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「義姉上」
「実家の父に手勢を借りに行ったら、三千頼んだのに・・・」

「実家って?アッチラスの王家?」
「そうよ、一万連れて行けって、時間がかかってしまったわ」

「1万ってことは、帝国をひっくり返せと?」
「屋台骨くらい揺さぶれって事だと思うわ、遅くなってごめんなさい」

イシュタルがジャポネスクの刀を鞘に戻した。
「俺も遅くなったので、マリアを死なせました」
「そう・・」

「ガリア王は?」
「神皇区へ退いたわ、元々やる気が無いから、全部、騎士を連れてきたのでしょうし、皇帝の舅だから、来なくてはいけなかったけど、気がすすまなかったのでしょうね」

ロッソがため息をついた

「みんながみんな、クロイツェラーに積極的なわけじゃないし、割りにあわないと判れば、手出ししないもんな」
「それに、皇帝陛下の舅さまは、皇帝陛下になにかあれば、外孫が皇帝だし・・・」

「なるほど、無傷で居たい、でも威容は誇りたいから全部騎馬隊か、義姉上、賢いですね」
「ロッソだって先刻ご承知の筋書きのでしょ」

 イシュタルの言い様にロッソが苦笑いをする。

「さてと」
「Geld山へ行くのかしら」

「はい、ハリーやベルまで死なれたら俺は発狂する・・・」
「ベルにまで手を出していたの?」

「出してないって、泉のそばでルナを助けたときから、ずっと一緒で、子供が出来たら見てもらおうと充てにしているんだから、けっこうきついこと言われるけど、あのばあや好きなんだよね俺」
「熟女まで守備範囲なのかと思ったわ」

「ぶっふふふふ、じゃあね義姉上」
「私も行くわ、ロッソが言おうとしているラッセル兵の撤収は副長に言ってあるから兵を半分にわけて五千で同道するわ」

「いや、指揮系統も違うし」
「ロッソの指揮系統は教えてあるわ。角笛、剣の振り下ろし、太鼓、バグパイプ」

「貴女を相手に戦はしたくないですね」
「そうでしょう、美女は大切にしたほうが得よ」

「じゃあ、行きましょうか?」
2人は馬に乗った

ロッソが合図をするとイノシシ軍団が整然と終結した、後ろのほうで居残りのアッチラスがラッセル北の兵を纏めている。

「殺さないように言ってくださいね」
「一応神皇式は教えておいたから大丈夫だと思うけど・・」

「だと思うは・・・あぶねぇなぁ」
「あははは」

シヴァの後ろにアッチラスが着いて八千の騎馬隊が出発した。北へ行く街道、黒の甲冑の女武者が待っていた。
金の髪を後ろに束ねている、馬は鹿毛のスルスミ。

「私も行きます」
ルナが明るい顔で言う。

「あのなー」
ロッソが断ろうとしたが、ルナはさっさっとイシュタルの横に並んだ。

「ベルが向こうに居るし、私が居ないと紅い豚さんは、魔法使いにさらわれるかも知れないから」
家来衆が笑った。

「どうぞ・・・」
ロッソが嘆息交じりに言った。

「急ぐよ」
ロッソはグラーネに言った。グラーネが走り出す、ルナとイシュタルが並んで続きイノシシ軍団、アッチラス軍団が地響きを立てて北へ向かう。

ゲルト山のただ一つの隠し道、それ以外を通ると樹海に迷うことになる、そこをガラガラと砦から外へ荷車が走るシュバイツ傭兵が樹海の外に陣を敷く。

早馬の伝令が来ず、Geld山ではアモンの来襲を知らずに居た。たまたま、樹海とヒースの境界辺りで子供と薬草を摘んでいた、ベルがヒースに上がる土煙を見つけて子供を砦へ伝令に走らせ、ハリー・ポルテルの指揮で迎撃準備が始まった。

