遠藤正二朗 完全新作連載小説「秘密結社をつくろう！」第9話 ─裏切り者を粛清しよう！─Chapter7-8

前回までの「ひみつく」は

▼第1話〜順次無料公開中!!

▼衝撃の展開が描かれる「第7話」はこちらから

▼新たに加わる5人の若者とホッパー対抗策が描かれる「第8話」はこちらから

▼ホッパーとの戦いが描かれる「第9話」はこちらから

【前回までのあらすじ】ある日、手にした謎の「鍵」によって無敵の身体能力を手に入れた山田正一(やまだ まさかず・29歳)。彼はその大きな力に翻弄ほんろうされる中、気になる存在になりつつあった後輩を失うことになってしまう。最初の事件で縁ができた若き敏腕びんわん弁護士の伊達隼斗(だてはやと)に支えられながら、2人は「力」の有効な使い道について、決意を固め、会社を起業する。そんな時に、マサカズと伊達の前に非常に高い能力を持つホッパー剛という青年が現れる。ホッパーはいきなり大活躍を見せる中、ある知らせをきっかけに伊達はマサカズに事業を辞めることを申し出る。弱りきっていたマサカズはホッパー剛に鍵の秘密と力を託たくしてしまい、歪ゆがんだ暴走の矛先ほこさきは伊達に向けられる。そしてマサカズが駆けつけた時にはもう…。その後、マサカズの元には新たな5人の若者たちが集まっていたが、そこにポッパーが現れ、戦いを挑む。ホッパーの追撃をかわしたマサカズは猫矢とコンタクトを取り、覚悟を決める。

※本記事はこちらから見ることができます(※下の「2024年間購読版」はかなりお得でオススメです)

サブスク版 毎週Beep21｜Beep21

◆「2024年間購読版」にはサブスク版にはない特典の付録も用意していますのでぜひどうぞ！

『Beep21』2024年間購読版｜Beep21｜note

※初めての方は遠藤正二朗氏の「シルキーリップ」秘話も読める「無料お試し10記事パック」を一緒にご覧ください！

『Beep21』無料お試し記事パック｜Beep21｜note

第9話 ─裏切り者を粛清しよう！─Chapter7

「オレっちとしちゃ残念なんだけどね。山田社長がそう決めたってんだから、しょうがないよね」
「すみません……」
　晴天のもと、屋根のない駐車場に停とめられているダンプカーを背にしたマサカズは、保司ほしに頭を下げた。千葉県木更津市の木更津クリーンサービスを訪れたマサカズは、事務所に行くつもりだったが、敷地内の駐車場で萌葱色もえぎいろのジャンプスーツにパナマ帽を見かけたので、彼に声をかけ、会社の廃業をできるだけ手短に報告した。これはマサカズにとって、昨晩スーパー銭湯のソファで考えた“けじめ”のひとつだった。これまで保司には業務提携だけではなく、仕事の斡旋あっせんもしてもらった。従って、今後その関係性が断たたれてしまうことを、マサカズは彼に直接報告しておきたかった。
「それでさ、山田……ちゃん？　これからどーすんのさ？」
「ひとつ、片付けなきゃいけないことがあるんです」
「手伝える？」
「いえ、僕しかできないことだと思うんで」
　成田空港を発たったと思おぼしき大型旅客機から、ジェットエンジンの轟音ごうおんが二人の頭上に鳴り響いた。保司は胸ポケットから煙草たばことライターを取りだした。
「じゃあさ、それ、片付けてからはどーするの？　オレっち、山田ちゃんのこと気にしてるんだよね」
「まだ未定ですね」
「ならさ、ほとぼりがさめたら、連絡ちょうだいな」
「ええ、ありがとうございます」
「礼なんていらねーよ。やまっちゃんとオレっちの仲じゃない」
　煙草をくわえた保司はそう言うと、マサカズの背中を強く叩たたいた。

