遠藤正二朗 完全新作連載小説「秘密結社をつくろう!」第4話 ─鉄の掟を作ろう!─Chapter3-4
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第4話 ─鉄の掟を作ろう!─ Chapter3
ここ数日、伊達は事務所には戻れず国内を駆けずり回っていた。本来なら出張は三日間の日程だったのだが、営業先で別の会社や公的機関を紹介されたため、二日の延長となってしまった。世間はお盆休みの真っ最中だったが、正社員が自分とマサカズの役員しかいないということもあり、ナッシングゼロは平日の全てを営業日としていた。老人たちの何人かはお盆のイベントに対応するため休みを取る者もいたが、その穴はマサカズがなんとか埋めているらしく、業務の進捗度合いは普段とそれほど変わらなかった。
会社を空けている間、マサカズとは毎日定時過ぎに電話で連絡を取り、情報は共有していた。だからこそ、この異常とも言える光景も驚きなく受け入れられてしまう。ヘルメットを抱え事務所にやってきた彼は、アロハシャツの大柄な男に注目した。
「寺西さん、まだこれからでも育毛はできますよ!」
「そうかなぁ。雄大くん、なんかいい育毛剤、知ってる?」
「探してみますね。うまくいきゃあ、寺西さんモテモテっスよ」
「浜口さ~ん! これ、ジャイアンツ原のサインボール。手に入れましたよ」
「うわっ! 凄い! ハラタツじゃ~ん! くれるのこれ!?」
「もちろんです。お宝ってのはファンのもとにあるべきです」
「草津さん、お孫さんのチャンネル、登録しときましたよ。あと高評価も入れときました。いやぁ、いいチャンネルだわ!」
「嬉しいなぁ。孫も喜ぶよ」
「今度、お孫さんにいい動画の作り方とか教えてもらおーかな?」
「木村さん、玄関からの導線ですけど、あのタイムカードの位置をずらすだけで、宅配業者さんとかの対応がずっと効率よくなると思うんですが」
「なるほどね。確かにそうかもしれないな」
「棚の寸法が問題になりますけど、もうひとサイズ小さいのに交換するという手もありますね」
あの山田雄大という男は、すっかり四人の高齢者との距離を詰めている。しかもそれぞれの個性に対して、実に的確な対応の使い分けをしている。時には優しく、時にはおどけて、時には真面目に。役者のように自身の個性を調整し、使い分けている。
マサカズとの電話のやりとりで、先週月曜日に初めての訪問があって以来、あの男は土日を挟んで一週間後の今日にいたるまで毎日この事務所にやってきていることを伊達は知っていた。マサカズも兄に抗議をしているそうだが、毎日一時間から二時間程度の滞在であり、しかも先週マサカズは水曜日から金曜日まで、ある資格を所得するため事務所を空けていたため、実のところ兄の訪問についてマサカズが把握できているのは火曜日しかなかった。全ては間隙を縫うように、なんとなくじわじわと山田雄大は事務所の空気の一部になろうとしている。そしてこの事態を最も憂慮しているはずのマサカズと言えば、如才なく老人たちに取り入る兄の姿を、苦々し気に睨みつけているだけだった。
「あなたが伊達副社長!?」
伊達の出勤に気づいた雄大は、両手を広げて近づいていった。
「山田さん、今日は何の用事で?」
「いやぁ、浜口さんがジャイアンツの原監督のファンって聞いて、水道橋のスポーツショップで掘り出し物をゲットしたんですよ。それを渡しにね」
「嬉しいよ~ハラタツはね、昔は歌も出してたんだよ」
浜口はすっかり上機嫌で、握りしめたサインボールを伊達に向けた。マサカズの話では、どうやら雄大はここに来る度、次の訪問理由を作ってくるらしい。野球殿堂で表彰されるほどの名選手のサインボールが容易に手に入るはずもなく、誰のサインなのかは自明である。おそらく、明日は寺西にお勧めの育毛剤でも持参してくるのだろう。中身がなにかはわからないが。