疎開民の半数は砦に入り、兵が出払うと、砦の扉が閉じられ、大閂がかけられた。

見る見るアモンの軍がヒースに布陣する、前衛は銀の胴あてを着けた歩兵、長い槍をきらきらさせている。その両サイドに弓兵、後ろに一万三千騎の騎士。

中央に本営を造りアモンが居る、神皇軍直属の騎士が7千騎、その向かって左がテンプル騎士団、右が鉄十字騎士団、騎馬隊は装束の違いでトリコロールになっていた。

山麓とヒースの境界では、ハリーの軍がショットボォとカタパルトを設置していた。

その後ろに次々と弾と矢が積み上げられる。鉄板を張った組み立て式の掩蔽板を立てて行く。地面に対し四十五度の角度が付けられており、上から降ってくる矢に対応している。

どぉんどぉん、アモン軍の本営で太鼓が鳴った。どぉんどぉんどんどどどどんっ。

一つの太鼓を魁にして、3つ5つと太鼓が合奏していく、どぉんどぉんどんどんどんっ

それが合わさって、腹に響き空気を振るわせる。

赤地に白十次を抜いたユニフォームのハリーが測距板を覗く、歩兵の前衛まで二千歩

本営は四千歩、カタパルトの射程外に出ている、当然ショットボォも届かない、どこかで情報が漏れているな、ハリーは苦笑いをした。

本営からここまで馬ならあっという間だ。太鼓の音がどんどん大きくなる、それに合わせて歩兵と弓兵が繰り出してきた、地を埋め尽くす敵兵はヒースを一面、白銀に覆っている。そして白銀がざっざっっと太鼓に合わせて前進してくる、まるで壁が押してくるようだ、カタパルトは十基、ショットボォ二十基、取り付いた兵はレバーを汗ばむ手で握り、何度も服で汗を拭った、器械は全て装填が済んでいる。

どぉんっどぉんっどっどどどどん、はるか後方の太鼓の音に合わせて、人の壁がどんどん迫る。シュバイツの傭兵達は歯を食いしばった、敵の数は十倍

「さぁ、遊んでやろうぜ」

ハリーの声に、赤い服のシュバイツ傭兵たちはうぉーと吠えた、緊張が解け、集中力が高まる。 敵が五百歩まで迫ったとき、敵のラッパ手がラッパを吹いた、突撃ラッパ。敵兵が走り出す、先頭の歩兵は一斉に槍を前にし、その後ろは斜め上にして走ってくる。

「来い、来い」
ハリーが呟く、2万以上の歩兵の疾走で大地が揺れる、足音が一つにまとまり、ごぉっと聞こえる、カタパルトに取り付いている、シュバイツ傭兵が右頬を緩めて、敵の疾走をじっと見つめている。

三百歩 、あちらこちらで敵の弓兵が弓を上空に向けて構えた、その直ぐ先を走る歩兵がいきなり消えた

悲鳴があちらこちらで上がる、シュバイツ傭兵が苦労して掘った落とし穴、もともと騎馬の突撃を防ぐのに掘った穴だから、それなりに深い。そして、底には先を尖らせた鉄の棒をびっしり埋めてある。左右水平方向に十五個用意した穴のうち十個に敵が落ちた

敵の疾走がやや鈍る。
「撃てぇ」

シュバイツ兵は掩蔽板のこちら側から、カタパルトを発射する。次々に榴弾が飛び出し 落とし穴を避けて突進してくる敵を薙ぎ倒す、てつはうの爆発が起こるたび、人が人形のようにきりきり舞いしながら、宙に飛ぶ。

赤い兵は2人架かりでラチェットをギリギリと素早く操作し、3人目が次々に弾を乗せる、4人目がレバーを操作して発射!!

敵の弓兵の打つ矢がざぁっと落ちてくる、掩蔽板に鈍い音をさせて突き刺さる、板がたちまちハリネズミになる、地面にも無数の矢が突き刺さり、白い矢羽がぶるぶると震える。

歩兵が百五十歩まで近づいた、ショットボォが唸りを上げる、鉄矢に射抜かれて敵兵の悲鳴が上がる、敵がばたばたと倒れる。

それでも敵は減らない、まだ突っ込んでくる。アモン元帥麾下の精兵。
「槍兵!!」

ハリーが号令をかけた、赤装束の二千人の槍兵が掩蔽板の外に出る、いっせいに構える
ハリーも剣を抜いた。五十歩、敵の血走った目も見える。

「突撃!!!」
ハリーが叫ぶ、赤装束の槍兵は一糸乱れず敵に突っ込んでいく、壮絶な白兵戦。突き刺し、直ぐ抜き、横に払う。

槍が肉体に刺さる鈍い音、身体同士がぶつかる音、剣戟の音、刺されて悲鳴をあげ、斬られて呻く。

腕が飛び、血飛沫が舞う、戦斧に頭を割られる。シュバイツ兵は十倍の敵に一歩も引かず、槍を繰り出し、剣を抜き斬り結んだ。

激突位置から後方の敵は飛び道具の餌食になる、短い鉄矢に射抜かれ、榴弾を喰らい、バタバタと倒れる、それでも多勢に無勢、ショットボォの陣の左から敵兵が掩蔽板の内側に切り込んできた。

