遠藤正二朗 完全新作連載小説「秘密結社をつくろう!」第4話 ─鉄の掟を作ろう!─Chapter1-2
鬼才・遠藤正二朗氏による完全新作連載小説、佳境の第4話が開始!
「魔法の少女シルキーリップ」「Aランクサンダー」「マリカ 真実の世界」「ひみつ戦隊メタモルV」など、独特の世界観で手にした人の心に深い想いを刻んできた鬼才・遠藤正二朗氏。
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主人公の山田正一は、ある時『鍵』という形で具現化された強大な力を手に入れる。その力を有効活用するため、主人公のマサカズと弁護士(伊達隼斗)は数奇な運命を歩むことに。底辺にいる2人が人生の大逆転を目指す物語をぜひご覧ください!
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第4話 ─鉄の掟を作ろう!─ Chapter1
大柄な体躯には赤いアロハシャツ、下半身はあちこちが破れたダメージジーンズ、そして素足にはサンダルを。これが三年ぶりに相対した兄、山田雄大の身なりだった。マサカズもコミックのキャラクターがプリントされたTシャツにデニムとスニーカーを履き、四人の老人たちもネクタイをしていなかったので、兄の服装自体は場違いと異端視するほどではなかった。だが、見かけではない。その中身はここにいる自分たちとは違う。背中を軽く丸め両手にポケットに手を突っ込み、頬を引き攣らせ人を食ったような不敵な笑みを浮かべ、鼻をふんふんと鳴らしながら物色するような目で事務所じゅうを見回している。そう、自分たち五人と彼は違う。品性に欠け、粗野で、抜け目がない。同じ檻に混ぜてはいけない存在だ。マサカズは警戒心を強め、分析を進めた。
相変わらずだ。二十年以上、この兄とは関わってきた。ここ十年では断続的な情報しか知り得てはいないのだが、彼自身を取り巻く状況は好転していないはずだ。前科こそないが法律に触れる悪事に手を染め、逮捕されたものの不起訴になったこともあったはずだ。マサカズは兄の動向に警戒しながらも責任者として求められる対応に当たることにした。スチールの扉を背にした兄にマサカズは注意をするため声をかけようとした。
「いやぁ! ミッシングゼロ? マサカズ-! お袋から話は聞いたし、ホームページ見たぞー! よもやお前が社長になるなんてな。狭いながらもたいしたもんだよ! 兄として、この山田雄大、深い敬意を現したく存じ上げます」
兄はポケットから手を出し、左手を腹の前でL字に曲げ、執事の真似をするようにうやうやしく頭を下げた。パートの四人は唐突に現れた兄に対して理解が追いついていないようであるが、その答えを自分に求めてくる者はいない。そう、つまり兄はここにいても良いという許可証を勝手に発行し、それを控えめにちらつかせているのだ。マサカズは記憶を総動員して、現れた予想外の個性に対して身構えた。
機先を制された。いつもこうだ。自分や両親が何か注意をしようとすると兄は気配を察し、こうやっておちゃらけた様子でユーモアを交え、会話のペースを握ってしまう。当事者に対してくだらないと呆れさせ、面倒だと思われ、その隙にそれ以外の興味を惹き、つけ入る。マサカズは兄との過去のやりとりを、具体的な出来事ではなく感覚として思い出し、焦れた。
「ほんとはさ、花輪とかなんだけよね。そりゃあボクだって兄として祝福したかったよ。だけど金欠でさぁ。だってボク、お人好しでしょ? ねぇマサカズ」
これ以上ペースを握られては危険だ。マサカズはそう判断すると、デスクから出て兄の前まで進んだ。
「ここへは何の用です? 呼び鈴も鳴らさずに突然入ってくるなんて、非常識で……」
言い終えぬうちに、兄はマサカズの背後に回り込み、太い腕を彼の首に回した。
「ごめんごめん、謝るって。だってよ、お前が社長なんて嬉しくってさ、呼び鈴とかってあったっけって感じ!」
