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あのころあの町のクリスマスの片隅で

一歩進むごとに、過去の一歩が失くなっていく。
いつかこの場所もゼロになってしまうのだろう。
『霜柱を踏みながら 20』


子供の頃のクリスマスの思い出はあまりない。現代のように恋人同士がデートをしたり、高価なプレゼントを交換しあったり、家族や友人同士でホームパーティをしたり、私が子供の頃のクリスマスはそんな煌びやかなものはなかった。ただ日常と違うのは町のケーキ屋さんが店頭にワゴンを置いて、何日も前に作ったと思われるケーキを並べて、居酒屋の呼び込みのようにに大きな声を張り上げて「いらっしゃいませ〜クリスマスケーキいかがですか〜」と、サンタクロースの衣装を着た店員が道ゆく人に声をかけていた光景と、その脇を仕事帰りのほろ酔い気分のサラリーマンがダンボール紙で作ったキラキラの三角帽子をかぶって妙なテンションで歩いている光景だった。ケーキ屋さんはそのサラリーマンのほろ酔い状態に漬け込んで一番大きなケーキを売りつけるという商売も成り立っていて、三角帽子をかぶったサラリーマンがケーキの箱を持って家路に向かうそれがクリスマスイブの夜の町の様子だった。東京あたりではもっと洒落たクリスマスの光景が存在していたのかもしれないが、私が住んでいた奈良の小さな町では、お洒落とは程遠い「村祭り」の延長ような感覚のクリスマスしかなかった。私はその町のケーキ屋さんが売るクリスマスケーキというものを食べたことがあっただろうか...あったかもしれないし、なかったかもしれない。あったとしても覚えていないということは、それほど美味しくもなく感動する代物ではなかったということだろう。そもそもクリスマスというイベントが我が家で行われていたかどうかさえまったく覚えていない。

そんな殺伐とした記憶しかない中で、たったひとつだけ覚えていることがある。それは小学6年の時のクリスマスの夜のことだ。

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