「B」の社会的評価を低下させる名誉毀損行為又は同人の名誉感情を侵害する侮辱行為に該当するものであるということができる。
 そうすると、その余の点について判断を進めるまでもなく、原告の権利侵害を認めることができる。
 なお、戸籍上の氏名が一般には公開されていないこともある作家や芸能人等についても、その筆名や芸名に対する名誉毀損行為や侮辱行為が不法行為を構成し得ることは明らかであるから、一般閲覧者にとって、本件投稿に記載された「管理人」との記載から原告の戸籍上の氏名が判明しないとしても、前記認定は左右されないというべきである。

とした裁判例があります(東京地判平成28年10月18日(平成28年(ワ)9318号)。まあ、私が原告代理人を務めた案件ですが。)。なので、はるかちゃんさんが戸籍上の名前を明らかにしていない点は、名誉毀損に基づく損害賠償請求をする際に、慰謝料算定以外では支障にならないでしょう。

 では、真実性の抗弁、相当性の抗弁は成立するのでしょうか。
 そもそも、「#KuToo」という名前で呼ばれる「靴問題」に関する主張を行っているツイートに対するリプライとして、それまで職場に水着という話題が出ていなかったのに、はるかちゃんさんが唐突に「逆に言いますが男性が海パンで出勤しても#kutoo の賛同者はそれを容認するということでよろしいですか?」というツイートを投稿したとする摘示事実が、公共の利害に関するものなのか、という問題があります。また、はるかちゃんさんについての上記のような事実の摘示を、石川さんが、専ら公益を図るために行ったのかという問題もあります。Kutoo問題あるいは広く女性差別を語る上のエピソードとして考えた場合にも、はるかちゃんさんについて少なくともSNS上ではまともな対話ができない人物であるとの指摘する意味が見いだせないからです。
 さらに、真実性の立証も難しそうです。
 はるかちゃんさんの被引用ツイートまでの流れは以下の通りです。はるかちゃんさんが「そもそも女が革靴を履いちゃダメな認識って女の人が広めてる」という認識を示したのに対して、ゴリラ・ゴリラ・ゴリラさんが、職場の服務規程には男も関与しているとの認識を示して論争がなされており、その過程で、「職場の女性の服装のTPOは女性が決める」との認識をはるかちゃんさんが示したところ、ゴリラ・ゴリラ・ゴリラさんがこれに対する反論として、女性従業員が職場に水着で入ってきても男性は文句を言わないのかという話を突きつけてきた。これに対し、はるかちゃんさんは、女性の服装のTPOを決めるのは女性だが、それが大きく常識を逸脱している場合に男性が苦言を呈することはあると反論をした。これに対し、ゴリラ・ゴリラ・ゴリラさんは、そこでいうTPOと常識との異同について追及をし、さらにTPOから逸脱していれば、男性から苦言を呈されるのは当たり前なのかと問い詰めた。
 この流れの中で、被引用ツイートで、はるかちゃんさんは、「逆に言いますが
男性が海パンで出勤しても#kutoo の賛同者はそれを容認するということでよろしいですか?」と投稿したわけです。一般の読者の普通の注意と読み方を基準とした場合、このツイートは、男性の側がTPOから大きく逸脱した服装で勤務先に現れても、職場における服装の自由を主張する#kutoo の賛同者は、苦言を呈することをせずに、これを容認するのかと反論して見せたわけです。ゴリラ・ゴリラ・ゴリラさんが「女性の服装について男だって文句を言うだろう」として設定した例が「職場に水着」だったので、はるかちゃんさんが「逆に言うと」として「職場に海パン」というのは、話としてはかみ合っていたと言うことができます。
 すると、「#KuToo」という名前で呼ばれる「靴問題」に関する主張を行っているツイートに対するリプライとして、それまで職場に水着という話題が出ていなかったのに、唐突に「逆に言いますが男性が海パンで出勤しても#kutoo の賛同者はそれを容認するということでよろしいですか?」というツイートを投稿したとは到底いえないように思われてなりません。
 そして、被引用ツイートからはるかちゃさんとゴリラ・ゴリラ・ゴリラさんとの論争を遡って読めば、「#KuToo」という名前で呼ばれる「靴問題」に関する主張を行っているツイートに対するリプライとして、それまで職場に水着という話題が出ていなかったのに、唐突に「逆に言いますが男性が海パンで出勤しても#kutoo の賛同者はそれを容認するということでよろしいですか?」というツイートを投稿したとは言えないことはわかりますし、当該書籍を出版する前にはるかちゃさんに被引用ツイートの趣旨を確認しておけば良かっただけなので、上記摘示事実を真実と信ずる相当の事由があったようには見えません。
 したがって、真実性の抗弁は勿論、相当性の抗弁も成立しにくいようには思います。

 また、この本の中で、被引用ツイートは、それが何かのツイートに対するリプライとしてなされたことを示しつつ何に対するリプライかを示さず、かつ、そんな話はしていないとのリプライを石川さんがしたことのみを示す形で利用されており、さらに、その右側の解説ページで、#KuToo」という名前で呼ばれる「靴問題」に関する主張を行っているツイートに対するリプライとして、それまで職場に水着という話題が出ていなかったのに、唐突に「逆に言いますが男性が海パンで出勤しても#kutoo の賛同者はそれを容認するということでよろしいですか?」というツイートを投稿した旨の説明が加えられています。したがって、著作権法第113条第11号の「著作者の名誉又は声望を害する方法によりその著作物を利用する行為」としてその著作者人格権を侵害する行為とみなされる可能性は十分にあると思います。

 最後に、上記書籍における被引用ツイートの引用が著作権法第32条の引用の要件を満たすのかについて言及します。ここでは、上記引用が「公正な慣行に合致する」ものといえるのかという問題です。その際、文脈や位置づけを誤解させるような方法での引用が「公正な慣行に合致する」と言えるのかが問題となるように思います。
 やっていること自体は「諸君!」事件で問題とされた文藝春秋側の行為と近いのですが、あの事件、第三者の発言として規制された内容を著者自身の意見として要約引用した上で著者を批判することが引用の要件を満たすかどうかについては、最高裁の判示事項に含まれていないので、この点はブラックボックスになっています。
 ただ、Twitterの場合、どのツイートに対するリプライとしてツイートをしたのかというのは、そのツイートの意味内容を大きく規定しますので、この点について誤解を生じさせる方法で紙媒体で引用することは、公正さを欠くように思います。引用元のツイートのURLを記載してあっても、紙媒体を読む人の多くは、わざわざそのURLを自己のインターネット端末に入力して引用元のツイートがどのような文脈で投稿されたのかを確認しないと思われるからです。
 

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