遠藤正二朗 完全新作連載小説「秘密結社をつくろう!」第8話 ─国家に挑戦状を叩きつけよう!─Chapter9-10
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第8話 ─国家に挑戦状を叩きつけよう!─Chapter9
「これから僕がこの工場を壊す。壁、床、天井、柱だ。中の機械については別の業者が後日回収するから無視だ。現在午後十一時、あと五時間もしたら廃棄物処理業者のトラックが来るから、お前たちは僕が作る瓦礫や破片を業者が輸送しやすい形に整形してほしい。細かすぎてもダメっとてことはないけど、その辺の塩梅は川崎に一任する」
隣人、レオリオ芝西と穏当な交流を持った二日後の夜、群馬県みなかみ町のひと気のない静かな山中に、マサカズと久留間たち五人の姿があった。全員がライト付きのヘルメットを被っていて、マサカズの背後には朽ち果てた工場が不気味な様を見せていた。川崎は頷くことなく、苦笑いを浮かべた。
「社長、いくらなんでも冗談キツいっスよ。言われた通り、カッターとか工具も調達してきましたけど、いくら小さい廃工場って言っても今から解体? オレたち六人で? 嘘でしょ?」
川崎の指摘に久留間たちも同意して、大きさの違いはあれど頷いた。
「これまで似たような案件はいくつかやってきた。そして今回のこれは、その中でも一番規模が小さい。まぁ見ててよ。壊すのは僕ひとりでやるから」
そう告げると、マサカズはその場から跳躍した。川崎たちは宙に舞った社長を見上げ、その仰角は後頭部が背中についてしまう程に達した。マサカズは着地すると、「腕相撲だけじゃない。僕にはもうちょっと色々とできることがある」と言った。川崎は停めてあったライトバンに向かって駆け出すと、「仕事を始めるぞ!」と叫んだ。
おそらくだがこの山奥は途方もない寒さのはずだ。しかし、今のマサカズは真冬の寒気も感じることもなく、廃工場の天井に着地した。初めて壊した旅館と比較して、この廃工場は階層もなく構造はずっと単純である。保司から請け負ったこの案件は、この六人になってから初めての仕事となる。ホッパーの脅威は依然として去ってはいないはずだったが、会社として利益を上げていかなければ久留間たちに給料も支払えなくなるので受けるしかなかった。
天井を踏み抜き、回し蹴りで壁を粉砕し、強引に柱を引き抜き、労働に勤しむマサカズの背中には、防塵マスクを着けた五人の感嘆の声が浴びせられていた。
「よし、社長がぶっ壊した破片を細かくするぞ」
川崎の指示で、残りの四人が破片の回収に動き出した。
「すげぇ、すげぇよウチの社長。まるで怪獣だ」
壁の瓦礫を抱え上げた浅野が興奮気味に傍らの久留間に話しかけ、柱の破片を持ち上げた久留間は「そうだな」と、短く返した。
「オレたち、もしかしてこっからスゲー儲けられるんじゃね?」
「浅野、キャバとかでこの件、ペラったりするんじゃねーぞ」
「なんで?」
「社長の超能力は秘密にしなきゃならねーし、そもそもこいつはちょっとした違法だ。ウチは解体業について、免許を持ってねーしな。たぶん、ここは古いしアスベストなんかも使ってるだろう」
久留間の説明に、だが浅野は理解が追いついていないようであり、彼はニコニコと笑顔のまま瓦礫を川崎の元に運んでいった。川崎は運び込まれた破片を選別し、彼の基準で一定以上のサイズのものを、ガソリンエンジン式の切断機を使い、火花を散らせて細断していった。流石谷は川崎の指示に従い、破片をサイズ別に五種類に分類し、あらためて積み上げ直していった。佐々木は懐中電灯を手に周囲の警戒を行っており、五人の仕事ぶりはマサカズから見て満足できるものだった。
作業を始めてから四時間ほどが過ぎた段階で、廃工場の外装と柱はすっかり破砕され、運びやすく加工された。マサカズは南京錠から鍵を外すと、切断機の手入れをする川崎の傍に座り込んだ。
「予定より、一時間早く終わったね」
「社長、超人っスね」
「これで賢かったら良かったんだけどね」
「いえ、オレなんかよりずっとキレてますよ」
川崎に誉められたマサカズはちりちり頭をひと掻きすると、ペットボトルのコーラを飲んだ。すると、その背中に瓦礫を抱えた流石谷が衝突した。瓦礫は地面に飛び散り、上体を強く揺さぶられたマサカズは、手元を狂わせペットボトルをひっくり返し、着ていたライダースジャケットに大量のコーラをこぼしてしまった。
「す、すんません!」
流石谷は両手を宙に泳がせ、顔を青くして狼狽えた。川崎は手早くカーゴパンツのポケットから手ぬぐいを取り出すと、コーラまみれになったマサカズの胸と腹を拭いた。
