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遠藤正二朗 完全新作連載小説「秘密結社をつくろう!」第9話 ─裏切り者を粛清しよう!─Chapter3-4


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▼新たに加わる5人の若者とホッパー対抗策が描かれる「第8話」はこちらから

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【前回までのあらすじ】ある日、手にした謎の「鍵」によって無敵の身体能力を手に入れた山田正一(やまだ まさかず・29歳)。彼はその大きな力に翻弄ほんろうされる中、気になる存在になりつつあった後輩を失うことになってしまう。最初の事件で縁ができた若き敏腕びんわん弁護士の伊達隼斗(だてはやと)に支えられながら、2人は「力」の有効な使い道について、決意を固め、会社を起業する。そんな時に、マサカズと伊達の前に非常に高い能力を持つホッパー剛という青年が現れる。ホッパーはいきなり大活躍を見せる中、ある知らせをきっかけに伊達はマサカズに事業を辞めることを申し出る。弱りきっていたマサカズはホッパー剛に鍵の秘密と力をたくしてしまい、ゆがんだ暴走の矛先ほこさきは伊達に向けられる。そしてマサカズが駆けつけた時にはもう…。その後、マサカズの元には新たな5人の若者たちが集まっていたが、そこにポッパーが現れ、戦いを挑む…。そこからマサカズとホッパーの攻防が始まった。

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第9話 ─裏切り者を粛清しよう!─Chapter3

 目の前に、黒く大きな“それ”がたたんでいる。まさか、目覚めるのを待っていたのか、それとも登場のタイミングが偶然重なったのか。眠りから覚醒かくせいしつつ、マサカズは周囲を見渡した。すると、いびきの主で周囲にいたはずの中年男性たちは姿を消していた。
 デニムのポケットに片手を突っ込みながら、壁に掛けられた時計を見たところ、時刻は朝六時になっている。うっかり寝落ちした。しかも八時間を超える熟睡だ。そして、今この休憩室は、眠り込む前より人口密度が薄くなっている。理解を深めたマサカズは、眼前で黒い拳が振り上げられたので、「アンロック!」と叫んでソファから転がり落ちた。腰が抜けた不様ぶざまなハイハイ歩きで、マサカズは休憩所きゅうけいじょの出口を目指した。このままでは殺されるか拉致らちされる。拉致の場合、自己正当化の弁舌とこちらをおとめる罵詈雑言ばりぞうごんを滝のように浴びせかけられ、結局のところ殺される。死に物狂いでマサカズがつんいのまま進むと、背後から襟首えりくびつかまれ、両足は床から離れた。
「まさか、お休みだったとは予想外だったよ。間抜けめ」
 背後で襟首を掴むホッパーは、そう言うと鼻を鳴らせた。どうすることもできなかったマサカズは、最も原始的な危機回避方法を試みるしか選択肢がなかった。
「助けてくれ〜!」
 ありったけの大声で叫ぶ。悲鳴交じりに助けを求める。それだけしかできなかった。しかし、単純な試みは奏功した様であり、マサカズはひざから床に着地した。
「うるっせーな」
「え? なに?」
「テレビ?」
 気がつけば、マサカズの周囲には館内着を着た男たちが集まっていた。人数は三人しかいなかったが、宙づりから解放されたということは、ホッパーに対しての防壁としては充分だったということになる。目を移すと、休憩所から立ち去るろうとしてマントをひるがす、大きな背中が見えた。

