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走り出せ、未完成だからこそ煌めくんだ。 2023.11.11 湘南ベルマーレvs名古屋グランパス マッチレビュー

開始時の立ち位置と嚙み合わせはこちら。

開始時の立ち位置
各ポジションの噛み合わせ

■湘南が打った博打

 冬の寒さを感じる平塚でキックオフ。湘南は前節神戸戦からメンバーを二人変更、腰椎横突起骨折を診断されたGK富居に代わってソンボムグン、右IHは池田に代わって鈴木章斗が起用された。池田はベンチからも外れており、怪我もしくは何らかのアクシデントによる欠場と思われる。一方の名古屋は前節鳥栖戦からメンバー変更なし。


 湘南と名古屋、お互いに相手のボールを奪って素早く攻め切るのを信条とするチーム。シーズン終盤で勝ち点がどうしても欲しい状況を考慮すると、相手の良さを出させないような固い静かな試合になるかと思いきや(プレビューではそのような予想をまとめた)、自らの強みを出して相手を上回ろうとするリスク上等・積極的で攻守が目まぐるしく入れ替わる試合となった。現役・元日本代表クラスを数多く揃える名古屋を相手とする戦い方としては、湘南はかなりギャンブル性の高い選択をしたと言えるだろう。
 とはいえIHでこれまで活躍を見せていた池田・小野瀬・山田・タリクが欠場する台所事情を考えると、スタートから起用出来そうなのは平岡・鈴木章・阿部・奥野のみ。左IHはレギュラーの平岡、試合展開に合わせたプレーが期待出来る奥野はベンチに置いておきたいと考えるならば、FW適正の選手2人をスタートから起用して得点先行⇨逃げ切るために奥野投入といったプランを立てるのは妥当とも言える。ここ数試合、試合序盤の入りが良いこともギャンブル的な選択を後押ししたのかもしれない。


 キックオフ直後から中盤で激しいボールの奪い合いが発生し、かけられたプレスを潜り抜けた方がゴール前まで侵入できるような試合展開。湘南陣内でボールキープした鈴木章からボールを奪った久保が左サイドへ展開、森下のクロスから和泉のヘディングはミートしきれず。湘南も田中が稲垣とのセカンドボール争いに制し、阿部・鈴木章・大橋と繋いでこぼれ球を杉岡が鋭いクロスを送るがこちらも阿部には惜しくも合わず。両チームとも迂闊にボールを奪われるとあわや失点、というリスクと隣り合わせのヒリつく序盤を受け入れていた。ただ湘南はショートカウンターを受けるリスクの高いパスを極力避けていた印象で、相手に捕まりやすいCBからWBへのパスはいつもより控えめ。中盤の選手にも確実に通せないようであれば、相手3バック横のスペースに向かって大きく蹴り出していた。

名古屋のカウンターを避けたプレー選択


 10分を過ぎるとやや落ち着いた展開も見え始め、名古屋はバックラインから繋いで前進を図ろうとする。この時間における名古屋の組み立ては湘南の守備に綻びを作るところまでは至らず、ミンテのラインコントロールとプレス隊の中央封鎖によってブロック外でのボール回しに終始。クロスを上げても体勢の整ったCBによって跳ね返されていた。

湘南のプレス。
これまでの試合と大きくは変わらない。


 すると14分、クリアボールを収めた大橋がファールを受け、素早く阿部が逆サイドの杉岡に向かってリスタートのパス。大野を経由してミンテに渡ると、一つ二つと運んで阿部とポジションを入れ替えていた鈴木章に縦パス。ワンタッチで阿部に叩くと、短時間のうちに縦・横スライドを繰り返し要求された名古屋守備陣は阿部をケアしきれない。ハーフレーンで自由な時間を得た阿部はファーサイドへ高精度のクロスボール、鈴木章は野上を引きつけ、久保のマークを外してフリーとなった平岡がボールの落下点へ走り込んでプレゼントパス。ランゲラックが空けたゴールに大橋が蹴り込み、四試合連続の得点を挙げた。


