ひっそりと私は不幸になりました
一歩進むごとに、過去の一歩が失くなっていく。
いつかこの場所もゼロになってしまうのだろう。
『霜柱を踏みながら 6』
母は私の3メートルくらい先を歩いていた。母の後ろ姿からは怒りとどうしようもない諦めのようなものを感じた。怒りは間違いなく私に対してだろう。諦めは何に対してなのか誰に対してなのかわからないまま少し大袈裟に肩を揺さぶりながら歩く母の後ろ姿を見ながら歩いた。
私は自転車が欲しかった。何度も何度も両親に買って欲しいとお願いしていたのに「今度の誕生日まで待って」「今度のクリスマスまで待って」「学年が変わるまで待って」と言われ続けて、待っても待っても買ってもらえなかった。お金がなくて買ってもらえなかったのか、それとも他に何か理由があったのか、それも今となっては不明だ。小学4年生になって初めて友達と呼べる子ができた。その子とは学校でも学校外でもよく遊んでいた。ある日、その子が「自転車買ってもらったんだ〜」と嬉しそうに言う。「へぇ〜いいなぁ」と言うと「今度乗せてあげるよ」と、家に誘ってくれた。自転車に乗りたくて乗りたくて仕方なかった私は喜んでその子の家に遊びに行った。その子の家は国道から少し離れたところに建つ大きな団地で、10棟ある団地の一番奥の棟にその子の家があった。団地というものに住んだことがなかった私は同じ部屋がたくさん並んでいる団地がとても珍しかった。団地内には公園や花壇や集会所もあって学校みたいで楽しそうだなと思った。「お葬式もここでやるんだよ」とその子は集会所の前で説明してくれた。それにはちょっと嫌だなと思った。私たちは順番に団地内の道を自転車に乗ってぐるぐる走って遊んだ。何度目かの順番が私に回ってきた時、私は棟と棟の間をぐるぐる走っているだけじゃつまらなくなって、このまま団地以外の道に出て走ってみたくなった。自転車を盗むとかそういう気持ちではなくてもっといろんな景色の中を走ってみたかったのだ。
私は勝手に団地を出て国道を走った。
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[私小説] 霜柱を踏みながら
私小説です。時系列でなく、思い出した順番で書いてます。私の個人的な思い出の物語です。
読んでいただきありがとうございます。 書くこと、読むこと、考えること... これからも精進します。