 スーパー銭湯を出たマサカズは、コンビニエンスストアでのり弁当と暖かいお茶を購入し、新宿東口駅前広場で朝食をることにした。丸いベンチに腰掛けた彼は、猛然もうぜんとした勢いで弁当に取り組んだ。今後、どうしても睡眠は必要だ。危険なくそうするには、常に第三者の目が届く場所にしなければ再び今のように襲われる。二十四時間営業のスーパー銭湯の休憩所は薄暗く、周辺に利用客がいない可能性もあり、睡眠そのものに運の要素が大きく左右してしまうので注意が必要だ。
 弁当をたいらげたマサカズは、通勤客や朝帰りの雑踏をベンチから見つめながら、とにかく今は考える時期にするべきだと思い、ペットボトルのほうじ茶をすすった。十二月二十六日の今日は朝から冷え込みが強く、テイラードのジャケットでは寒さをしのぐのに不安がある。まだ午前七時なので、開店時間になったらこの街のどこかで、コートなりセーターなりを購入しよう。そう思い、マサカズが顔を上げると、視線の先にある、とある雑居ビルの屋上に、ホッパーの黒い影があった。
 スーパー銭湯を出てからも見張られている。マサカズは背中に付けられたGPS発信器のことを思い出した。あれを手にしたまま寝落ちをしてしまったので、一体いまどこにあれはあるのだろうか。そう思い腰のポーチを開いてみると、黒いかたまりがあった。どうやら寝ぼけたまましまった様である。マサカズは発信器を取り出すと、それをホッパーに見られないように背中を向け、ベンチから立ち上がった。

 新宿駅地下のコーヒースタンドに入ったマサカズは、カウンターに着き、コーヒーを注文して発信器を目の前に置いた。
 それから一時間ほどかけ、マサカズはコーヒースタンドでGPS発信器についてネットを利用して学習し、いくつかの成果を得た。同型製品は広く普及していて、紹介動画がいくつも配信サイトで取り扱われていた。そのうちのひとつ、『笠岡のシンちゃんねる』という動画がマサカズにとって、とても分かりやすい内容だった。
 ランニング姿の“シンちゃん”なる中年男性の暖かみのある岡山弁による解説は、立石に水といったところで、内容がするすると頭に入ってきてくれた。それによると、この発信器はスマートフォンで受信をし、地図で位置を特定する仕組みになっていて、電源をオフにしたときと圏外の場合で報告表示に違いがあるとのことだった。オフだと「電源がオフになっています」、圏外だと「現在、圏外となっています」と表示されるそうだ。動画の中で“シンちゃん”は、「なんで圏外だと“現在”が付くんだろーねー。ふしぎぃ」とたわけて語っていた。
 今のところおそらくだが、自分が発信器に気づいたかどうかについて、ホッパーは認識していないはずだ。気づいていれば、高い確率で電源をオフにするか破壊する。そうなれば彼のスマートフォンに「電源がオフになっています」と通知されるので、“まだ山田は気づいていない”と思い込むのが自然だと思える。
 マサカズはふと、廃工場解体の帰り道のライトバンで川崎が言っていた、ある言葉を思い出した。

