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意図を共有しよう。 2023.07.16 湘南ベルマーレvsアビスパ福岡 マッチレビュー

開始時の立ち位置と嚙み合わせはこちら。

開始時の立ち位置
各ポジションの噛み合わせ

 真夏のような日差しと気温が残る平塚でキックオフ。湘南は杉岡を柏戦から継続して左WBで起用。右WBは出場停止が明けた石原ではなく畑、FWは大橋と阿部の組み合わせで臨む。福岡は攻守のキーマンであるルキアンと奈良が出場停止、紺野も負傷で欠くメンバー。お互い週半ばに天皇杯を戦った後のゲームとなった。
 開始序盤のペースを握ったのは福岡。ラフなボールを前線に送り、強度が売りの中盤2DHがセカンドボールを回収、中央に両SHが入り込んでチャンスを作る。早々に山岸から佐藤へのパスで決定機を迎えるが、シュートは大きく枠の外。相手のミスに助けられる形で失点を免れた湘南は、ボール保持で主導権を握り返していく。

■一週間で芽吹いた種

 噛み合わせの関係上、福岡が組むブロックの外側に立つWBが起点となってボールを前進させる。特に湘南の右サイド=福岡の左サイド、金森が突っ込み気味にボールへアプローチしていたため、そこを糸口にして福岡の守備ブロックを崩しにかかっていた。奪取後すぐさま裏を狙う形は封印され、福岡が得意とするカウンターを発動させないような意識があったと思われる。試合を通じて不用意なロストは少なく、全体をコンパクトに保つことで被攻撃機会の減少に繋げていた。
 さて、WBを起点にしたボール回しが今回の主題である。右と左で若干の差異があるため、それぞれで見ていこう。

右WBを起点にしたボール回し。
3つのパスコースとその後の狙い。

 まずはこの試合でチャンスを多く作った右サイドから。柏戦では動きが連動していなかったが、この一週間のトレーニングで整理されたのかもしれない。多くの場合は右CBの舘から畑へ足元へのパスからスタート。この時、相手SHの金森が舘までアプローチ、畑にSB前嶋が出てきている盤面が理想的だ。畑がボールを受けるまでに平行のサポート(アンカーの奥野)と斜め前の前進(IHの小野瀬か2トップ)、後ろ(出し手の舘)を用意し、いずれも外→内のルートで福岡守備陣の目線と体の向きを動かすようにボールを繋いでいく。つまり畑は小野瀬に通して右サイドを前進、奥野に渡して中央か逆サイドへ展開、無理せず舘へ戻して攻撃をやり直す、といったように予め3つの選択肢を持った状態でボールを受けることが出来ていた。この時2トップは基本的に中央に留まり、右サイドを縦に突破した後のクロスを合わせる準備をしている。
 仮に相手SHが舘に食い付かずとも、畑はDFライン裏を狙ってスプリントをかけられる。単純だが力強い動きで右サイドを直走った。

 試合後インタビューで長谷部監督が話していた内容から、おそらく小野瀬は福岡DF陣にかなり警戒されていたと思われる。

長谷部茂利監督 質疑応答
最初の10分、15分、終盤の5分、10分以外は湘南が良い戦いをしていた。相手のどういったところに苦しめられ、守備にエラーが生じたか?
相手の守備で言うと、前につぶしにくるところが非常に強いです。彼らの長所だと思います。それを出させてしまったことに自分たちの拙さがあったと思います。攻撃のところで、あえて名前は出しませんが、想像力があり、質の高いプレーを出す選手がいます。今日はその選手を抑えることが大事で、選手たちにはそれを伝えています。寸前で防いだシュートもありましたが、そこでゴールを割らせなかったことが結果につながったと思います。やられそうでしたし、危なかったですけど、選手たちのそこの意識は非常に高かったです。