 先制点を奪われた名古屋は当然攻勢に転じる。20分には湘南がタッチラインにクリアしたスローインから波状攻撃。森下、ユンカーのシュートを怪我から復帰のソンボムグンがストップ。とくにユンカーのシュートはほとんど1vs1の状況だったため、チームを救うプレーだった。
 名古屋はこの形で自信を得たのか、左右に揺さぶってCBやWBから斜めにボールを入れてボックス内に侵入を図る。左CBの藤井は足元の技術とミドルシュートの得点もあるためかなり高い位置にまで進出していたが、その分のリスク管理が伴っていなかった。23分、稲垣が田中を引っ張って空けた中央のスペース、野上からボールを受けた久保が入り込む。コントロールが乱れた瞬間に大野がクリアすると、そのボールを阿部が拾って大橋とともに中谷・米本と2vs2。だが名古屋の2人は協力して遅らせる守備ではなく、連続した1vs1で博打的なタックルを繰り出す。阿部が持ち前の技術と冷静さでかわすと、オフサイドにならないよう自陣で大橋にパス。独走状態でランゲラックとの1vs1に向かい、1本目のループ気味シュートは防がれるが跳ね返りを無人のゴールに頭で押し込み追加点。前がかりになった名古屋の背後を突いて2点目を奪い、理想的にゲームを進めた。


■帰ってきた"第1GK"

 2点のビハインドを背負った名古屋は、最終ラインの組み立てから湘南IHの背後を使って侵攻。25分に和泉が田中・平岡・杉岡の間で受けて反転、永井とユンカーが交差しながら裏を取る動きを取ってDFラインを押し下げ、最終的に稲垣がミドルシュート。32分には幅を取った藤井から斜めのボールで永井へパス。左から右の揺さぶりに対して鈴木と田中のスライドが遅れているシーンが多く、藤井を起点にブロックの内側に入り込まれるシーンが目立ち始める。名古屋は右よりも左の方が連携が成熟しているように見え、特に鈴木は藤井の技術と永井のポジショニングに困らされていた。大岩・岡本から永井・藤井のどちらを見るべき状況なのか、明確な指示があったら良かったのかもしれない。

湘南IHの背後を使って名古屋が前進する図。
湘南が追い込みたい方向の逆を取る。
湘南のDHが食い付いて名古屋が前進する図。
湘南CBが名古屋シャドーにつききれない図。



 41分には湘南として最も避けるべきミスから決定機を与えてしまう。田中のパスミスを森下が奪ってフリーのユンカーへパス。ユンカーは自身でボックス内に持ち運んで利き足の左足でシュート。20分のシーンと同じような形だが、ボールが飛んだ先もまた同じ。正面へのシュートは韓国代表GKに処理されて名古屋は決定機を逃す。どちらのシーンもミンテがファーサイドへのシュートコースをスライディングで消していた点もユンカーに大きく影響を与えていたのだろう。42分の森下、藤井のシュートも連続でセーブしたボムグン。富居と馬渡(と大岩)がリーグ戦で力を発揮していた中、帰ってきた1stGKがその存在の大きさを示した。



 ハーフタイムにシャドー役の片方を永井から森島に交代した名古屋。より狭いスペースでもボールを引き取れて様々な方向に届けられる選手を投入、やり方は継続しながらその質を高める方向で追い上げを図る。だがプレッシングの圧を高め直した湘南に押された名古屋は、思ったように前進できない時間が続く。苦し紛れのパスは湘南のIHに回収されてしまい、シュートやコーナーキック獲得を許す。

 51分ごろになるとピッチに馴染んだ森島が鈴木章の背後を取れるシーンが見られ、徐々に名古屋がペースを握り返し始める。その状況でも湘南が鈴木章を代えず交代を引っ張ったのは、3点目を取って試合を決め切りたい気持ちと、名古屋が交代策を出し尽くした後に対応を取りたい思いがあったからだと思われる。またリードして最終盤を迎えた際に時間を使う交代まで考えると、3回のうちの1回目は状況が変わるまで待ちたかったのだろう。
 61分、鈴木がボールに食い付いて空けたスペースにはフリーの森島。ミドルシュートは枠を外れるが、繰り返し同じスペースを使われていることから名古屋の選手間でも狙いどころが共有されていた可能性が高い。そして63分、和泉のランニングでDFラインを下げさせられて中盤との距離が開いたところ、フリーの森島と久保が顔を出す。ミンテがシュートブロックしたこぼれ球を久保が押し込み、名古屋が一点差に追い上げた。