嘘だ。この間合いを成立させるための奇襲でしかない。そのやり口をよく知っていたマサカズは、兄を突き放した。
「用件はなんです? 弊社にお仕事のご依頼ですか?」
硬い語調を崩さない弟に、兄は顎に手を当て首を傾げ、口先を尖らせた。
「マサカズ。ボクを雇ってよ」
想像していた要求のひとつであったが、もっとも忌諱するべき内容だったため、マサカズは身を引き、「冗談!」と吐き捨てた。
「マジよマジ。親族は信用できるだろ? ベンチャーにおいて信用できる仲間が一番の武器だ。あ、もちろんいきなり正社員なんてムシのいいことは言わない。最初はバイトでいいし……」
唇に人差し指を当てた兄は目を泳がせると、情けなく微笑んだ。
「申し訳ない! そうなったらマサカズ殿はボクのボスってことになりますです! ラッシングゼロ参加の暁には、敬語で接するしだいであります!」
最後に不格好な敬礼をして、兄はそう締めくくった。不安になったマサカズが背後の様子を探ると、四人のうち木村を除いた三名から、朗らかな様子が窺い知れてしまった。三人共、緩んだ笑みを浮かべ、目の前のユーモアを楽しんでいるようでもある。兄が繰り広げている茶番を彼らは好意的に受け入れてしまっているということだ。この空気を膨らませるわけにはいかない。マサカズは更に焦れた。
「兄貴、ここは会議室も応接もない。話があるからちょっとついてきてくれ」
その提案に、兄は「従うであります!」と弾んだ声で返すと、四人の老人に小さく手を振りウインクをした。
代々木駅の近く、とあるハンバーガーチェーン店の客席に兄弟は向き合っていた。周囲は学生たちで賑わい、兄弟は店内の平均年齢を引き上げるのに貢献していた。
「社長なのにファストフードのハンバーガー? ショボいねぇ。あ、前の大統領もハンバーガー死ぬほど好きだって言うから、いいのか。もしかしてマサカズ、パクってる?」
「まず……」
マサカズが切り出そうとすると、兄は掌を突き出して言葉を制しようとした。しかし、弟は正面から強行突破するため、分厚いそれを手の甲で弾いた。マサカズの行為に兄は顎を引き、彼を睨みつけた。
「ウチじゃ兄貴は雇えない。理由は余裕がないのと、今のところ人が足りているからだ」
「あんなジジイ共、戦力外だろ?」
「いや、みんな有能だ」
「でも通院とか多いんじゃねーの?」
兄の指摘は正しかった。事務所を開いてから十日ほどが経つが、四人のパートスタッフは老体をケアするため通院を理由に何度が直行、直帰をしていた。営業で外出しがちな伊達は別として、四人が丸一日定時の勤務を満了したのはたった一日だけだった。
「ホラ、そうだろ? それにあんなショボい事務所っつっても、お前ひとりじゃムリだろ。会社なんてできないだろ? つーか、よく起業できたな? なんか、そーゆーパッケージ的なサービスとか利用したのか?」
早口でまくし立てた兄は、アイスコーヒーのストローを口にした。マサカズは左の頬を吊り上げ、フィッシュバーガーを片手に兄を指さした。
「残念。ホームページ見ただけじゃわかんないだろうけど、今の俺には強力なビジネスパートナーがいる」
兄からリアクションがなかったため、マサカズは説明を続けた。
「取締役で副社長だ。しばらく営業に出てて事務所に戻るのは先だけど、一流の弁護士で、俺の顧問も引き受けてくれている」
兄はアイスコーヒーを吸いきると、乱暴な所作で紙コップを叩きつけるように置き、ドスの効いた声で低く呻るように「聞いてねーぞ、それ」とだけ返した。
「ある事をきっかけに、俺たちは友だちになった。まぁ、伊達さんが兄貴を認めるって言うのなら、入社を認めてあげたっていいけど。まずムリだろうね。伊達さんは兄貴みたいな厄介者専用の刑事弁護人なんだ。兄貴なんて、すぐに“見抜かれる”よ」
自信に満ち、高揚した口調のマサカズだった。兄はテーブルで人差し指と中指をタップダンスのように忙しなくステップさせた。しばらくすると手を止め、マサカズに強い眼差しを向けた。