2023明治安田生命J1リーグ第21節 vs アビスパ福岡
https://www.bellmare.co.jp/2023_j1_21_fukuoka

SB前嶋とDHの前、井手口は小野瀬の位置を常に気にしており、小野瀬はそれを逆手に取って味方にスペースを渡すランニング、ポジションを取っていた。この試合でまず成功したのは15分のシーン。

15分のシーン。小野瀬が大外に立ってDHを引き付け、
阿部が受けるスペースを作り出した。

 ボムグンからのビルドアップ。福岡2トップのプレスをかわして舘から畑へパス。ピッチ中央部へ体を向け、予め用意されたパスコースのいずれにも出せる体勢でボールをコントロール。福岡の2トップが湘南のアンカーを離してしまった場合はDHが縦にズレる約束になっていたようで、井手口は奥野の位置までスライド。警戒されている小野瀬は金森の後ろで受けられる位置に立ち、前は監督の指示通りそちらを警戒。その結果、畑の斜め前に出来たスペースに阿部がフリーで降りてボールを受ける。反転して空いた逆サイドへ展開し、ビルドアップに成功した。
 小野瀬が味方をプレーしやすくするためのランニングを行っているのは以前からのことではあるが、複数人が連動してより効果的な形となったのは初めてかもしれない(うまくいっていた頃の記憶がもう薄れてしまっている)。奥野もボールに寄りすぎず、間接的にボール回しに関われる良い立ち位置だった。

 続いて同じく右サイドの崩しから決定機を作り出した38分の場面。ここも小野瀬のランニングと奥野のポジショニング、畑の体の向きで作り出したチャンスシーンである。

38分のシーン。
小野瀬がDHを引き連れて空けたスペースを使って決定期を作り出した。

 相手をある程度押し込んだ局面、舘から畑へ足元へのパス。前嶋のアプローチはさほど厳しくなく、縦突破は無理でも周囲を確認する余裕がある状態。小野瀬は前に自身を意識させるように振る舞い、あたかも前嶋の裏のスペースを狙うようにランニングする。そのままでは斜め前のパスコースが用意できないが、阿部が降りる素振りでコースを作る。DHがサイドに流れて空いた中央のスペースに走り込んだ奥野が前向きで受けたところ、阿部が動き直してDFラインの背後を取る。スルーパスで抜け出した阿部のラストパスはグローリに防がれるが、複数人の連動した動きとシンプルなパス回しで福岡守備陣を崩すまで至った。


 しかしながら最後の砦であるグローリを動かすことは出来ておらず、ストライカーである大橋も彼のマークを外せていない。クロスボールに対するボックス侵入方法にはチームとして明らかな課題があるが、監督からの指示不足の面と、個人戦術の至らなさの両面によるものと思われる。ストライカーとして生きている割にはあまりにも素直かつ直線的な動きで、思わず新戦力に夢を見てしまうシーンだった。


■砦を動かせ!

 続いて左WBを起点としたボール回しを見てみよう。

左WBを起点にしたボール回し。
4つのパスコースとその後の狙い。

後ろと平行の担当は右サイドと同じ。違いがあるのは斜め前だけでなく、直進方向にもパスコースがある点だ。直進方向、すなわちWBへアプローチに来ているSB裏のスペースへのランニングとFWの列降りを行うことで、CB1枚を最終ラインの中央から動かすのが狙いである。大半はDHがカバーに戻ってくるのですぐに決定機とはならないが、SB裏をケアするために横のスライドが生じるため中央が空いたり、CBをサイドに誘い出すことが出来る。ちなみに取り組みの狙いとしては昨シーズン終盤とほぼ同じであり、各ポジションの役割がマイナーチェンジしているような印象である(昨シーズン終盤はCBが起点、WBをより高い位置に取らせていた。中野のドリブル突破を思い出せるはず)。