「流石谷、気にしないで。落っことしたヤツ集め直しといて」
何度も頭を下げると、流石谷はマサカズの指示した通り地面に散らばった瓦礫を集め始めた。拭いきれない糖分のベタつきを掌で確かめながら、マサカズはこのレザージャケットをクリーニングに出す必要があると感じた。
それから一時間ほどが経ち、深い闇の中、三台のトラックがマサカズたちの待つ工場跡地に到着した。マサカズは久留間たちに、瓦礫のトラックへの搬入指示を出した。トラックの助手席から降りてきたジャンプスーツ姿の保司はパナマ帽を脱ぐと、マサカズに頭を下げた。
「中目黒の件、本当に申し訳ございません」
マサカズは保司に、その中目黒でしでかしてしまった当事者であるホッパーについて、話をしてはいなかった。依頼があった際、自分は疲労の極みにあり業務はできず、代わりの者が遂行すると伝えていたので、中目黒の殺害がマサカズ以外の誰かの手によることは明らかではあったのだが、保司は特にそこに触れることもなかった。
「依頼先にはさ、知らぬ存ぜぬで乗り切ったよ。発注先がドタキャンしたって嘘ついたし、まー、サマーリバーは敵も多かったし、そいつらの誰かがやったんじゃないって、そう言っておいた」
「本当に申し訳ありません!」
「よりもさ、なに、あの子たち」
保司は帽子を被ると、トラックの荷台に瓦礫の束を搬入していく久留間たちに顎先を向けた。保司の語調には幾分だが訝しむような意図が込められているとマサカズは感じた。
「ウチの新しいスタッフです」
「そーなんだ。山田ちゃん、気を付けた方がいいよ」
「え?」
ズボンのポケットから煙草のケースを取り出した保司は、それをじっと見つめた。
「伊達ちゃんはいいヤツだったよ。オレっちさ、伊達ちゃんと話すときはビンテージタバコって決めてたのよ。地下倉庫に保管してたチェリーって銘柄をさ、開けるのよ。伊達ちゃんと話すのはオレっちにとってご褒美みたく感じてたから」
保司がなにを言わんとしているのかわからなかったマサカズは、腕を組んで再び胸のベタつきを感じた。
「あー、ごめんね。わかり辛くって。オレっちさ、あんたらをベストバディって思ってたんだけどね、あのスキンヘッドの連中、なんか山田ちゃんと合わなくない?」
それがようやく忠告だということを理解したマサカズは、煙草をくわえる保司に苦々しい笑みを向けた。
「わかります。ですけど今夜の仕事も無事に済みそうですし、当面は彼らといい距離感で付き合いますよ」
「うん、こればっかりはオレっちも手は貸せないからさ。頑張ってね」
「いやいや、中目黒の件を吸収してもらえただけで、保司さんにはありがとうしかありません」
軽口を叩きながら搬入を進める浅野たちを背にしたマサカズは、保司に深々と一礼した。
一時間ほどかけてトラックに瓦礫を搬入する作業を済ませたマサカズたちは、ライトバンに乗り込み、山中から市街地に向けて移動していた。運転を担当する佐々木はときおり欠伸を挟みつつも安定した運転で、法で定められた以上の速度で峠道を走らせていた。時刻は六時を回っていたのだが、十二月も後半であったため、周囲はまだ薄暗かった。
「みんなさ、眠いだろうけど聞いてくれ。今日はありがとう。明日から……もう今日か、土日はゆっくり休んでくれ。今後だけど、こういった解体仕事はまあまぁ入るから」
保司と別れ、ライトバンの後部座席に腰を落としてから、マサカズはダルさと眠気と空腹を伴う疲労感に襲われていた。
「まさか力仕事とは予想してませんでしたよ」
久留間の軽口を皮切りに、運転担当の佐々木を除く四人は雑談を始めた。その内容は、新しくオープンした風俗店や、つい先日、中東のテロ組織に武器提供の仲介をした容疑で逮捕された、芸能プロダクション代表についての話題といった、いつもの通り淫猥で物騒なものだった。それに参加せず、ライトバンに揺られていたマサカズは、以前よりずっと余裕をもって、自分とは縁の遠いお喋りを聞き流していた。
慣れたわけではないと思いたい。これは自分が経験を重ね、距離感の測り方を習得した、成長によって得られた結果だ。何度か小さく首を回したマサカズは、対面に座る流石谷が腹に抱えていた、食べかけのポテトチップスの袋に目を向けた。
「流石谷さ、それひと口くれる? 腹減っちゃった」
マサカズからそう頼まれた流石谷は、操作していたスマートフォンの手を止めた。
「ピリピリチリ味ですけど、いい?」
「辛いのは好きだから。いいよ」
笑顔で頷き返した流石谷がポテトチップの袋をマサカズに差し出そうとしたところ、車体が大きく揺れた。流石谷はスマートフォンを手からこぼし、それはポテトチップの袋に落下した。
