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前進ですとも勇敢に。 2024.03.17 湘南ベルマーレvs浦和レッズ マッチレビュー

開始時の立ち位置と嚙み合わせはこちら。

開始時の立ち位置
各ポジションの嚙み合わせ

■試合の振り返り

 3月ながら暑さすら感じさせる日差しの平塚でキックオフ。両チームともに開幕戦を落としたが、その後2試合を勝ちと引き分けで終え勝ち点4同士で迎える試合。浦和は前節からメンバーを1人変更、負傷離脱のショルツに代わって佐藤がスターターに。一方の湘南は福岡戦からメンバー変更なしで臨む。

 試合の序盤はボールを握る浦和と待ち構える湘南の構図。湘南は前節福岡戦と同じく5-3-2を採用し、対戦相手のシステムによって機械的に立ち位置を変更しているわけではない様子。(川崎・京都の4-3-3相手に対し4-4-2。福岡の3-4-2-1に対して5-3-2。浦和は4-3-3。)要は相手の戦い方に応じてどのような試合展開に持ち込みたいかが先にあり、それを表現するためのシステムであるということだろう。
 湘南がどのような試合にしたいのかは一目瞭然。後ろから組み立てようとする浦和に対し、前から積極的にプレスを仕掛けて出来るだけ高い位置でボールを奪おうとしていた。試合開始直後は湘南の策がはまり、浦和は思ったようにボールを進められない。しかし徐々に脱出口を見つけ出して迎えた10分、GK西川を含めた2CB+1の運び出しでルキアンと鈴木章斗をいなしてグスタフソンを経由すると、小泉から伊藤へ通してスピードアップ。右サイドで一旦溜めを作ると、斜めにランニングしながらボックス内に侵入した右WG前田へパスを供給。GK富居の手前で出されたラストパスに反応した興梠が無人のゴールへと流し込んで浦和が先制。
 その後も似たようなルートから繰り返しチャンスを作られるが、浦和のシュートミスにも助けられて1点差のまま試合が進む。20分ごろになると浦和の重心が下がって湘南もボールが持てるようになり、DFラインがプレッシャーなくボールを運べていた。

 23分、右サイドから進行すると鈴木雄斗がCB-SB間のスペースを突いてボックス内に侵入。クロスは酒井が触ってラインを割りかけるが杉岡がすんでのところで折り返し、ルキアンがアウトサイドで押し込んで同点に追いつく。一度は副審によるオフサイド判定(右サイド裏に抜け出した鈴木雄の位置)を受けたが、VARによる確認によってゴール判定となった。
 続く32分、池田のパスを受けた田中が巧みなターンで浦和DFをかわしシュート。ボールの延長線上で待っていた鈴木章がコースを変え、西川の逆を突いてゴールイン。約9分間で逆転に成功した。その後もペースを握った湘南リードで前半を折り返す。


 後半キックオフ直後、ホイブラーテンのパスを受けた佐藤に鈴木章がプレスをかけてボールを奪い取る。そのままボックスの外から右足を振り抜くと、強烈なシュートがニアサイドに突き刺さった。実況の下田氏曰く”ヨーロピアンな一発”が決まって湘南がリードを2点に広げる。
 出鼻をくじかれる格好となった浦和だが、前から奪いに来る湘南を矢印を利用する形で裏へのボールを多用するように。ハーフタイムで2名の選手交代を行っており(小泉⇒岩尾、興梠⇒松尾)、中盤とトップに入るキャラクターの変更で巻き返しを図る。すると55分、決定機を逃した直後のコーナーキックから松尾が押し込んで1点差に。湘南はまたも小さいクリアを拾われての失点を喫した。
 64分には関根とグスタフソンのボール奪取から岩尾が引き取ると、裏に抜ける前田へスルーパス。大野は前田の利き足である左足を切って縦方向に誘導したものの、前田は右足を振り抜いてニアサイド上部に叩き込み、浦和が2点差を追いつく。直後に浦和は2度目の選手交代(伊藤⇒中島、前田⇒サンタナ)、岩尾とグスタフソンの2DH、中島のトップ下のような形に変更する。


 湘南も選手交代(池田⇒奥野、杉岡⇒畑)で再び一歩前に出る構え。74分、右サイドからのクロスが浦和DFに跳ね返されたところ、田中がボックス外から左足ボレーで強烈なシュートを放つ。ボールは惜しくも右ポストを叩くが、こぼれ球にいち早く反応したのはルキアン。身体を開きながら冷静にゴールへ押し込んでこの日2点目。湘南が4ゴール目でまたもリードを奪う。
 しかし81分、ゴール前混戦からのこぼれ球をグスタフソンがミドルシュート。シュートブロックに入った湘南の選手に当たったボールは無情にもゴールマウスへ飛び、浦和が三度同点に追いつく。
 試合終盤には松尾のゴール右上隅を狙ったテクニカルなシュートを富居が見事なセーブで掻き出すなど、お互い譲らない展開の中タイムアップ。ともに4点を奪い奪われ、勝てた試合だったという感触を持ったまま代表ウィークへ突入することになった。

■田中聡を輝かせたのは誰?