　保司はどこまでも気さくで、最後まで好意的な態度を崩くずすことはなかった。“ほとぼりがさめた”という状況がまったく想像ができていないマサカズだったが、保司とは今後もいい関係を保たもちたいと感じていた。彼は次に電車で高田馬場まで向かうと、神田川近くのゲームセンター『エンペラー』を訪れた。約束した待ち合わせの時間までは十五分ほどあったので、マサカズはアップライト筐体きょうたいのひとつを選ぶと椅子いすに座り、百円玉を入れた。
　そのゲームは、知識に乏とぼしいマサカズが見てもグラフィックがシンプルで、リリースの古さが窺うかがい知れた。宇宙を舞台に全方向を任意に戦闘機で移動できる仕様で、レーダーに表示されている情報をもとに、宇宙要塞ようさいや敵の編隊を撃破する内容になっていた。ルールを理解するのに少々戸惑とまどったものの、マサカズにとって操作する感覚が馴染なじみやすく、三つ目の要塞を破壊するころには、コツというものがすっかり掴つかめてしまった。
「そいつなら、さすがに俺でも知ってるな。ときどき喋しゃべるんだよな」
　背中からしゃがれた声がしたので、マサカズは振り返った。すると、そこには初老の男がいた。青いダウンジャケット姿でハンチング帽を目深まぶかに被かぶり、豊かな口髭くちひげをたくわえた目付きの鋭い男だった。彼が待ち合わせの相手だと気づいたマサカズは、立ち上がり頭を下げた。
「井沢いざわさんですね！」
「ああ、山田社長だよな」
「はい、そうです！」

　マサカズと井沢は、ゲームセンターを出て近くの喫茶店きっさてんに入った。いかにも歴史がありそうな、趣おもむきのあるシックな内装となっていて、店内にはコーヒーの香りが漂ただよっていた。
　情報収集の達人であり、猫矢の師匠となる井沢とは初めての顔合わせだった。彼への挨拶あいさつもホッパーとの決着を控ひかえ、つけておきたい“けじめ”のひとつだった。マサカズはコーラを、井沢はレモネードを、それぞれ注文した。
「お会いできて嬉うれしいです」
「俺はその逆だ」
　率直な言葉に、マサカズは面食めんくらってしまった。
「あんたは危険なんだよ。俺みてーな擦すれっ枯からしにも妙みょうな期待を抱いだかせちまう」
「なら、なんで今日は？」
「伊達が殺されたからだ」
　理由を述べられたものの、“危険”と称する相手と顔合わせをする原因には結びつかないので、マサカズは首を捻ひねってストローでコーラを啜すすった。
「俺はあんたたちの事業そのものには興味があったんだよ。やろうとしていることについちゃ、伊達と会って話をすればいいと思っていた」
　補足された内容に、マサカズはようやく納得することができた。そして同時に申し訳ない気持ちになった。
「その事業もおしまいです。今、柏城かしわぎ先生のところにお願いして、廃業の手続きを進めています」
「知ってるよ。春の字はるのじから聞いた」
「あ、そりゃそうですよね」
「これからどうするつもりなんだ？」
「取りあえず、今の僕ってかなりヤバい感じなんで、それをどうにかします」
「ホッパーに勝てる見込みはあるのか？」
「ないです……」
　力なくそう返事をすると、マサカズはテーブルに目を落とした。井沢はハンチング帽を脱ぐとそれを傍かたわらに置き、禿はげ上がった頭を顕あらわにした。
「どうすんだよ」
「一応、アテがひとつあるので、そこで戦い方を勉強しようと思います」
「じゃあこうか？　勝てる目処めどが立ったら、無効にしていたGPSを然しかるべき場所で復活させて、ホッパーのヤロウをおびき寄せて、叩きのめす……そんなとこか？」
　提案とも言うべき井沢の言葉に、マサカズは目を丸くし、彼の顔を見つめた。
「そーですね。そーですよ。そーだ、そーだ。そーしましょう」
「なんだいあんた、ノープランだったのかよ」
「どうしてGPSを壊こわしたり捨てたりしなかったのか、これでようやくわかりました。そうですね、僕はこれを手段として活用しようと考えてたんだ」
　マサカズの奇妙きみょうな納得を受け、井沢は吹き出してしまい、慌あわてて咳払せきばらいをした。
「なるほどね、伊達が惚ほれ込むわけだ。こりゃ相当な天然だな」
「ありがとうございます。井沢さんのおかげで、ぼんやりとしていたことが随分ずいぶんとハッキリしてくれました。本当にありがとうございます」
「そりゃよかった。そうだ、さっき掴つかんだネタがひとつある。春の字にもまだ落としていないヤツだ。スペシャルサービスってことで、無料で教えてやるかな」
「な、なんです、それって？」
「無料のショボネタだから、あんま期待するなって。自称吉田な、フィリピンに潜伏せんぷく中の」
「あ、はい。吉田さんですね」
「一緒に連れて逃げてた犬が寿命で死んだって話だ」
　その情報で、マサカズは山奥の国道で抱きかかえた、茶色い耳をした白い小型犬の姿を思い出した。
「吉田さん、悲しんでるんだろうな」
「“吉田さん”なのかよ？」
「あ、おかしいですね。兄貴あにきの仇かたきなのに。なんだろう、ほとぼりさめちゃったりしてんのかな」
「じゃあな、ここの払いは頼たのむぞ」
　そう告つげると、井沢はレモネードを一気に飲み干し、ハンチング帽を手に立ち上がった。
「あんたとはもう二度と会うことはないだろうが、これからも春の字をよろしくな。あいつ、あんたのことえらく気に入っているみてーだし」
　井沢はそのような言葉を残して喫茶店を後にした。一人残されたマサカズは、次のタスクを消化するため、自分もコーラのグラスを空にした。

