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【掌編小説】クリームソーダの夢#あなぴり(赤)

(読了目安3分/約2,500字+α)

《前半》

わたしの名前はフランボワーズ、猫の世界に生まれた。当然、猫語は母国語だ。他にも日本語、英語、フランス語、そうそうこびと語も操ることができる。まあ猫としては当然のことだ。ショートヘアでジンジャー(赤毛)の毛並み、瞳は緑、足先だけ真っ白なの。自己紹介はこんなところでいいかしら。

ひと月に一度のご褒美時間、それはお気に入りの本を片手に1人過ごすカフェの窓際、夏でも冬でも必ずクリームソーダをお供に。エメラルドグリーンのソーダはしゅわしゅわと金色の気泡を立てている。その上には真っ白なヴァニラアイスクリーム、真っ赤なさくらんぼがあらぬ方を向いて乗っている。そのさくらんぼを見つめながら、あの日の出来事を思い出していた。

わたし、すごく嫌な猫だった。
どうしてあんなこと言ったんだろう。

何度となく後悔することが猫にはあると知ったのは、自分が大人になったせいなのか、それはまるで、お気に入りの赤いセーターを着るたびに少しチクチクしてしまう、そんな些細な気持ちではあったけれど。

アイスクリームが溶けかかっている。滑り落ちたさくらんぼがソーダの中にゆっくりと沈んでいく。はっと我にかえって、せっせとアイスクリームを食べると、つきんっとこめかみに痛みを感じた。その瞬間、何が起こったんだろう。フランボワーズの世界が赤く染まっていった。


《後半》

「こんなところで寝ては風邪ひきますよ」

耳元でバリトンが響いた。勢いよく顔を上げたわたしのすぐそばに、少しおどろいたような顔で笑うコルトさんが立っている。コルトさんはこのカフェのオーナーさんでフクロウだ。

さあさあ、とわたしを追い立てるようにカウンターから追い出した。
あれ? カウンター? わたし、たしか窓際でお気に入りの本を読んでいたはず。

窓際をふりむくと、そこには一匹の犬が座っていた。絵描きが被るような臙脂のベレー帽を頭に乗せ、背中を丸めて机に向かっているダルメシアン。

思わず、あっ、と声が出た。わたし、彼のこと、知ってる。

わたしは一度深呼吸をすると、彼にそっと近づく。自分でも嫌になるくらい緊張している。意識しないようにって思っているけど、全身の毛も逆立っているし、しっぽもピンと立っているのがわかる。

彼のそばで立ち止まる。でも原稿にペンを走らせることに夢中で、彼はわたしに気付いていない。何から何まで、あの日と一緒。

「こんばんは」

わたしの声に、水玉模様の耳がぴくんと跳ねる。真っ黒でつぶらな瞳がわたしを捉え、たれ目がちの目尻がさらに下がる。

「こんばんは、お嬢さん」
「何を書いているの?」

わたしはあの日を再現するように、首を傾げてのぞきこむ。彼はそれを嫌がることなく、笑顔で応じる。

「小説だよ。読んでみるかい?」
「読みたい!」

わたしの即答に、彼は少し声を上げて笑った。それがとても明るい声で、やっぱり良いひとだ、って直感した。

彼にすすめられるまま、向かいの席に座る。彼はわたしの目の前に置いてあった原稿の束を手に取り、トントンと整えると、どうぞ、と差し出した。
わたしは両手で受け取り、そっと息を吐く。

うれしい。また、このお話が読める。

彼のお話はファンタジーだ。チェリーという名前のおんなのこ。エメラルドグリーンの海に、日差しを受けてゆっくりと溶ける真っ白な雪山。そのなだれに流されて、おんなのこは海に落ちてしまう。グリーンに輝く海の中で、水面に上がっていく気泡を眺めながら、おんなのこは深く沈み、気が付くと過去へ戻っている。何度も何度も歴史をくりかえしておんなのこが成長していくお話。

わたしは息をする間も忘れて、渡された原稿を一気に読んだ。まだお話は途中だけど、心臓がどきどき鳴っているのが分かる。
ふと彼を見ると、柔和な笑みを浮かべてわたしを見つめていた。

「どうかな」

わたしはこの興奮を伝えたくて、頭がまとまらないまま口を開く。

「すごい! すごく面白いです。チェリーの経験するエピソードがどれも良くて、どきどきして続きが気になりました。何度も過去に戻るのは」

わたしはそこまで口に出して、はっとした。


あの日、わたしは興奮のあまり思いつくままに言葉を並べた。

「何度も過去に戻るのはありきたりな設定だけど」

どうしてあの時、そんなことを言ってしまったのだろう。別に悪気があったわけじゃない。ただすごく面白いんだってことを強調したかっただけ。

でもわたしが何も考えずに発した言葉が、ナイフみたいに彼を傷つけた。そして一度傷ついた心には、いくつもの言葉をかけても簡単には癒えない。血のあふれる傷口に粉砂糖を振りかけても、傷は白く隠れない。あふれだす赤。赤。赤。


「戻るのは?」

突然言葉を切ったわたしを不思議そうに見つめる、漆黒の瞳。少し不安そうに首を傾げる。
わたしはその不安を吹き飛ばすように笑った。

「一番素敵だと思ったところです!」

彼はまた、ははっ、と明るく笑った。

窓の外が真っ暗になり、コルトさんが呆れたように「閉店ですよ」と声をかけるまで、わたしたちはずっとお話していた。


手から本が滑り落ちる感覚で、目が覚める。いつの間に眠ってしまったのだろう。

わたしは足元に落ちた本を拾うと、開きグセが付いた著者の略歴のページが目に入った。あの赤いベレー帽をふと思い出し、彼、今頃どうしてるかな、なんて思い、窓の外へ目をやった。

目の端に動くものがあり、テーブルに視線を戻す。クリームソーダのヴァニラアイスクリームが溶けてさくらんぼが滑る。わたしは反射的にさくらんぼの柄を掴んだ。ナイスキャッチ。
そっと皿の上に下ろすと、わたしはスプーンを手に取りアイスクリームをすくった。

冬に食べるアイスクリームは想像している以上にひんやりと冷たくてぞわっと毛が立つ。その毛を隠すように、タートルネックに口元をうずめた。お気に入りの赤いセーターは着れば着るほど肌触りが良くなって、思わずすりすりしてしまう。

わたしはソーダを一口飲むと、お気に入りの本を開く。
冬空は明るく暖かな日差しが窓から注いでいる。
しゅわしゅわと気泡の弾ける音を聴きながら、わたしは物語の続きへ進んだ。



ピリカ様の企画に乗っかっています。

4つの前半のストーリーがあり、後半を創作するという企画です。

4つの前半をそれぞれ読ませていただきましたが、この話が一番「……ふ……ふら…ぼわーず…🐤?」となったのでこれにしました(ただのM)。


どのストーリーも物語の種というか伏線というかを散りばめられていて、お話を膨らませやすい、流石はピリカ四天王と感じる前半お題です。
ただし前半がしっかりしている分、後半でその空気感をぶち壊したら、それぞれのファンの方に夜道で刺される危険性を孕んでいます。

命がけの文体練習、是非皆様挑戦してみてください。

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