 この試合で出色の出来を見せたのは田中聡。前半の頭こそ浦和が主導権を握ったため中々ペースが掴めなかったが、同点ゴールを演出するパスを皮切りにプレーでチームを牽引。持ち前のボール奪取能力を発揮し、中盤をほとんど一人で制圧した時間帯もあった。だとすればなぜ田中は前半の途中から活躍し始めたのか?誰が彼を主役の座へと押し上げたのだろうか?


 田中が初めに存在感を発揮し始めたのはボール保持の局面。同点ゴールに繋がるビルドアップは19分ごろから始まっているが(ボールアウトの時間も含めれば約4分もの間、湘南がボールを握っていた)、DFライン3人の前に立ちながらボールを進める先を身振り手振りで指揮。前節福岡戦後のインタビューではボール保持についてもっと積極的に参加すべきだったと反省の念を口にしていたが、それを翌週のトレーニングから活かしていたのだろう。
 浦和が前への圧力が弱めだったのもあり、湘南のDFラインは比較的余裕をもって浦和陣内に入り込むことが出来ていた。浦和中盤3枚の背後に平岡と池田、降りてきた鈴木章が顔を出して牽制していたこと、ルキアンが常に裏を狙ってCBと駆け引きしていたことが重なり、人を前に押し出して圧力をかけられなかったのかもしれない。あるいは横にいる味方との距離を意識しすぎるがあまり、縦スライドの意識が希薄だったとも考えられる。

 続いて非保持の局面においては27分を過ぎたころから。すでに各所で指摘されているが、同点に追いついた後あたりから湘南はプレス方法を変更。右サイドでは対面のSB渡邊の担当を鈴木雄から池田、左サイドは平岡が酒井と佐藤の両方を担当していたが基本的には酒井を優先。2トップは2CBがボールを持っていたら優先的に向かっていたところ、中央封鎖を第一に。2CBには1枚がサイドへの方向付け程度の圧力として、もう1枚はアンカーであるグスタフソンの監視役となった。CBがボールを持つことはある程度許容している。
 ここまで書いてお気づきの方もいるかと思うが、何のことはない、湘南にとっては従来通りの5-3-2ハイプレス形式である。山口監督による修正が効いたというよりはむしろ、ミーティングやトレーニングなどの落とし込みや強調の仕方が悪く意識のズレが生じてしまったのかもしれない。
 結果として前への意識が強いあまりに配球役のグスタフソンを空けてしまい、そこから芋づる式に中盤とDFラインが引っ張られて浦和にやりたい放題やられてしまったのが開始20分間である。脅威となるパサーがフリーなためにDFラインも上げ切れず、ピッチの各所に顔を出す小泉・伊藤のIHにCBがついていくこともままならなかった。田中は伊藤に気を取られると降りてくる興梠にもスペースを使われ、悩ましい時間を過ごしていた。

修正前の湘南の様子。前への意識が強すぎるプレス隊と、ホルダーがフリーなのでラインが上げられないDF陣で間延びしていた。


 カギとなったのはこのグスタフソンのケア。失点後からルキアンはかなりこのアンカーポジションのことをかなり気にしており、指をさして周りの選手に注意を払うように声をかけている。そして移籍後初ゴールを挙げてからは精力的に走って自身がグスタフソンを消す位置まで戻るようになった。28分前後のシーンは象徴的で、ピッチを横断するようなボールにスプリントして追いかけて渡邊から小泉へのパスコースを消したあと、ホイブラーテンのパスを受けたグスタフソンまで二度追いプレスをかけている。


 このルキアンの懸命な働きが田中にどう影響を及ぼしたか。浦和バックラインにボールがある状態、パスコースは縦にいるWG、近い位置にいるIHとSB、そしてアンカーである。SBは味方のIH、WGはDFライン(WBかCB)が捕まえているとすれば、田中が担当するのはIHかアンカーのどちらか。だがグスタフソンの位置取りが巧みなため、アンカーに行けばIHが空いてしまう。湘南がうまくいっていない時間帯(浦和がうまくいっていた時間帯)は田中はケアする場所が複数あり、どこを消せばいいのか迷っていたように思われる。
 しかし選択肢の一つであるアンカーをルキアンが消してくれれば、田中は自身のすぐそばにいるIHと周辺のスペースと担当エリアが明確に。田中が直接IH(伊藤や小泉)からボール奪取するシーンこそ少なかったが、彼らのパスがズレて湘南のボールになったり、そもそもDFラインから前にボールを繋げずラフに蹴りだすシーンが多く見られるようになっていた。

修正後の湘南。相手の特徴に合わせて左右の対応が異なっている。ルキアンがアンカーを監視するので田中は伊藤とスペース管理を担当。
IHがSBまで出るようになり、右サイドは状況に応じて循環しながら対応した。


 浦和のIHはレイオフで繋いでアンカーからの展開にこだわっていたように見え、グスタフソンが消されると途端にボールの逃がしどころを見つけられなくなってしまった様子。ボールを受けたIHが前を向けば田中が食らいつくのは予想できるが、そのタイミングでピッチ中央に出来るスペースを興梠は狙っていたようにも思える。
 田中から迷いを消し去り、そのフィルターとしての力を発揮することに集中させたのはルキアンの懸命なプレスバックと言えるだろう。鈴木章ももちろんプレスバックを行ってチームを助けていたが、ルキアンほど勤勉ではなかったことも最後に添えておく。

ルキアンのプレスバックでボール奪取したシーン。
浦和のIHはほとんど落としのパスを選択しておりターンすることは少なかったため、
ルキアンも戻りがいがあったのかもしれない。


■興梠交代、ヘグモ監督の意図は?