　その日の夜、マサカズは市ヶ谷駅近くにある三階建てのビルまでやってきた。どのフロアからも灯あかりが漏もれ、外からでも威勢いせいがよく整然としたかけ声が響いていた。ここは雷轟らいごう流空手館、本部道場であり、マサカズにとって本日最後の訪問先だった。彼は入り口の扉を開けるとスニーカーを脱ぬぎ、一階の道場へと入っていった。そこでは胴着を着た男女の大人たちが十名ほど、板の上で正拳突きの稽古けいこをしていた。奥にはやはり胴着を着た真山稲魂まことやま いなだまが胡座あぐらをかいて座すわり、門下生たちの挙止きょしを見守っていた。彼は入り口に佇たたずむマサカズにすぐ気づくと、腰を上げ、驚き顔で近寄ってきた。
「山田殿！　これは驚いた！　当道場に、なに用かな？」
　いつの間にやら、“殿”がつけられる様になっていたとは可笑おかしくもある。マサカズはちりちり頭を掻かいて、小さく「オス」と答えた。
「えっとですね。その、今度僕、ある人物と決闘する予定なんですけど、その、強いんですよそいつ、僕より」
　マサカズの言葉に、真山は形のいい顎あごに手を当て、首を傾かしげた。
「山田殿をして自分より強い？　人間なのですか？」
「アメリカ人のハーフです。なんか、アメリカのアマチュア格闘技のチャンピオンで、僕のパンチなんてちっとも通じないんです」
「攻撃が効きかない……なるほど」
「っていうかですね、僕はこれまで戦ったことなんてないんです。素人しろうとなりに、適当に蹴けったり体当たりしたりてただけなんです。それに、相手が勝手に倒れることもあったし……けど今回のヤツは、ちゃんと戦わないと勝てそうにないんです。しかも負けたら殺されるような相手なんです」
「つまり……」
「そうです。僕は真山まことやまさんに、戦い……って言うか、心構こころがまえ的なものを教おそわりに来たんです。いいですよね？　これまででそれぐらいの貸しはあると思うのですが」
「自分に、山田殿を指導しろと？」
「そうです。けど空手を教えてくれなんて言いませんし、そんな迷惑めいわくをかけるつもりもありません。今から一夜漬いちやづけ程度でいいので、そのもっと手前の、格闘技者として、試合に臨のぞむときの気持ちの持ちようとか、実際の戦いで念頭ねんとうに置いておくべき事とか、そんな理念りねんっぽい感じのあれこれを聞かせていただけたらと思いまして。あ、何か入門書をお薦すすめしていただくのとかでもいいです。せめて」
　その説明を受けた真山は何度も首を捻ひねり、何やら思案を始めた。しばらくしたのち、彼は大きな掌てのひらで分厚ぶあつい拳こぶしを叩たたき、爽さわやかな笑えみを浮かべた。
「山田殿、さすがに一夜漬けで武道の心得こころえは伝えきれん。明日いち日、ここで学ぶというのは如何いかがなものかな？　さすれば、心得だけではなく、突きと蹴けり、捌さばきの基本ぐらいなら教えられる」
　真山の提案に、マサカズは即答できなかった。実際のところ、現状にタイムリミットは存在せず、ホッパーの襲撃しゅうげきがどのような条件でいつ決行されるのか、わかりもしなかった。そういった意味では、いくらでも好きなだけ空手の修行を積つむこともできる。どうせ煙けむたがられるのだろうから、立ち話からヒントを得ることで、ここでの用件を終えてしまおうと思っていたマサカズは、真山まことやまの前向きな姿勢を予想していなかった。
「まぁ、一日ぐらいなら」
　そのような頼たよりない返答しかできなかったのだが、真山は首を上下させて鼻息も荒くし、マサカズの同意を好意的に受け止めている様子だった。
「ではでは、今日は自分の、この真山の家に泊まっていくのはどうかな？　もうすぐ夜の部も終わるので」
　更さらなる提案に、マサカズは思わず「なんで？」と聞き返した。
「少しでも時間が必要だ。今夜のうちに心がけの第一歩ぐらいは伝えておきたい。さすれば明日早朝から、実践じっせんを交まじえた格闘理論の伝授でんじゅができるというものだ」
　どこまで前向きなのだろう。あるいは、この一件に彼はなにか楽しみを見いだしている可能性もある。マサカズは真山の言葉に戸惑いながらも四日ぶりにソファ以外で眠れる機会が訪れたことに気づき、にんまりと微笑ほほえんだ。
「お世話になります」
　嬉うれしそうに返事をしたマサカズに対して、真山は両手を交差させ、「押忍おす！」と低い声で応じた。