 マサカズはスタンドを出ると、駅から再び歌舞伎町に戻った。その途中、ホッパーの姿は常に頭上にあったが、通勤客でごった返す中、おそってくることはなかった。なんとも奇妙きみょうと言うべきか、ある意味間抜まぬけ者同士の追いかけっこだ。ホッパーは鍵の秘密をひとめしたいという一心で、杜撰ずさんで無計画な襲撃しゅうげきを試みたと断定してよいだろう。頭脳明晰めいせきで秀才のエリートだと思っていたが、案外あんがい間が抜けていて、それについては自分とそれほどレベルは変わらない。特に鍵の力についてはまだ経験が足りていない。まさか発信器の存在が解錠によって発覚するとは考えていないのだろう。
 また、それとは別に懸念けねんするべき点も判明した。昨晩の一件で自分は疲れ果て、鍵は南京錠なんきんじょうからはずれていて、八時間以上も寝てしまった。それに対してホッパーは、おそらく夜通しスーパー銭湯を偵察ていさつし、いつでも人目を避けられるようするために、鍵も付けたままだったはずだ。持久力という点については、とてもではないが自分とは比べものにはならない。
 歌舞伎町かぶきちょうにある、大型のディスカウントストアの前までやってきたマサカズは、店の屋上にあるペンギンのマスコットキャラクターの看板を背に立つホッパーへ軽く手を振ると、店内に入った。
 マサカズは店でアルミホイルをひと巻き、使い捨てカイロを四つ、手袋をひと揃い購入した。店を出たマサカズは時間をつぶすため、できるだけ人口密度の高い場所を求め、その結果、再び新宿東口駅前広場に戻ってきた。いているベンチがなかったので植え込みの縁に座ると、スマートフォンが振動した。
「ホッパーか? はぁ? 卑怯ひきょうとかってなんだよそれ。お前、一般人が見てる前だとなんも手が出せんて、ダッサー! え? 正々堂々? お前いい加減にしろよな」
 ホッパーからの抗議こうぎの電話を、マサカズは一方的に切った。彼は今もどこかの上にいるのだろう。しかしその姿を確認するのも億劫おっくうだったので、目の前で行きう人々をほんやりとながめていた。
「あ、テンパーだよね」
 アニメに出演する女性声優の様な甘ったるい声でそう話しかけられたため、マサカズは目を向けた。するとすぐ目の前に、チェック柄のダッフルコートを着た少女がケラケラと笑っていた。ピンクのミニリュックを肩にかけ、赤いブーツをいていて、彼女のかたわらには、おびただしい量のシールやステッカーがられたキャリーケースが置かれていた。髪は両サイドでお団子だんご状に結び、目元は泣きらしたように赤くメイクしていた。
「誰?」
「プリンだよぉ」
「はぁ?」
 まったく心当たりのないマサカズは、白い息と共に“プリン”と名乗る少女から身体からだを引いた。彼女からなんとも言えぬ臭気しゅうきただよってくる。それにより、ある記憶が呼び起こされた。
「あ、トー横の子? 僕のすねった」
「あははー! そーだよぉ! ウチのこと、忘れちゃったとか?」
「もう半年も前だし、覚えてるわけないだろ。名前だっていま初めて聞いたし」
「えー、でもウチは覚えてたし。そのテンパー、目立つし」
「記憶力がいいんだろ?」
「うはぁ! それって、ゆーて高評価ってこと!?」
 プリンが身を乗り出して手首をつかもうとしたので、マサカズはすかさず身をかわした。すると少女はバランスをくずし前のめりに倒れ込んできたので、マサカズは仕方なく彼女の両肩をつかみ止めた。
「ね、お金あるんだよね?」
 顔を見上げ、プリンはマサカズに向け目を輝かせ、口元をむずむずとゆがませた。半年前、彼女は歌舞伎町でいきなり手首をつかみ、呪文のような言葉を投げかけ、その意味がわからないでいると向こう図ねを蹴り上げ、このような場所に立っているのは迷惑だ、などと理不尽りふじんとも言える抗議をしてきた。しかし今回の彼女はみょうに積極的で、好意的にも思える。マサカズはプリンから離れるとちりちり頭をいた。あれ以来、こういった少女のことは検索で情報を集めてみた。つまり、家出少女の様な存在で、呪文は売春の条件を意味していた。当時は理解できなかった抗議についても今ならわかる。つまり、その気がない者は邪魔じゃまだということだ。
「二度と僕に近づくな」
 マサカズはプリンにそう言った。自分と近しい者だと思われれば、今もなお監視を続けているはずのホッパーに、鍵の秘密の共有者だと疑われる恐れがあったからだ。プリンは口先をとがらせると、首をかしげた。
「なにそれ? アホなん? お前」
「ごめん!」
 マサカズはその場から駆け出した。彼女が狙われるかどうかはわからない。それでも接触機会を少しでも減らすことで、その確率はおさえられるはずだ。そのような考えからの逃走だった。

 マサカズは大型量販店で、コートとマフラー、リュックにTシャツと着替えの下着を購入した。昼飯を食べにラーメン店に入ったマサカズはチャーシューめんを注文すると、あっという間に器を空にした。食欲があるということは、まだ自分はへこたれてはいないということだ。腹を満たしたことで気力もたされたような感覚を得たマサカズは、店から出ると新宿駅に向かい、地下街まで足を運んだ。彼は買ったばかりのリュックからGPS発信器とアルミホイルを取り出した。雑踏の中、壁に背中を付けたマサカズは、発信器をアルミホイルで、何層にもぐるぐる巻きに包み込んだ。川崎の言っていたことが正しいのなら、ありの巣のように複雑に入り組んだ新宿の地下街で、ホッパーは自分の居所いどころを見失ったはずだ。まずはそれを確かめる必要がある。