 前半に作った複数の決定機はグローリを動かせなかったために凌がれてしまった。それであれば最後の砦である彼をゴール前から誘き出してしまうのが手っ取り早い。湘南は後半、相手右CBを動かす狙いを持って左サイドを中心に攻撃していく。だが右サイドほど簡単に崩すことが出来なかったのは、福岡の右SH佐藤の存在にある。山本が持つボールに釣り出されず、DHと一定の距離を保ちながら杉岡をSB湯沢と共に監視。陣形の綻びを見せなかった。

湘南が攻めあぐねた後半。
佐藤の立ち位置が効果的だった。

もちろん福岡の守備が良かっただけでなく、湘南の左サイド自体が機能不全に陥っていた。理想的な形でWBに渡せないとCBがドリブルで運ぶことになるが、IHやWBといった受け手たちは裏に抜けてスペースを提供することなくその場で足を止めてしまい、福岡DF陣に捕まってしまう。その結果パスの出しどころがなくなり停滞、思うようにボールを前に進められない時間が続いた。また出し手である山本も味方と意図が噛み合わないシーンがいくつかあり、それも左サイドが停滞した原因の一つと言えるだろう。

 73分のシーン、裏に抜ける阿部の動きにグローリが反応する。ボールを持っていた山本は阿部を目掛けて浮き玉を送るものの、長すぎてラインを割ってしまう。単なるパスミスとも捉えられるが、グローリをゴール前から動かす目的自体は瞬間的に達成しているため、ライン間に立つ鈴木や平岡、奥野に通す選択肢もあっただったはずだ。

73分のシーン。
阿部の動き出しで味方がフリーで
プレーできる空間が生まれている。

 阿部の様子を見ると単なるパスミスに対する苛立ちというよりは、後半におけるチームとしての意図にそぐわない(ただし、ゴールに近い選手にパスを出すという普遍的なセオリーには則している)プレーだったことに対する不満が出ていたのではないだろうか。筆者の想像に過ぎないが、阿部がチームメイトに対して苛立ちの感情を顕にする印象がなく、山本への信頼と失望が伺えるシーンであった。

 このように阿部と小野瀬はボールに触れずとも相手を引きつけて味方を助けており、チーム全体の意図にあわせて動きを調整している。仮にスタミナ面で厳しいところがあろうとも、狙いを理解してピッチで表現してくれる選手の交代を躊躇うのはむべなるかな、と感じる。


■我慢の美学

 耐え忍んでいた福岡はセットプレーに懸ける。84分、空中戦に長けた小田とレジェンド城後を投入。これまで舘に抑えられていたウェリントンも残し、長身選手に欠ける湘南の上を取ろうとする。交代直後の86分、狙い通りFKからファーで井上が折り返し、”砦”グローリが蹴り込んでゴール。湘南からすれば空中戦で警戒すべき相手選手に対し、対応できる人員が足りない状況を作られており、量で圧倒された形である。時間帯を考慮するとゴールから遠い位置であってもファールを避けるべきシチュエーションだった。85分間攻略できなかった強大なDFから逆に決勝点を奪われるとは、何とも皮肉なものである。

 相手への対策と準備を行い、それが結実すれば勝利を手にできたはずの湘南と、自軍が相手を上回るポイントで90分を戦略的に戦い一点突破した福岡。どちらが正しいといったものではないが、現実として勝ち点を積み上げたのは福岡である。だからといってこの試合の戦いぶりを否定する気はさらさらなく、その過程にはむしろ納得感がある。結局のところ、ゴール前とそこに至るまでのクオリティが足らなかっただけの話だ。これまではそれ以前の問題だったため、小さくはあるが改善の様子が窺える。

 もはや何試合勝てていないのかも分からなくなってくるくらいだが、もしこの文章がチームをサポートする気持ちの一助になれば幸いである。


試合結果
J1リーグ第21節
湘南ベルマーレ 0-1 アビスパ福岡

湘南:なし
福岡:グローリ(86')


主審 御厨 貴文

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