　夜十時過ぎ、マサカズは真山の運転するセダンカーで道場から十分ほどかけ、新宿区神楽坂かぐらざかの住宅街までやってきた。目に入ってきた二階建ての大きな洋風住宅は、庭も含めると二百坪ほどの広さがあり、都心にあって豪邸ごうていと言っても過言ではなかった。夜ということで外観まではよくわからないが、これが昼だったら気後きおくれすることしきりだっただろう。そう思ったマサカズは助手席で息を呑のんだ。車をガレージの前で停車させると、真山はスマートフォンを操作し、シャッターが自動で開いた。
　真山は年末にも関わらず半袖のTシャツ姿であり、今日は彼が屋外に出る必要がない一日なのが窺うかがい知れた。対するマサカズは、クリスマスの翌日、量販店で買ったコートを身に付け、リュックを小脇こわきに抱かかえていた。下着こそ予備を用意し、スーパー銭湯で洗濯していたが、ワイシャツは四日間着たきりである。薄着の真山を横目で窺うかがうマサカズは、このままだと自分はいつか浮浪者の世界に足を踏み入れてしまうのではないかと思い、気落ちしてしまった。
　ガレージの中で真山に続いて車を降りたマサカズは、一階のリビングに案内された。真山は冷蔵庫を開けると鍋なべを取り出し、それをカウンターキッチンに運び出した。ソファに促うながされたマサカズは腰を下ろし、辺あたりを見渡した。掃除そうじの行き届いた清潔せいけつなリビングは三十畳じょうを超える広さがあり、ソファも、冷蔵庫も、テレビも、ついでに鍋も、なにもかもがいちいち大きい。空手道場の経営がどれほど儲もうかるのか知らないマサカズだったが、この都心の豪邸を得られるだけの財力が、キッチンで何やら調理に興きょうじているあの大男にあることだけはよくわかった。
「山田殿、キミは実に運がいい。一時間も待ってもらえれば、最高なカレーライスにありつけるぞ！」
「そ、そうなんですね」
　どうやら鍋の中身は作り置きしたカレーだったようだ。そして程ほどなくして、台所からそれとしか思えない独特のスパイシーな香りが漂ただってきた。マサカズは昼に三百グラムものハンバーグを食べてはいたが、その香りは空腹を充分過ぎるほど刺激する破壊力があった。
「お、それ以前に山田殿の好き嫌いを聞きそびれていたな。なにかあるかね？」
「えっと、苦手とかはありますけど、食べられないってのはないですね」
「うむ。それはいい！　ちなみに自分はセロリとピーマンとニラがダメだ」
「けっこうあるんですね」
「うむ」