「あー、ピリピリチリチリスマホ味になっちゃった」
流石谷は我が意を得た自慢げな様子でそう言った。マサカズは首を横に振ると、「“チリ”一個増やしてるのはドサクサ過ぎる」と笑い混じりに返し、手を伸ばすと流石谷のスマートフォンを袋から引き揚げた。
「流石谷、言っておくけどよ、スマホとポテチは最悪のマッチングだぜ」
川崎の注意に、流石谷だけではなく、佐々木と助手席の久留間を除いた後部座席のマサカズたち三人が興味を示した。
「あ、社長、知りませんでした? スマホのGPSって、アルミが天敵なんですよ。導電性の金属って、まぁ拡張アンテナになって電波の通りが改善されることもあるんですけど、すっぽりと四方を囲んだら逆効果になる」
そう述べた川崎は、マサカズの手から流石谷のスマートフォンを摘まみ取ると、手ぬぐいで脂だらけのそれを拭った。マサカズも含め、三人は一様に「へー」と感心の声を上げ、川崎は「まー、流石谷がやらかさなきゃ、こいつの居場所とかどーだっていーんだけどよ」と、楽しそうに言い放った。それに対して最も嬉しそうに反応したのは、汚れた手を叩き合わせる流石谷だった。
ライトバンの後部座席の車窓に、峠道の代わり映えのしない風景が流れていく。マサカズはふと、山梨県で伐採仕事のあと、兄が運転するレンタカーの助手席で寝落ちから起こされたことを思い出した。あのときのように、全身が重い。そして、肉体労働あとの夜明け前だと言うのに、車内は高いテンションで盛り上がっている。
川崎が少年院で知り合った先輩の優しさを話した。次に浅野が、川崎が過去に自分のため、敵対する反社会勢力を徹底的に叩き潰し、強要されなければ目も向けない部位を男同士で口に咥えさせたことを話した。佐々木は聞いたことがない向精神薬の話題で場を冷たくし、流石谷はがいま食べているポテトチップがどれだけ辛いかを主張し、久留間はただひたすら笑っていた。マサカズは、その会話の全てに薄く参加し、誰もがその発言を尊重し、一定の敬意をもって接してくれた。
腕力がきっかけだったのは間違いない。超人的な破壊力に畏れと憧れを抱かれたのは確かだ。これは一種の成功体験だ。“彼”が不在でも今後はこの手段を、自分らしさを基にアップデートしていき、完成度を高めていく。成功を掴み、勝ち組になる。そして“彼”と目指した夢を、必ず実現する。
「社長、どうしました?」
隣に座っていた川崎から声をかけられたマサカズは、首を傾げた。すると、膝に涙がこぼれ落ちた。それに気づいた途端、彼は背中を丸め、嗚咽を漏らし、窓に額をつけ泣きじゃくった。
ようやく、“彼”のことが可哀想だと思えた。もういなくてもなんとかなりそうだ。だが、ずっといて欲しかった。自分などより、ずっと必要とされていた人だった。価値のある人間だったのに、自分はもう“彼”がいなくとも、だましだましでもなんとかできてしまう。その存在は、とうとう過去のものになってしまった。それがひどく寂しく、心細い。
マサカズは伊達隼斗をようやく弔い、人目も憚らずむせび泣いた。
第8話 ─国家に挑戦状を叩きつけよう!─Chapter10完結
最後にクリスマスを特別に思ったのはいつだったか。少なくとも大人になってから、クリスマスとは平日か休日かのいずれかでしかなく、誰からも誘われず、 自分からイベントに参加することもない。ただの十二月二十五日だった。
月曜日の朝、マサカズが真っ先にこの日の用事としたのは、救世主の生誕を祝うことではなく、金曜日にコーラで汚してしまったダブルのライダースジャケットを、駅のショッピングセンターのクリーニング店に出すことだった。クローゼットからテイラードのジャケットを取り出したマサカズは、それに袖を通した。これを着るのは庭石と料亭で初めて会って以来のことになる。年末と言っていい時期ではあったが、快晴の今日は気温も例年と比較して高く、コートやセーターで暖かさを担保する必要はないと感じられた。
マサカズは自室を出ると、小岩駅に向かった。路地から途中の喫茶店に目を向けると、窓際の席に佐々木の姿があった。彼は今日、自宅の監視班であり、彼は午前中ここからホッパーの出現を見張る手はずになっている。この自宅の監視実務については、先々週の水曜日から五人に言い渡していたものの、誰ひとりとして実行するものがおらず、今日のこれが初めての目撃だった。マサカズが嬉しそうに会釈をすると、窓越しの佐々木もそれを表情のないまま返した。
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