 ハーフタイムに浦和が行った交代で驚いたのは興梠がベンチに下がり松尾が代わってトップに入ったこと。興梠は前半巧みなポジショニングでチームを助けていた(湘南を困らせていた)ので意外な交代であった。気づかないところでの怪我やコンディションの問題があった可能性は否定できないが。
 後半に入るとスピードに優れた松尾がトップに入り、関根・前田との快速3トップでシンプルに裏を狙う機会が増加。湘南のプレスを裏返す形で走らせて守備陣形を間延びさせる狙いがあったのは間違いないだろうが、前述のルキアンによるプレスバックを補助線として使うと、ヘグモ監督には異なる意図があったようにも思えてくる。裏狙いは湘南の出方を見るための方法の一つであって、それ自体は主たる目的ではなかったのではないか。


 先ほど見たように湘南はグスタフソンを消すために2トップの1枚が監視役として付き、浦和のCBがボールを持つことは許容していた。CBは湘南のDFライン裏にフィードを蹴る時間的・空間的余裕がある状態かつ、ボールが戻ってくる程の向かい風であることを踏まえれば、スピードのある3トップと対峙する湘南のDFラインにかなりのストレスがかかるのは予想に難くない。ヘグモ監督は、それを湘南が嫌がるか受け入れるかを試していたのではないか。ケースで分けるなら以下のような具合だ。

◆湘南がDFライン裏に蹴られるのを嫌がる場合
⇒2トップからCBへのプレスが強くなる
⇒中盤のグスタフソンや岩尾が空く
⇒前半頭と同じ状況を再現してゴールに迫る
◆湘南がDFライン裏に蹴られるのを受け入れる場合
⇒背走により守備陣形が間延び
⇒湘南陣内に押し込む時間が増える
⇒二次攻撃・三次攻撃からゴールに迫る

 つまりヘグモ監督は湘南に対して、”DFライン裏と中盤、どちらかのスペースを明け渡せ”、と二択を突きつけた。ポイントになるのは2トップがケアする選手で、中央封鎖する2人をCBまで誘き寄せ、配球役を空けさせようという狙いだ(さもなくばゴールの近くへボールを送るぞ、と)。
 それほどまでに2トップによるグスタフソンへのマークを厄介に感じていた可能性があり、似たような役割が出来る岩尾も後半から投入している。どちらを選んだとしても湘南は守備陣形を間延びさせられるわけで、浦和の方針は一貫しているなと思った次第だ。
 結果として湘南はどちらも選ばなかった。というか、ヘグモ監督の交渉に応じず引き続き自分たちの土俵で戦うことを選択。ハーフタイムでエンジンをかけ直して後半開始直後には追加点も挙げているわけで、ピッチ上のテンション感も含めその選択は理解できる。


 後半頭こそIHが中盤にパスを出させないほどに浦和DFラインへの圧力を高めて前半に引き続きペースを握ったが、疲れが見えてくると徐々にペースダウン。裏へのフィードを受けてしまうシーンが続き、連続失点で同点に追いつかれてしまった。突きつけられた選択肢のうち、消極的に後者を選んだとも言えるかもしれない。
 それでも田中とルキアンの好プレーで再びリードを奪うものの、浦和が層の厚さを活かし選手交代で攻撃陣を活性化させて4-4に。終盤に5点目の芽が合ったのはアウェイチームの方だったはずだ。


 湘南としては4点目のリードを奪った後の時間帯、前半20分ごろのような保持の時間をより長く作れたら結果は変わったのかもしれない。指揮役は縦横無尽に走り回って身体も脳みそも疲弊している田中ではなく、比較的フレッシュな奥野や茨田が担っていたとしたら…と思ってしまう。あるいはこの試合ベンチを外れていたが、福田のようにプレスで相手に圧力を与えられる人員がいれば…。
 このたられば話は前節福岡戦と同じような内容であり、まだまだ保持の積み上げが必要という話に行きつく。しかしながらその点に関してはっきりとピッチ上で取り組む姿が見られている。であるならば、私たちサポーターはその様子を見守り応援するだけだろう。



試合結果
J1リーグ第4節
湘南ベルマーレ 4-4 浦和レッズ

湘南:ルキアン(23',74')、鈴木章(13',46')
浦和:興梠(11')、松尾(55')、前田(64')、グスタフソン(81')

主審 スミス ルイス ディーン

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