「老後は頼むね」という憂鬱ワード
みなさま、こんばんは。
カウンセラーのたまご、甘寝みな子です。
最近書きたいことが多すぎて、珍しくブログ更新頻度高めです。
今日、夜ごはんを食べている時に母から
「老後、頼むね!」と言われました。
このセリフ、母はことあるごとに言います。
正直、私は聞くたびにモヤモヤしてしまう。
【私の人生もあるのに…】
【決められたくないな】
こんな気持ちが毎回浮かんで。
でもそう言われても毎回なんと返していいか言葉が浮かばず、無言でスルーのような感じになっていた。
今日も同じことを言われ、んー…と言葉が出せずにいると、すかさず父が、
「面倒なんてみれんだろー。早く出て行かんと、面倒見させられるぞー。さっさと結婚でもしてさ。」と言いました。
父は前からそんな感じのニュアンスで話すことが多かったけど、今日まともにどう思ってるか聞けた。
正直、嬉しかった。(結婚でもしてさ。のとこは華麗にスルーしました。だって今んとこ結婚願望ないし。笑)
過去に20年以上一人暮らしをしていて、その自由さが快適だったから早くまた一人暮らしに戻りたいと私は思っていたし、実家に戻ってきた直後もそれを言っていたから。
でも実家で一緒に住んでると、やっぱり母はこのまま一緒に居てくれるのを望んでるようで老後は頼む老後は頼むとよく言うようになりました。
言われちゃうとそこに「期待」を感じてしまって重苦しくなってくる。
「じゃあ私の人生は!?」と言いたい気持ちもある。
ただ、ほんとに親に何かあったときは結局動くと思うんです。
そこを信頼されてない気がしてモヤモヤするのかなぁ?
でも、前よりは「老後は頼む」と言われてもそこまで激しくザワザワしなくなった私もいて。
それは昨日怒りと向き合ったあの経験がすごく大きくて、「どんなことがあっても私はその都度自分と向き合って答えを出していけばいいだけだ。」と思えたからかもしれません。
将来の心配をしたって、結局私たちは「今」にしか生きれない。
「〇〇になったら〇〇してくれ」とか、約束も保証もできないもん。
でも何かあったときは自分にできることをするねって気持ちはある。
それをそのまま母に伝えればいいのかぁ。
って。
父は意外にも私に対して見守り上手なのかもしれない。
手も口も出さないことが昔は「私に興味も関心もないんだ。愛されてないんだ。」と捉えてたけどそうじゃなくて私の意志を尊重してくれてたからこそ手も口も出さないのかもと思った。
母はいっぱい手も口も出すタイプだったから、ほんと正反対の愛し方するんだなあって。
どちらもそれぞれのカタチで愛してくれてたってことには変わりないんだけども。
母は最近ちょっと体調が良くなくて、それで不安になってるのもあるのかもしれない。
なんかあれば側にいるからねって、私もちゃんと伝えておこう。
家族って近い距離だから恥ずかしいけど、家族だからこそ本音のやり取りが大切だよね。
3年くらい前にも一度、母に対してずっと思ってた本音を伝えることをしたんだけどその時は言うって考えるだけで「無理無理無理無理!!気まずい!恥ずかしい!言いたくない!」って感じだったんだけど、今はさっき⬆️で書いたことそこまで抵抗なく言えそうな気がしてる。
やってみよ。
チャレンジだ。
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