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彼がその行先を知らない鳥たち

面白い話を友人から聞いた。

いま野良犬、野良猫ならぬ野良インコが発生しているらしいと。
飼い主の元から逃げてしまったり、もしくは意図的に放されてしまったその鳥たちが、外の世界で出会い繁殖し集団で生息していると。
生態系への影響や何らかの害もあるんじゃないかと懸念もあるそうで、『害鳥』という見方があるらしい。

ほほう、なかなかワクワクさせる話じゃないかと私は思った。
アスファルトとビルのつまらない灰色の中に、差し色の如く美しい青や緑の鳥たちが群れをなして遥かどこか目指して飛んでいく、そんな絵画のような光景を想像してしてしまったからだ。なんとも他人事だ。

しばらくして、そんな話を聞いたことも忘れかけた頃だった。
仕事の都合で、初めて降り立った駅前で、ある張り紙を見た。


『小鳥探してます』
ーーーーー
大切にしていた小鳥が去年の冬に逃げてしまった
見かけたり保護してくれている人はいませんか? 
もし飼ってくれているのなら引き離したりはしません
ひとめ元気な姿が見たいと願っています
ーーーーー
およそこんな内容に、可愛らしい小鳥の写真と飼い主の連絡先であろう携帯電話番号が書かれていた。
まだ貼られて新しいと思われる紙に丁寧な文字で、切実さが簡潔な文章から滲み伝わってくるような内容だった。

ところで私は金魚とハムスターしか飼ったことがない。(ちなみ私の『べにこ』という名前はその金魚の名前から。そしてその金魚の名前の由来はもちろん紅いから。我ながら安直すぎて気に入っている)
そして薄情に思われるだろうが、同じ小動物を飼っていた同志として、まず見つからないだろうなあと思ってしまった。物理的にも小さい彼ら?彼女らを外の世界で再び見つけるのは困難だし(狭い部屋の中でさえハムスターを見失ったとき見つけるのに半日かかった……)さらに翼をもつ相手となるとお手上げじゃないかと。鳥に詳しくない私はこの逃げてしまった小鳥に帰巣本能があるのか知らないけれど、この張り紙を見つけたのは初夏だった。単純に考えて、ここに書かれている『去年の冬』だと半年以上は見つかっていないことになる。
もしかしたもう無事に飼い主の元へ飛んで帰ってきていて、張り紙を剥がし忘れているのかもしれない。そうだったら良いな。
でも頭の中には街路樹に溶け込んだ緑の小鳥が、灰色の街の差し色になっている青い小鳥ちらついていた。

それから二、三度ほど仕事であの駅前に行くことがあったが変わらず張り紙は貼られていて、それはもう情報を与える役目より風景の一部としての役割を持っていた。

年が明けた。
三が日、私は初詣に出かけた。人混みが大嫌いながらも何となくの恒例で、行かない方がもやもやしてしまうのだ。そして近場で行きやすいけれど、初詣スポットとして人気のその神社はとにかく多くの人が参拝に訪れる。目の前の道路が歩行者天国になり、たくさんの露店も出てとても賑やかで多くの人が流れるように行き交っているその中で私はある光景に目を奪われた。

ひとり、大きな紙を広げて立ち止まっている人。

『小鳥探しています』

それは私が何度か見たあの張り紙と全く同じ内容だった。

少し小柄なその人は、そう書かれた紙を胸の前に広げ、まるで待ち合わせしている、必ず来てくれる誰かを探すかのような顔をしていた。
その姿は、新年の浮かれた空気の中で浮いていた。その人に気が付いているのも私だけかのように思ったけれど、話題に出すこともなく通り過ぎた。何故だろう、その時その場限りの話題にしたくなかったのかもしれない。

二度目の遭遇はそれからまもなくで、仕事帰りの駅だった。
その人はあの紙を同じ様に持って立っていた。
多くの人が流れるように行き交っている中でひとり立ち止まって。

正直そこまでするものなのかと少し私は狂気を感じた。街の至る所に張り紙をして(初めて見た駅以外でもよく見かけるようになったのだ)人間立て看板の如く寒空の下、当てもなく立ち続けるなんて。ちょっとクレイジーだなって思ってしまった。
でも気付いていた。その狂気に私は共感していたのだ、だからこそこんなにも気になることだったんだろう。

私ももし心の底から愛し、愛でている対象が突然いなくなったら、なりふりかまわず探して、諦めた方が良いくらい帰りを待ってしまうかもしれない。一目会いたい。元気な姿を見たい。自分の元に戻ってこなくても、もう一度。

そして誰しもその狂気は内に秘めているんじゃないだろうか。
なにかを心の底から愛でる、愛する、慈しむこと、それだけじゃなくても言わば本気のこととは常軌を逸したことじゃないかと。分かりやすく恋愛中の常軌を逸した愚行と言えば一つや二つ、皆持っているんでなかろうか……。

この小鳥は帰ってくるのだろうか。
帰ってこないだろうだろうなあと人でなしの私は思う。いつだって狂気的なくらいの想いを向けられる対象はそんなことお構いなしにどこかに行ってしまう。
小鳥のその行く先が新たな世界への明るい場所にしても、暗く冷たい場所にしても、彼にも私にも知らないことだ。

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