見出し画像

ポケモンゲットだぜ…

阿佐ヶ谷のスーパーにいた。
私はまず最初に野菜を買う。他に買うものが決まっていても、とりあえず一番最初に野菜コーナーをめぐる。

そこの有機野菜コーナーではいつも、安くて大きくて肉厚のパプリカを売っている。農家の名前がラベルシールに出ているタイプのもので、行けば必ず手に入る。
この一連の動きは、私にとってほとんど習慣だった。

その日は一人のマダムが佇んでいた。
有機野菜コーナーは小さい規模なので、人が二人も並べばコーナーを占領してしまう。
マダムはコーナーの中央に立っていた。
中央に立たれたならば、基本的には他に誰かが入る隙間はない。

私はパプリカを後回しにして、他の食品を探し回ることにした。
寄り道、寄り道で30分は経っただろうか。最後に目的のパプリカを買いに有機野菜コーナーへと戻った。

わ、まだいる……!

マダムはまだコーナーのど真ん前、中央に立っていた。
追いやられるように"ちょっとすいませんねえ"とか言いながら、隣でおばあさんが小さくなってインゲンだかを手に取っていた。

マジか〜と思ったが、マダムの買い物カゴには数本のワインの瓶。きっとお食事会でも開くのだろう。有機野菜をたっぷり使うような。

私も先程のおばあちゃんと同じく隣に並んで"ちょっとすいません"と言いながら、マダムの前へ腕を伸ばし、パプリカを取る動きをした。

「ちょっと、もう少し離れてくれません!?」

……?

確かにマダムの前へと腕を伸ばしたが、少しの時間近づかなければ、パプリカを手に取れない位置にいた。何より、こうして話しかけられた今は決して近い距離にはいない。
それゆえ私は混乱した。シンプルに「え?」としか浮かばなかった。

「近くは……ないと思うんですが……」
「いえ!近かったです!!」

なんだ……このババアは……

私はさらに混乱した。おばさん、この距離が嫌だと感じたならあなたから離れるべきだ。混乱の中で浮かぶ、汚い言葉の数々を飲み込んで私はできるだけ丁寧に返した。

「パプリカを取りたかったんです。ちょっと手を伸ばして……」
「向こう側に回って取ればいいじゃないですか!」

なんだこのババアは。
私は完全にムカついた。混乱は怒りへと明確に変わった。

その後も何ターンか応酬はあったが細かくは覚えていない。似たような会話の繰り返しだっただろう。しかし、ババアは私にこう言い殴りつけたのだ。

「頭がおかしいんですね!私頭がおかしい人とは話さないって決めてるんで!」

ババアこの野郎である。

アンタだよそれは!と言いたかったが、同時に"これは終わらない"、"このままだとババアとアタシのキャットファイトが始まってしまう"。
このスーパーが出禁になることは避けたいし、後ろで我々アングリーキャッツを見つめる、おじいさんが見えた。
私は全てをぐっと飲み込んで、もういいですとその場を立ち去った。

パプリカは買えなかった。

想定外の疲労感でいっぱいになりながらレジに並んだ。ハァーーっと深いため息をついた時、私の後ろにたまたま並んでしまったであろう「さっきのおじいさん」がいた。
チラッと視線を送ると、おじいさんはあからさまに私を怖がった。おじいさんは全く正しい。
私が同じ光景を目にしたら、やはり「間違ってあのやべえ女の後ろに並んでしまった……!」と思う。すまないことだ。本当に申し訳ない。

帰り道、足りない食品の買い袋を握りながら考えた。どうするのが良かったのか。どう対応するのが、いや応戦するのが正しかったのか。 

違うな。
おじいさんの視線、あれが正解なのだ。

普通ならちょっとカリカリしたババアの相手など、ましてや応戦などしない。あーすいません!とか言って、そそくさとその場を去るのだ。
ババアは頭がおかしいと思ったが、ババアからの「頭がおかしいんですね!」もまた正しいのかもしれない……。

それから3日経った。

前日に早寝をしてしまったので、私は朝の4時すぎに起きてしまった。しかもまだババアのことを考えていた。

あのババアどうやったら最もダメージを受けるかなという、人生で一番無駄な時間を過ごしていた。しかし私に、あるアイデアが浮かんだのである。

「ポケモンにするのはどうだろうか?」

あのババアから受けたダメージは醜く、とてもしょうもない。故にダメージなのだ。
これは有効活用したい。

そこでババアにモンスターボールを勢いよく投げつけ、ポケモンとして捕獲し育成して、他の有害な東京のモンスターたちに「マイババア」をぶつけるのである。特に山手線に現れるモンスターたち。

ババア、行け!!!!!!!!!

新作も発売されたばかりだし、これはいいアイデアに違いない。モンスターはモンスターと戦わせるのだ。

「これだね」

私は満足していた。鼻歌を歌いながら、Twitterを流し見していたら大谷翔平選手の名言が流れてきた。

"イラッとしたら負け"

3日も前のババアとの口喧嘩に、私は朝の4時から思い出してイライラしていたのだ。
負けも大負けである。完膚なきまでに。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?