中の兵は剣を抜いて飛び道具を守るために敵兵に斬り付ける。
アモンの兵も訓練を積んだ強兵だ、シュバイツ兵はだんだん押され始めた、飛び道具が沈黙しだすと後方の歩兵が次々に突っ込んでくる。

白銀の装束のアモンの騎馬隊も、次々に突っ込んできた。

カタパルト陣地に戻り、発射していたハリー自身も敵と斬り結び、4人まで斬り捨てたが、太腿に矢を受けた。がくりと膝を着き、突き立った矢を剣で斬った。行動速度が鈍る

踏み込みが出来ない、敵兵2人同時に突っ込んでくる、右の胴を抜いた左に突き刺した

正面から騎馬兵の剣が飛んできた、槍の柄に打ち据えられて起き上がった。振り上げられた剣の銀色の筋。ハリーがこの世で見た最後のものになった、ハリーの首が宙に飛ぶ。

戦闘開始から3時間、ハリーの隊は騎馬を含む十倍の敵を足止めした。樹海前の荒地、焼夷弾の炎が下火になっている。

敵味方の死体、シュバイツ傭兵はほぼ全滅し、アモン軍の歩兵が槍で止めを刺して歩いた。

アモン元帥は本営でGeld山を見た、あそこに金が埋まっている。砦の中に採掘した金もあるだろう。

そして、シヴァ領の異端1万人、これも鼻を削いでカウントベリーへ持って帰れば、手柄になる。

シュバイツ傭兵の抵抗が完全に沈黙し、方策を考えていた。歩兵は樹海の中に入っていると言う、まずは将校クラスの斥候を出そうと指示をした、そのとき、馬印に蒼い旗を持った、伝令兵が後方から、やって来た。

「北方より、マサカド軍、騎馬三千、まもなく到着します」
「なんだと、だが、3000か問題ではない」

アモン元帥は笑った、更に別方面から伝令兵。
「西よりシヴァ王本体 異国の兵を引き連れ、騎馬1万、先頭に赤毛の騎士」
「ロッソ、戻ったか、雌雄を決してやる」

味方は損害が出ても、ほぼ三万、敵は合わせて一万三千、勝算はあると、アモンはほくそ笑んだ。

樹海の中をアモンの歩兵と弓兵がうろうろしていた、たかが、3~4kmの奥行きしかない樹海だが、道が巧妙に隠されていて、全員が右往左往する。

砦があり、そこに金が置かれていると言う話だから、だれもかれも欲に目がくらみ、そのせいで更に迷う。シュバイツ傭兵の守備隊を全滅させ、アモンの強兵も気が緩み、切り結んだ歩兵、弓兵のほとんどが森に入っていた。

街道を走るルナは煙を見た、既に、ここから「気」が違う、樹海手前のヒースに布陣している白銀が中心の軍団。

左右に見慣れたテンプルと鉄十字、その向こうでヒースが燻り、火薬が燃えた臭いがする、遠目におびただしい死体が転がっているのが見える。

 街道を北へ向かって左手にヒースが有る、ロッソがグラーネを停めた。一度後ろを振り返って、ゆっくりとヒースへ入っていく、全軍が続く。敵は3倍。

「ルナ、ルナ」
ロッソの声がちょっと哀しそうだった。こちらを向いて、そっと微笑んでいる。

「死ぬときは一緒だよ」
ルナは微笑んで頷いた。

「全軍、弓、用意」
イノシシ騎馬隊は弓に矢を番えた、誰もが騎射の名人。

「射撃しながら突撃、一騎たりとも逃すな、討ち取れ」
ロッソが指示を発し、グラーネが疾走する、スルスミが続く。イシュタルのぶちが続く

3千の踊るイノシシが続く、その後ろからアッチラスのオリエント軍団、これも騎射を得意とする。

強弓で、大して引き絞りもせずに速射、威力は十二分、次々に矢を放つ、射角は四十五度、矢は手前のテンプルを越え、テンプルに塞がれて逃げ切れないアモンの軍団に放物線で襲いかかる、密集隊形を取っていたアモンの騎馬軍団は避けきれず、矢を受けて倒れていく。

