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ある日のマシーン日記

割引あり

【朗読・モノローグ】 ある日のホテルのロビーでの出来事



「おい、なんとか言えよ! 気取った顔しやがってよ!」
地方から出張で来たサラリーマンだろうか、 少し薄くなった後頭部に何かを塗りつけているのがここからでもよくわかる。
かなり流行遅れのコートを羽織って、ホテルのカウンター内にいる女性スタッフに対して声を荒げている。
「お客様、そう申されましても...」
「なんだよ!」
「この件につきましては十分ご説明申し上げておりますので...」
「聞いてねえな!」
「しかしながら、お客様...」
女性スタッフは自分が持っている最大限の作り笑顔をアーモンド型の顔に浮かべながら最大限の丁寧な言葉でその客に対応している。
少し離れたコーヒーブースで私はその会話を聞いていた。
サラリーマンが声を荒げている理由はわからない。 わかる必要もないのだが、私の長年の経験からこんな時は客の方が勘違いしていることの方が多い。 わかる必要もないと思いながらこの会話に聞き耳を立てているのはなぜだろう。 自分でもわからないが、たぶん耳がそういう習慣になってしまっているのだろう。
しばらく押し問答があってサラリーマンは諦めたのか、ぶっちょう面をしながら去っていった。 ほらね、と私は思う。 そして、私は見逃さなかった。 カウンター内にいる女性スタッフがそのサラリーマンの後姿に向かって中指を立てたのを。
だから人間って面白い。 どんな立場にあろうとも誰もが自分以外は敵で中指を立てる準備はできている。
提示されたルールのもとあるいは暗黙のルールのもとそれを守っている人たちでこの世にいる敵と敵は均整を保っている。 それがわからない人はさっきのサラリーマンのように後姿を見せるしかない。 そして、その背中には中指が。

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