 点差が詰まった影響はゲームに大きく表れ、互いのゴールに迫り合うオープンな展開に。すると72分、阿部と鈴木章を下げ、福田と奥野を投入。福田は持ち前のスピードを活かしてプレッシングとカウンターで陣地回復を担当。奥野は主に森島のケアと藤井への制限が担当だが、田中のスライドが間に合っていないシーンもあるため完遂はやや厳し目。78分に投入された鈴木淳は奥野と同様にシャドーとCBをケアする役割と思われる。
 この試合の阿部は出色の出来で、攻守両面で活躍を見せた。2ゴールを演出した点はもちろん、クリアボールを収めてマイボールに繋げたりプレスバックで相手のシュートタイミングをずらしたりなど今シーズンの中でも上位に入るプレーぶりだった。
 鈴木章も守備に関してマイナスな点を記してしまったが、彼は本来アタッカーの選手。阿部とポジションを入れ替えて1点目の起点と潰れ役になったシーンだけでも、自身に期待されていた役割は果たせたと言っていいだろう。守備の立ち位置と飛び込むタイミングに関しては、右サイドのベテラン二人がフォローできないものかと思うのだが。


 名古屋は75分に稲垣に代えて貴田を投入、米本を1DHとしてユンカー・貴田が2トップを務める3-5-2に変更。そして85分には和泉に代えて中島を入れ、ユンカーと中島の2トップ、貴田をシャドーに移す。中島投入後からパワープレー気味の浮き球が増えていた。

 79分の名古屋、和泉と森島が左右のポジションを入れ替えたところ、奥野は大岩に和泉をマークするよう手で指示。自身は藤井へプレッシャーをかけて前進を阻んでおり、名古屋シャドーへの対応は選手交代によって幾分か改善された。
 また80分、岡本のカットから福田へのロングパス。広大なスペースが空いていたが無理に仕掛けるのではなくキープを選択。味方のサポートと押し上げを待ち、再びボールを受けた岡本からボックス内に走り込んだ奥野のシュートまで持ち込んだ。もちろん3点目が取れれば言うことなかったが、コーナーキックを取って名古屋を自陣に押し込んだこと、守備陣が呼吸を整える時間を持てたことから、勝利に近づく確率をより高めるプレーだったと言える。



 試合は最終盤、大橋に代えて石原を投入し福田を最前線に置いた5-4-1にシステム変更。1点差を守り切る姿勢を取った。ラストプレーは名古屋のコーナーキック、ゴール前まで上がっていたランゲラックのヘディングシュートをボムグンがキャッチしたところでタイムアップ。アディショナルタイム4分のはずが、なぜか終了時間が98分を過ぎる激しい一戦を制した湘南が3ポイントを得た。


■思い出されるはじまりの姿

 個人的に印象に残るプレーを見せてくれたのは途中投入された福田。大橋や阿部に比べるとゴールに向かうスキルや冷静さをJ1の舞台では発揮しきれていない。だが笛が鳴るまで相手とボールに向かって最前線で走り続ける彼の姿は、後方の選手たちとスタジアムにいたサポーターたちに勇気を与えてくれたはずだ。
 かつて湘南スタイルが代名詞だったころの、がむしゃらにピッチを駆けていた選手たちのような、出来ることをひたむきに取り組んでいた選手たちを思い出させるプレーを見せてくれる。この試合における彼は、人一倍勝利への意欲をむき出しにして戦っていたように思えた(それがいつもより大きかったサポーターの声援によるものであれば、望外の喜びであろう)。ああいった選手は、どうにも応援したくなってしまう。



次節の大一番は、彼のキャリアで最も輝きを放ったスタジアムで行われる。
勝手知ったる土地で残留を決める一撃に期待したい。



試合結果
J1リーグ第32節
湘南ベルマーレ 2-1 名古屋グランパス

湘南 :大橋(15',23')
名古屋:久保(63')

主審 西村 雄一

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