矢を撃ち付くし、ロッソが剣を抜く、テンプルが向かってきた。ルナもジャポネスクの細い剣を抜いた。

すれ違い斬り結ぶのはラテン隊、知った顔が有る、一緒に飲み、喰らい、唄い踊り冗談を言って笑った。

 アッチラスの主力は反対側のゲルマニアと鉄十字を相手にしている。 ロッソが次々に斬りおとして行く、突き出される槍も跳ね上げ、斬り飛ばし・・
ロッソの心が泣いている、慟哭しているのがルナに聞こえた。
ふいに力が漲りルナも剣を振った、斬り結び、突いた。私はWalküre、戦の女神。

うしろにいまひとり、黒髪のWalküre、イシュタルも激しく斬りまくっている、端正な顔に返り血を浴び、朱に染まり、笑っている。

「ピノーーーー」
ロッソが叫んだ、ラテン隊隊長ピノ・ベネッティが槍を突き出し突っかけてきた、仕掛けの鋭さにロッソが串刺しにされた、見ていたルナは凍りついた。

ロッソの背中から出た槍の穂先、だが、それは柄を左脇の下に抱えられていた、そのまま腰が左にぐいっとまわる、ピノの体勢がぐらりと崩れる、バルムンクが一閃する。

ピノの馬の首が飛んだ、槍を掴んだままピノの腕が飛んだ、上半身がずるっと斜めにずれて落ちた、馬ごと どぉっと倒れた。

ロッソの赤毛がこれ以上無いほど逆立った、そして、赤から紅に、鮮紅色に、まるで、紅い炎のように。
「ロッソ」

ルナが呟いた

ロッソは左手にピノの槍を持っていた、それを振ると柄を掴んでいたピノの腕が振り払われた。ロッソの右手にバルムンク。

白銀の装束をつけた、アモンの騎馬軍団が突っ込んで来た、そこから先、周りは常に敵、白と黒の装束が踊るように、血煙を上げ、倒し、倒され。

イノシシの後ろから、鉄十字を制したオリエント装束のアッチラスが加勢に来た。

ルナも必死に刀を薙ぎ、突き出し敵を倒した。何度かロッソのバルムンクに庇われた、イシュタルにも敵の白刃を防いでもらった、全ては無我夢中の死の舞踏の中、蹄の音、怒号、悲鳴、呻き、煌めく白刃、吹き上がる血煙、切り倒した敵のはらわたの臭い。

ルナが気づくと、3人の周りは敵の骸だらけだった、グラーネの上で胸を張ったロッソがアモンの本営と相対していた。

ふとエアーポケットのように戦闘が止んだ、目の前には白銀の甲冑の軍団、本営に将軍たちに囲まれている、ひときわ輝く白銀の甲冑、白馬にまたがるアモン元帥。

ロッソに似ているとルナは思った、金髪、碧眼、甲冑を着るために造られたかのような身体。腰に宝剣を佩いている、いにしえの戦神のような・・・。

「アモン元帥」
「シヴァ王」

シヴァ・ゾルダートの伝令がやって来た。

「殿様、マサカド・カンムー様、我ら右に現れました」
大声で報告する。

「あいよ」
 ロッソが応える。

街道からヒースにはいった出口あたりを塞ぐようにマサカドの騎馬隊が布陣していた。
「元帥、問いたい」

距離を経て、ロッソがバリトンを張り上げる
「なんなりと答えよう異端の王よ」

元帥も同じバリトンで答える
「アモン人を知って居るか」
「なにぃ」

アモンの顔色が変わった
「スファラディを、いにしえ、アモン人と呼んだそうな」

「私は神の臣民である、色は白い、このように髪も黄金色だ」
 アモン元帥は言い募った。

「スファラディは国を持たぬ人々だ、あちらこちらで混血し、国を忘れぬために、最初の子に、スファラディと判る名をつけるそうな」
 ロッソの声は静かだった。

「違う、私は違う、何を出鱈目を」
「汝は保身のため、異端を徹底的に排除してきた、その身が実は異端だからであろう」

「ちがうちがうちがう!!」
「では、神皇聖なる本に記された悪魔軍団に随一の勇士にアモンがいるのを、知り居るか?」

「私は異端ではない、悪魔ではない、違う 違う・・・」
激高したアモンが剣を抜いた、白馬の腹を蹴る。ロッソはグラーネを走らせる、白と黒の馬が駆け寄る、中央で激突した。