「マサカズ、テメー、オレを売るつもりか?」
「脈絡がわかんないって。今の兄貴がどんな状況かはわからないけど」
マサカズの即答に、兄は臆したように大柄を縮み込ませると両手を合わせた。
「きっと親父たちだって喜んでくれると思うんだよ。な、マサカズ、兄貴を助けてくれよ」
「けど、伊達さんに相談しないと」
視線を外したマサカズに、兄は身を乗り出して見下ろし、野卑な笑みを浮かべた。
「さっきから聞いてりゃなんだよ、いちいち“ダテさん”“ダテさん”“ダテさん”って、お前、社長なんだろ? すこしはテメーで物事を決めてみろよ。あ、それとも“ダテさん”ってお前のアレか?」
小指を立ててきた兄のおどけ顔に、テーブルのコーラをかけてやりたくなったマサカズだったが、それをさせることがこの態度の目的だと察した彼は、じっと堪えるしかなかった。
「とにかくよ、もう一度あの事務所に行こうや。オレにできることが見つけられるかも知れねぇ。そうすりゃ“伊達さん”にもオレを売り込めるだろ?」
あまりにも一方的だったが、ここで無下な態度で兄を撃退すれば、このあと栃木の両親とも厄介なやりとりが生じてしまう可能性もある。マサカズは兄に押されるまま、彼を事務所まで連れて帰った。
「あらためまして皆様方! ちょいとお邪魔させてもらいますよ」
作り笑いで手を揉みながら、兄は事務所の中を進み、伊達のテーブルにつこうとした。
「ああ、ダメです。そこは副社長の席です」
兄を止めたのは寺西だった。やや小太りで目の細い彼に対して、マサカズは極めて温厚かつ常識的な人物だと感じていたため、この制止も彼としては当然の行動だと思った。
「あ、“伊達さん”のなんだ。どーりでなんか、理知的な香りがしてくるでありますなぁ。さすがは敏腕弁護士!」
「おお、伊達副社長をご存じで?」
浜口に問いに、兄は大きく頷き「うい」と返した。
「伊達さんのことは僕がさっき教えたばかりです。兄は伊達さんと知り合いとかじゃありませんから」
伊達の性別すら知らぬのに、まるで以前からの知人であるかのような態度である。苛立ちを覚えたマサカズがそう説明すると、兄とマサカズの間に木村が割って入った。
「で、この人、どうするんですか社長」
木村は低音で暖かみのある声をした整った顔立ちの老人であり、四人の中では最も合理的な考え方の持ち主だったが、その反面、融通の効かない一面もあった。マサカズにとっては、高校のころの数学教師を思い出させる人物でもある。兄は木村と寺西を見くらべると笑みを消し、下唇をにゅっと突き出した。これは、彼が慎重さを発揮する際の癖でもあり、マサカズにとっては警戒するべき所作だった。
「あ、つまりですね、これって、この状況ってのは兄が、僕の親族が起業を祝って訪ねてきてくれたって、それだけです」
「しかし、さっきは雇ってと……?」
「雇いませんよ。親族がお祝いで訪ねてきた。それだけのことです。ねぇ兄貴。歓迎するよ」
マサカズにそう振られた兄は、わざとらしく肩を落として残念そうに表情を曇らせた。
「あーあ、弟と一緒に働きたかったなぁ。仕方ない。皆々様、どうかウチの弟をしっかりと盛り立ててくださいであります! また遊びにきますであります。次回はお土産持参であります!」
ともかく、横暴で無礼で態度の大きい兄の撃退には成功した。事務所を出て行くその後ろ姿を見ながら、マサカズは拳を強く握りしめた。ただひとつ疑問だったのが、ハンバーガー店で言っていた「オレにもできることがあるかも知れねえ」と言っていたことだ。一度は事務所まで連れて帰ったが、彼は何もせず挨拶だけをして引き下がっていった。あの下唇の癖にヒントが隠されているのだろうか。マサカズは、兄の速やかなる撤退がひどく不気味に思えてしまった。
第4話 ─鉄の掟を作ろう!─ Chapter2
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