 地下街から地上に出たマサカズは、歌舞伎町のカラオケボックスを訪れ、個室を借りた。わざと廊下ろうかからガラス越しで姿が見えるように扉の前でたたずみ、一曲も歌わずただじっとしていた。二時間ほど過ごした末、マサカズはある確信に至った。そして、次の行動に移るため、カラオケ店を後にした。

 二時間にも及ぶ絶好のチャンスを、ホッパーは棒に振った。GPSの精度から部屋の特定まではできないだろうが、それなら彼は廊下から室内を物色し、自分を見つけられたはずだ。しかし、それはなかった。できなかったと言っていいだろう。幾重いくえにも巻かれたアルミホイルによって、GPS発信器は電源がいたままその機能を失った。川崎に感謝の念をいだきつつ、マサカズは人混みの中を歩いていた。
 昨晩から半日った現在でも事務所襲撃の報道もなかった。他に入居者のいない雑居ビルではあるものの、五人の亡骸なきがらが発見されるのは時間の問題だろう。あるいは、不意の配達人や死臭に気づいた周辺住人が既に通報している可能性もある。もうひとつのケースとして、ホッパーが犯行を隠蔽いんぺいする目的で、久留間くるまたちの遺体を処理することもあり得るが、彼にそのようなスキルはないはずで、五人もの亡骸を無かったものにすることは不可能だ。
 警察が自分を追っている様子もない様なので、ホッパーの行動はやはり、彼を支援する組織の命令ではなく、独自判断による凶行きょうこうであり、現状の彼は行動に強い制約がかかっているはずだ。ならば、ゲームのルールが変わってしまう前に、状況に対する主導権を少しでもにぎらなければならない。これは一種の博打ばくちではあるのだが、打てる手としては“これ”しか思いつかなかった。

 マサカズはガード下でタクシーを拾うと、運転手に「代々木警察署まで」げた。

第9話 ─裏切り者を粛清しよう!─Chapter4

 五人の中で最後となる、佐々木の遺体いたい担架たんかに乗せられ運び出されていった。
 代々木警察署におもむき、昨日発生した襲撃事件を直接通報したマサカズは、複数の警察官と共に代々木の事務所を訪れていた。久留間くるまたちの遺体を確認した警察官は、即座に救急と鑑識を呼び、せまい四十平米へいべいほどの事務所には伊達の殺害事件を上回る、十数名もの捜査関係者が動き回っていた。途中、破壊された扉の修理業者も訪れてきたので、マサカズが段取りを警察官たちにたずねたところ、彼らは一様に要領ようりょうを得ず、どうしてかマサカズの判断にゆだねられることになってしまい、鑑識官と相談した結果、扉の残骸は重要な証拠であるはずなのにも関わらず、修理業者が回収することになってしまった。
 現場検証において、マサカズは昨日発生した事件の、具体的な内容の証言を求められた。どのような風体ふうていの者がいつ何人で現れ、何をしたのかである。マサカズはいつものように鍵の秘密に注意を払いながら質問に答え、その中で犯人は、ホッパーたけしであることを明言したのだが、警察官の反応はいまひとつにぶいものだった。
 マサカズは事件に至る経緯けいいや、自分自身の当時の行動を説明しようとしたところ、警察官はこのあとの取り調べでそれは証言してもらう、と言って聞き入れず、マサカズは歯がゆさを感じた。そして、彼はこの現場検証に違和感を覚えていた。伊達の際と比較して、捜査関係者の仕事がいささか雑だと思えたからだ。壊された扉の調査は行わず、ロッカーや金庫の中身も確かめることもなかった。五種類の血痕けっこんがあるにも関わらず、採取するのはひとつのみで、凶器である床に散乱した鉄の弾の回収も行おうとしない。素人目しろうとめに見ても取りあえずやるだけやっています、といった印象がぬぐえず、その理由を推察すいさつするだけの情報をマサカズは持ち合わせていなかった。

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