黒いグラーネが白馬を跳ね飛ばす、白馬は横倒しになり、起き上がろうともがく、ロッソはピノの槍でアモンを叩き落としていた、アモンは落馬したが、すかさず立ち上がる。

ロッソもグラーネからゆっくり下りた、ピノの槍を地面に立てる。2人の美丈夫が剣を構え向かい合う。

グラーネは、とことこと戻り、スルスミの隣に並んだ、ルナがロッソたちを見たまま、その首に触ると鼻を鳴らし、舌を出してルナの手を舐めた。

アモンの剣が唸る、長いリーチを目一杯使って剣を振る、そのまま、突き出された剣をロッソがスゥエイバックして避けた。

アモンの脚が伸びてロッソは足元を払われる、ロッソが後ろへ回転して逃げる、立ち上がったところへ、アモンが跳躍する。

剣が宙を指し、落ちてくる力も加味して刃風が起きる、ロッソが得意にする跳躍と唐竹割り、血煙が上がった。

「きゃっ」
ルナは小さく悲鳴を上げた。

「大丈夫よ」
イシュタルが低い声で言う。アモンは着地して倒れたロッソを見下ろしながら、踏ん張ろうとした。

何度も繰り返し稽古を積んだ技。ロッソが使うと聞き、エデンのその道場へ通い完璧にマスターした技だった。

だが、信じられないことに転倒した、何故身体のバランスが崩れたか判らない、横倒しになって、視線に入ったのは、甲冑の靴が2つ、膝の下から地面に立っていた。

倒れたアモンの目に、膝下からざっと出血しているのが見えた、ふくらはぎの中ほどから両足が無くなっていた。

ロッソがピノの槍を持ってきた、そのまま無造作に突き出す、アモンの顎の下から入り後頭部へ抜けて地面に縫い付けた。

アモンは仰け反り、目が大きく開かれ、口から血が噴出し、痙攣しながら絶命した。断末魔で銀の甲冑に包まれた両腕が不随意に動く

「アモンの軍よ、手向かうなら、全て討ち取る、降伏するなら身代金で赦す、アッチラスに首のピラミッドを築かれたいものは誰だ」

 イシュタルが叫ぶと、がちゃり、がちゃりと剣が外され、地面に投げられる。武装解除した兵をアッチラスとカンムーの軍が纏めだした。

「義姉上、マサカド、頼みます」
やって来たグラーネに飛び乗りロッソは森へ突っ込んでいく。ルナが続き、イノシシ3千が続く、隠し道をひた走る。

「間にあって」
ルナが祈るように言った。

アモンの本隊から離れ、樹海の中で右往左往していた歩兵と弓兵も三々五々ようようたどり着き砦の前に集まり出した。

石を積んで造った15mの壁、シヴァの城塞都市と同じく上部は回廊になっている、扉は鉄を張った樫の木、がっちり閂をかまして有る。

ベルが指揮所に居た、砦の門前に敵兵が集まっているのが見える、門の内側は1万の疎開者が逃げ込んだから、ほとんど立錐の余地も無い、矢を防ぐために、子供たちは兵舎、食堂、ヘイバイトスの鍛冶場に分散して、入れるだけ入っている。