こいつは典型的な詐欺師だ。しかもこれまでに弁護してきた顧客と比べても有能な等級に属するといってもいいだろう。伊達は人差し指で眼鏡を直し、あふれ出てきた闘争心に口の端を吊り上げた。
「ではさらにお尋ねしたいのですが、よろしいかな?」
伊達の言葉に雄大は戸惑い「い、いいですよ」と詰まった声で答えた。マサカズはデスクから兄の背中を見つつ、奇妙な違和感を覚えていた。なにやら、目の前にいるのは自分の知らない兄のように思えてしまうのだが、それはなぜなのか、その理由はまだわからなかった。
「雄大さん、あなたは私のデスクを見ましたか?」
「そりゃこんな狭いオフィスだし、全部の机は見えるから……」
「見たんですね?」
「ああ」
「どのぐらいまで近づきましたか?」
「はぁ? な、なにそれ」
「あなたが私のデスクにどの程度まで近づいたかと質問しているんです」
これが伊達隼斗なのか。兄に対する滔々とした問いかけに、彼はあらためて弁護士という仕事を生業にしているのだと思い、マサカズは軽い興奮を覚えた。兄がなかなか答えないと、寺西が手を上げた。
「副社長、雄大さんは、机のすぐ傍まできましたよ。僕、それでダメだって注意したんです」
「そうなんですか? 雄大さん」
念を押された雄大は、伊達から目を逸らし、「ま、まぁ……」と言い淀んだ。
「マサカズ! ちょっと話がある。出られるか?」
マサカズは席を立ち、ポーチを手に出口に向かった。途中、兄を背中から追い越す形になったので横目で見たところ、彼は頬を引き攣らせ、エアコンが効いているのにもかかわらず額は汗ばみ、うなり声を漏らしていた。
マサカズと伊達は駅近くの喫茶店までやってきた。今日は気温が三十五度を超える酷暑日であり、事務所から徒歩で十分圏内だったのにも関わらず、二人は額や首筋から汗を垂らしていた。
「兄貴のやつ、なんか伊達さんにビビってるって感じでした」
嬉しそうにマサカズはそう言ったが、アイスティーのグラスを手にした伊達は仏頂面を崩さぬまま、足を組んだ。
「三年、会ってなかったんだっけ。その前は?」
「えっと、兄貴は高校出てから家も出て、そこからは年イチで会うぐらいでしたね。動画配信チャンネル始めるって時期は頻度は上がりましたけど。なんだかんだで……十年以上は疎遠って感じかな」
「そうか……なら、お兄さんに対しての認識は少々アップデートした方がいいな」
広々とした店内ではバロック音楽が流れていて、布張りの椅子に座っていたTシャツ姿のマサカズは、居心地の悪さを漠然と感じていた。
「なんとなくだけど、わかります。って言っても先週の月曜日と火曜日しか見てませんけど、なんて言うか、あんなテキパキとしたヤツじゃなかった。もっと怠け者で、ぐうたらした感じでしたよ」
「十年間の積み重ねだろうな。あいつは大したタマだよ」
「でも伊達さん、さっきは兄貴を追い詰めてたって感じですけど」
「俺みたいなのに慣れてないだけだ。すぐにアップデートしてくるよ」
「そうなんですか……」
マサカズにとって、兄の成長はあまり歓迎したいものではなかった。なぜなのか、これもまた理由がわからなかったのだが、すぐにもいくつかの感情が結びつき、彼は「おおー」と声を上げた。
「兄貴、すっかり悪党になってしまったんですね」
「そりゃ言い過ぎだ。ただ、なかなかの詐欺師だとは評価できる」
伊達がそう評価するのであれば、疑問を挟む余地はない。マサカズは顔を曇らせ、絨毯に目を下ろした。
「どーすりゃいいんだよ。アイツ、爺さんたちとも仲良くなってて、すっかり馴染んでて」
「彼の目的はなんだと思う?」