　それから一時間ほどが経たち、マサカズは真山と黒いダイニングテーブルを囲み、カレーを食べることになった。確かに“最高のカレーライス”を自称することだけはある。程よい辛さと豊かな味わいのカレーを楽しみながら、マサカズはすっかり上機嫌じょうきげんになっていた。
「実はな、このカレーは自分のオリジナルではなく、弟子でしから教わったレシピを改良したものなのだ」
「料理が得意なお弟子さんがいるんですね」
「うむ、春山はるやまという、まだ中学三年の子だ」
　満足そうな笑顔でそう言うと、真山は大きく口を開け、そこにスプーンでカレーライスを運んだ。

　夕食のあと、マサカズはソファに戻った。真山は絨毯じゅうたんの上で胡座あぐらをかいたのだが、二人の目線にはそれほどの高低差はなかった。
「山田殿はかような達人に負けたのかな？」
「いや、まだ負けてはいません。何度かの接触で、勝ち目が薄いって思ったんです」
「なるほど」
「さっきも言った通り、ヤツは本格的に格闘技を学んでいます。いわゆるMMAってやつです。そして、体格としては真山さんぐらい大柄おおがらで、バランスもいい体型です」
　マサカズの説明を一通り聞くと、真山は顎あごに手を当てた。
「あと、付け加えておくと、ヤツの打撃とかタックルの攻撃力は、僕以上です。当たれば大ケガでしょう。当たり所によっては死んでしまうかも」
　真山は黙ったまま眉間みけんに皺しわを寄せ、少しだけうなり声を漏もらした。
「試合に際して自分が最も大切にしているのは、その相手に対して勝利のイメージを明確に持つことだ。特に一度手合わせをした相手であれば、それは作りやすい。山田殿、打撃を急所に正確に当てられれば、そいつにダメージを与えることはできるのかな？」
「うーん」
　マサカズはクリスマスの夜、歌舞伎町のビルの屋上で繰り広げられたホッパーとの戦いを思い出し、右手で手刀を一度だけ切り、顔を引き攣つらせて首を横に振った。
「効かないです。ノーダメージです。実際、そうでした」
「なぜ？」
「僕の素人しろうとパンチに破壊力がないからです。真山さんみたいに瓦かわら割ったり、虎を失神させたりするようなことができないと、多分ヤツは痛くも痒かゆくもないでしょう」
　マサカズがそう言うと真山は顔を顰しかめ、唐突とうとつに首を何度も横に振った。
「申し訳ない。自分は少々混乱してきている。山田殿の打撃が通じない？　あり得んことだ……自分は山田殿のタックルで吹き飛ばされ、床と天井が交互に目に入り、両腕をへし折られた。瓜原うりはらにしてもそうだ。あの恐ろしいまでの馬力が、拳なり蹴りなりに乗れば……」
　そこまで言いかけたところで、真山は目を見開き、掌を拳で叩いた。
「ヘタなのだな？　山田殿は打撃が！　途方とほうもなく！　体重の乗せ方や力の抜き方など、無知ということなのだな！」
「そうそう、その通りです！」
「わかった、であれば明日から徹底して打撃を実践してもらおう！　たった一日でも見違えるほどの破壊力を得られるはずだ！」
「お願いします！」

　それから就寝しゅうしんまでの二時間の間で、マサカズは戦いにおける心構えを真山から教えられ、ホッパーについては名前を伏せた上で、知りうる限りの能力とその気質きしつを説明し、共に対策を練ねった。マサカズはそのあと風呂をご馳走ちそうになり、二階のゲストルームの布団ふとんで眠りに就つくことになった。浴槽よくそうは両足を伸ばしても余りあるほど広く、羽毛布団はこれまでない軽さと暖かさで、マサカズは幸せとわずかばかりの不安を抱かかえつつ、眠りに落ちていった。

第9話 ─裏切り者を粛清しよう！─Chapter8

　真山まことやまに格闘技の心得を教わった翌日、マサカズは彼と共に、早朝の六時から市ヶ谷の道場までやってきた。リュックを下おろし、コートを脱ぎ、真山のアドバイスのもと試行錯誤を交えた上で、初めての胴着に着替えたマサカズは、二階のジムに案内され、サンドバッグの前まで連れられてきた。
「いくら打撃がヘタとは言っても山田殿だからな。最終的にはこれで破壊力を確認しようと思う。うむ、これが木こっ端微塵ぱみじんにでもなれば、打撃の基礎はマスターできたということになるな」
　マサカズは今回のレクチャーで鍵を使うつもりはなかったが、それをわざわざ説明する必要もなかったので、今日の終わりには真山を失望させてしまうだろうと思った。