チャンス

私の周囲にはチャンスを生かす人と生かさない人がいらっしゃいますが、あなたは生かしてらっしゃいますか?巡ってきた折角のチャンスを生かさないのは馬鹿です。けど直せば馬鹿は治るのですから直さなきゃ勿体ないです。今回はアルプスの少女ハイジ 3回目講義に触れますね。

赤は黄に染まって橙になるように、黄は青に染まって緑になるように。そのように環境に染まって個性を新たにする。「自分をしっかり持っている私は環境に染まらない」と言える人は多いかも知れない。それは、だけど賢いの?折角のチャンスを生かさないのは賢いの?ハテ???

ハイジに染まった人・染まらなかった人を私たちは見てきました。ハイジに魅かれた人・魅かれなかった人と言い換えたら分りやすいですか?ハイジのどこに魅かれたかということも大事だけれど、そこまでも行けてない人は多いかも知れない。いつかは染まらずにいられない‥私たち。

染まって染まって染まっていって、赤も黄も青も真っ黒に染まるか無色に染まるか、いずれにしても全ては染まるようですね。真っ黒も無色もドチラも私には魅力的に思える。デーテ叔母さんも村人も‥誰もが嫌うハイジのお祖父さんの色‥ハイジにはその色が魅力的に感じられたんだね。

お祖父さんはアルムの山(の色)が気に入った。村の色も都会の色も気に入らなくなってしまったお祖父さん。だけどどんな色も自然から生れた貴重なものだってことをお祖父さんの周りの誰も思ってなくて、世界を詰まらないものと感じる人たちの色に染まっていたお祖父さんだった‥。

お祖父さんのなかには二つの心(矛盾)が育っていて綱引き状態かも!? この二つの心はあなたのなかにも育っていませんか?そんなモノは持ってないと強気で言いたいあなたに「それは残念でした」と私は言ってあげたい。だってそれは掛けがえのないチャンスでないとあなたは言えまい? 笑

クララのお祖母さんはハイジに教えなかったかな?今は分らなくて構わないって。イチバン美味しいときにあなたに「神様がくださる」って。お祖父さんの心はハイジのほうへ傾いていった。そのプロセスを味わう幸せはお祖父さんのものだ。誰もがみんな対等(の色)だろうな。そこに優劣はないよ。

ペーターのお祖母さんはハイジの色に直ぐに染まって幸せだったし、お祖母さんからはハイジの幸せが生まれ育った。ハイジとお祖父さんの素敵な関係に心打たれた村人であり、牧師だったに違いない。その素敵な輪に入りたいと想った村人たちの姿が松永美穂氏の三回目講義で描かれましたね。

キリスト教の感覚はハイジの物語を「試練」と捉えたようでそれも観方の1つだろう。作者ヨハンナ・シュピリの感覚はそれとは異質に想えて、むしろ仏教に近いようにも思えて、そこが私の好みにも合うのかも知れない。厳しく試すって‥いったい何様のつもりなんだよ。(;^ω^)

(念のために)
ここで述べているキリスト教はナザレのイエスが開いた教団ではない。ナザレのイエス旧約の神の純真な信徒ですから、全くの別モノですね。

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