兵は居ない、逞しいシュバイツの傭兵たちは、右腕を落とされ、伝令に戻った一名を除いて、全滅した。

自分たちで身を守るしかないが、兵を相手に剣を振るえるものは居ない、飛び道具も樹海に遮られて威力が半減する、頼みは閂をかけた大門だけだ。

外の兵が門を押し出した、リズムを取り百人がかりで、ゆっさゆっさと押す。
異端を殺せや、えーんやこーら
掛け声をかけながら押すと、徐々に閂がたわみだした。

「抑えて内側から門を押さえて」
ベルが指示を出す、老人たちが門の内側を抑える。

「弓兵」
アモン隊の小隊長の指示で砦の中に矢が撃ち込まれる
ざぁっと音とともに矢が降ってくる。

「ぎゃっ」
「痛いよぉ」

押し合いへし合いで砦の中に居る者は、逃げ場が無く矢に倒れていく、鎖骨の上に矢羽を突き出して、抜こうともがいているもの、目に矢が刺さり即死するもの、遮蔽物が無い

逃げる広さも無い。阿鼻叫喚の地獄絵図、矢は雨のように振り、痛みと死をもたらしている。

ベルの周りに年長の少年たちが、門の上。回廊の石壁にぴったり張り付き石を持って指示を待っていた

「良い?合図でいっせいに落とすのよ」
小声で言うと少年たちが頷いた

「落とせぇ」
門の上から一斉に石が落とされる、持ってきたものを次々に落とす、兵たちは油断して、蒸れる兜を脱いでいるものも居た。数人が石に打たれて昏倒する。

「放て!!」
中年の女達が器械を3台操作していた、七十度の角度をつけて3台からショットボォを放つ、ざぁっと60本の矢が降り注ぎ、アモンの歩兵を倒した

「弓兵!!」
木の生え際まで下がり、外で小隊長が号令を掛ける、弓兵たちは木を掩蔽に使い、矢を番え、次々に矢を放つ。

少年たちとベルの指揮する女もショットボォで対抗するが、木の幹や枝が邪魔になり森の中に居る弓兵にはほとんど命中しない。

回廊にもざぁっと矢が振ってきた、ショットボォのマシンにあたり、かんかんと音がする、石を落とそうとした少年たちにも突き刺さる。

「痛いよぉ痛い痛い痛い」
矢をうけ転げまわる子供たち、転げないものは物言わぬ物体になっている、ベルはどうすることも出来なかった。

「撃て撃てぇ」
小隊長は楽しげに剣をふり、射撃指示を出す。

「敵は異端だ、皆殺しにしろ」
言ったとき、蹄の音がした、最初は軽快に、そして重くパーカッションのように、早くなる、腹に響く地鳴りになる。

やってくる騎馬を見て、逃げようと振り返ったところに白刃が一閃した、小隊長の首が落ちる。

黒い馬に乗った紅い髪の騎士、鹿毛にまたがる金髪の女騎士、2人が真っ先に斬り込んで来た。剣を振るたびに血煙が上がる剣を打ち合うことも無い。

剣のさえは、さながら、つがいの鬼神、弓兵が歩兵が、ばさばさと斬られていく。
そこへイノシシの甲冑をつけた、騎馬隊が斬り込んで来た、1時間も経たないうちにアモンの兵たちは討ち取られるか、捕虜になった。

「ベール」
ルナが大声で呼ばわった

「ルナさまぁ」
ベルが砦の指揮所から手を振った、ロッソはルナを背負うと、体重が無いかのように砦の壁をするすると登った。

回廊の上に出る、ベルが駆け寄ってきてルナと抱き合う。
「衛生兵」

ロッソが回廊から下へ顔を出し、呼ばわった、数人居るうちの1人が気づき、開いた門から階段を駆け上がってくる。

「ルナさま、子供たちが、年寄りが・・」
ベルがルナにしがみついている、ルナは小柄なベルを抱きしめ背中をさすった。

「どうして殺されなくちゃいけないんです、皆、楽しく生活して楽しんで、食べて踊って歌って笑っていたのに、神様の信じ方が違うと言い掛かりを付けられて、いくさを仕掛けられて。どうして、子供まで・・・」
慟哭するベル、抱きしめているルナ、視線を感じて顔を上げるとロッソだった。
ロッソがその視線を上にあげた、夕焼けに紅く染まった空を、何かが飛んでいる、9騎のWalküre。
翼のある天馬にまたがり、白い薄衣の上に甲冑を着けている、思い思いの得物を持ち、頭には共通の白い翼のついた兜を被っている、気づくとルナの頭にも同じ兜が載っていた
翼は紅だ。

「ねぇ、ルナ」
ロッソの視線の先、一番後ろを駆けるWalküreは黒髪で見知った顔だった。薄衣をはためかせながら、きりっとした顔が美しい。
「あれは、マリアさま」
ベルが驚いて言う
「ベルにも見えるの?」
「はい、ルナさま、空を飛んでいらっしゃると言うことは」
「マリアは亡くなりました」
「なんてことでしょう」
ベルは目を見開き言葉を失った。
「そうか、マリアはヴァルキューレになったんだね」
ロッソは寂しそうに、それでいて楽しそうに言う。
「勇者が大勢倒れたから、ヴァルハラはラッシュかも知れないわ」
 ルナがポツリと言った。
「勇者を案内する彼女たちも大変だ、ルナ、ヴァルハラってどんなところ?」
「存じません・・」
「そこに居たんだろう」
「それを言うなら、あなたも居たのよジークフリート」
「なるほど」
「過去世なんて覚えていられるほど暇じゃない」
ルナの目が澄んでいた。

「今を懸命に生きているほうが大切、過去世に関わりあっているより、大事な事、楽しいことは沢山あります」
「さすが、女神、言うことに含蓄が有る」
「元です・・」
ルナはにっこりとする。
「元、女神か今は?」
「女神よ、ジークフリート専用の」
「とても心強いよ。さて、怪我人の手当て、死者の弔い傭兵の家族に、暮らしていけるだけの事もしなくては」
「はい」

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