「ウチを利用して自分だけ儲けようとしている。もちろん、僕たちへの迷惑付きで」
「親族のお前に対しては言いづらいが、つまり、彼は敵と言うことだな」
「敵です。それに兄貴面するやつと一緒に仕事なんて、嫌です」
「提案がある」
伊達の提案は大抵の場合正しい。マサカズはそう思っていたので、次の言葉を待った。
「山田雄大を内側に置く。正社員ではなく、契約はしない。そこは俺がうまいことはぐらかす」
予想していなかった言葉に、マサカズは飛び出すように身を乗り出した。
「ダメです! 絶対にそれはダメです!!」
大声に、周囲の客や店員が二人を注目した。伊達はストローでアイスティーをすすると、一度だけ頷いた。
「そりゃそうだろう。しかし、それしか手がない。事務所を移転したところでホームページの情報は追える。住所記載をしないと取引先から不審がられるし、ごまかしようもない。部外者の立ち入りは社則で禁止されているって注意したところで、彼は口八丁手八丁でそれを受け流す。そうなると不法侵入で警察に通報するってことになるが、これはやったが最後、彼の自尊心を著しく傷つけ、肩書きが詐欺師から別の犯罪者に変化させることになるだろう。そしておそらくだが、彼は既にウチの嬬恋村の仕事を数字だけでも把握している」
情報量があまりにも多かったので、マサカズはひとつずつ指を折りながら内容を整理していた。
「そんなに、兄貴は優れているんですか」
「俺の携帯番号をラーニングしてる。机に残した小さなメモからな。大したものだよ」
「どういうことなんです?」
「仕事用の携帯電話の番号を浜口さんから聞いたとき、一緒にもらったメモに番号と“DT”と記されていたんだ。彼はそれをチラ見して。“DT”を“ダテ”と判断したんだろう」
「兄貴が?」
自分の知っている兄は注意散漫で、伊達のデスクを見たところで、せいぜい机や椅子のグレードを値踏みするぐらいしかできず、メモなど気にも留めない。父から「お前の目はどこについてんだ。その機械のランプが赤の時は近づくなって言ったろ」などとよく、注意力のなさを叱られていた。
「納得してくれたか?」
保司のアドバイスを思い出した伊達は、マサカズの顔を覗き込んだ。
「たぶん」
納得の強要などといった愚策は取れない。伊達は今日のところはこれ以上マサカズに求めることを諦めた。
「それにしてもさっきの伊達さん、カッコ良かったなぁ。さすがは弁護士ですね!」
無邪気な称賛に伊達は照れ、顔を背けて「そのアイスコーヒー、飲めよ」と促した。
「飲みますけど、そのセリフっておごる場合ですよ。これ、経費でしょ?」
マサカズの正論に、伊達は「そうだな」と静かに返した。
その日の夜、アパートまで帰ってきたマサカズは、栃木の実家に電話を入れた。出たのは母だった。
「もしもし、俺マサカズ」
「もう電話あったかも……ああ、あったのね。そうそう兄貴、ウチで仕事することになったんだよ」
「雑用かな? 伊達さんと相談して考えるよ」
「兄貴? うん、元気そうだよ」
話の中心は兄についてであり、母は彼の今後をひどく心配しているようだった。電話を切ったマサカズは、敷きっぱなしの布団に身を投げ出した。伊達に今回の件での納得を求められた。確かに彼が言うように厄介者は内側に取り込んで飼い殺しにしてしまうのが得策だとは思う。しかし、あの兄なのである。自分の心が果たして持つのだろうか。兄のおどけてふざけた顔が浮かんだマサカズは、それを打ち消すため、後輩だった小さな彼女を思い出すことで、穏やかな眠りに落ちた。
第4話 ─鉄の掟を作ろう!─ Chapter4
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