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遺書のような独白

【モノローグ】病気の女性が誰かに何かを訴えている


さて、見ず知らずのあなたに何から話せばいいかしら?

あの日、私は咳をしていたんです。
それもかなり激しい咳で、このまま息が止まってしまうのではないかと思うほどの苦しさでした。
しばらくして落ち着いたものの、気管にあると思われる病の原型みたいなもの、それが取れないままもやもやした気持ちでいましたが、また眠りにつくために瞼を閉じることにしたんです。

そうなんですよ、なかなか眠れなくて。
また咳が出るんじゃないかとか、今度こそ息が止まってしまうんじゃないかとかいろいろ考えてしまうんです。
いっそのこと息が止まった方が楽だなと、そんなことも思っていました。

でも、人間はなかなか死なないものなんですねえ。
こんなに苦しい思いをしているのに死ねないのです。
かと思えば、「えっ、そんなことで?」と思うような原因で死んでしまうという単純さも人間は持ち合わせていて、私の叔父なんかはね、子供でも登れそうな低い木から落ちて死んでしまいました。
それまでは「俺はな、風邪ひとつひいたことがないんだぞ、医者なんぞには行ったことがねえ」と言いうのが彼の口癖で、一見健康そのものの人だったのに。
周りにいる人たちは、みんな悲しいというより「何で?」という顔をしてその低い木を眺めていました。
私も「へぇ〜こんな低い木からねぇ」と思いながらその木を見上げていたのを覚えています。

あっ、そうそう、
よく、著名人が亡くなった時に言うじゃないですか。
「ひとつの時代が終わった…」とかなんとか。馬鹿の一つ覚えみたいに。
それを聞くたびに笑っちゃうんです。
時代なんて終わらないですよ、ひとりの人間が死んだくらいで。
あれは死んだ方への最大の弔辞ちょうじなんだと思いますよ、昔も今もね。

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