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坂本裕二の脚本かと思った。

私は無類の音楽好きだ。
そう言うと大抵「どんな音楽が好きなの?」と訊かれるけど、本当にどんなジャンルでも聴く。
邦ロックも聴くし、70年代の洋楽ファンクとかも聴く。
そんなオールラウンダーな具合なので、実際に足を運ぶライブも色んなアーティストのものがあるのだけど、様々なライブに行くたびにいつも実感することがある。

それは、観に来ている客層っぽさがなんでこうも偏るのかということ。
みんなライブ来る前に「今日はこんな感じの格好ね。」とドレスコードでも作ってるのか?と思うくらいに。
そんな中、あまり〇〇系みたいなくくりに当てはまりづらい私は、全然空気感が違う服装をしてそのライブに挑んでしまうこともある。
「あ、なんかちょっと違った。別に正解とかはないけど今日浮いちゃったな。」
こんなことを会場で思うのはちょっと切ない。

私がそういうことをやけに気にしてしまうのは、ライブに行くときに1人で行くことが割と多いからだと思う。
仕事終わりに駆け込みで行ったり、このエリアでこの時期に何かやってないかなと探して気になるのがあったら行ったり。
人を誘うと振り回すかたちになってしまいそうなので、申し訳なさや遠慮の気持ちを携えずに、ただ音楽を楽しみたい。
だから、開演までは結構心細かったり、手持ち無沙汰だったりする。
かと思いきや、全くそんなことはない。
とりあえず持ってきた文庫本を片手に、ライブハウスで繰り広げられる会話を、小耳に挟みながら一曲目を待つ時間はかなりおもしろい。
大学生同士だったり、カップルだったり、何かしらの先輩と後輩だったり。
私にとって不透明な関係性の中で織りなされるあの会話には、他の場所では聞けないようなこそばゆさや共感が詰まったものなのだ。

「この会話、もしかして坂本裕二が書いたんじゃないの?」
そんな風に思ってしまうくらいの、心地よいやり取りを盗み聞きしたのは、坂本慎太郎とカネコアヤノのツーマンライブのときだった。
これはあくまでフィクションかもしれない。


2人のおっちゃん

A「あーここなら見やすいかも。」
B「いいね、それにしても若い人が多いなぁ。」

そんなことを話しながら、ご年配の方が2人、私の左隣にやってきた。
私は、ポーズとして一応本を読んでいるのでその会話の当事者たちに目をやることはないけど、視界の片隅に映る雰囲気は、渋谷系全盛期にちょうど20代くらいだった世代の方じゃないだろうか。
ヴィンテージっぽい服に身を包み、ハンチングなんかもかぶっていた二人組だった気がする。

A「それにしてもさ、みんな開演前やっぱりスマホ触ってるよな。昔は開演前といえばSEを楽しむ時間だったのにさ。」
B「まぁねぇ、でもこの間、〇〇見にいったときとかは、始まる前の曲から良くて、みんなスマホでShazamやってたよ。」
A「そういうことあるよなぁ。結構古い曲とかも客入れの時に流すんだなぁとか思ってShazamしてみたら、意外と“Lemon Twigs”とか出てきちゃってさ。」
B「あいつらねぇ(笑)」
A「なんであんな古い音作れんだよ(笑)いやぁ笑っちゃうよ。」

おもしろいおっちゃんたちである。
手にはドリンクコインと交換した缶チューハイを持っているけど、一缶目とは思えないご機嫌さだった。
2人は日比谷野外音楽堂で開催された、夏ごろのカネコアヤノのワンマンや、中野サンプラザでの公演にも一緒に行ったらしい。
その年齢でも一緒に趣味を楽しめる友達がいるのはなんとも羨ましい。
そんな風に盗み聞きに尽力していると、舞台が暗転して一組目のカネコアヤノが始まろうとした。

⸺終演後⸺

B「いやぁ迫力あったね。」
A「なんか貫禄出てきたねぇ。っていうか、ベースとドラム、今の子たちの方が上手いんじゃない?」
B「メンバー違うんだっけか。」
A「確かそんなはず、うーん。なんか貫禄出てきすぎて、もう可愛げがなくなっちゃってきたなあ。」
B「はははは(笑)」
A「(笑)こんなこと言っちゃあアレか(笑)」

そんなことを言いながら2人は喫煙室に行こうかと、私の隣を去った。


初対面のぼくたち

ちょっとだけ後味の悪い2人のおっちゃんの会話を聞いている頃、お客さんたちはちらほらとお手洗いに行ったり、飲み物を買いに行ったりと動いていた。
少しずつスペースが空き、周りの人たちも入れ替わる。

C「さっきよりこっちの方が良さそうですかね?」
D「そうですね、こっちで見ましょう!いや、お兄さん、ありがとうございます。」
C「全然ですよ。今日はお目当てはどっちですか?」
D「どっちもなんですけど、強いて言うなら坂本慎太郎ですかね。生で見たことなくて。」
C「そうだったんですね、僕も坂本慎太郎です。」

若々しい青年2人が私の真後ろにやってきたようだった。
2人は初対面のようで、どうやらついさっき知り合ったらしい。
カネコアヤノのときに、見えやすいようにと話しかけたことで会話が広がったようだった。

C「音楽って他にどんなの聴くんですか?」
D「そうですね……、好きなのは、君島大空とか。」
C「え!僕も好きです。○○行きましたよ。」
D「本当ですか!僕も行きました。お兄さん気が合いそうです〜。あとは、betcover!!とか。」
C「betcover!!いいですよね。今日来てますよ。二階にいるみたいです。」
D「え!そうなんですか。ウワー。」

なるほど、2人は“そういう邦楽”が好きなのね、と私は心の中で頷きながら聞く。
正直、私たちのような20代の若者の間では結構人気も知名度もあるアーティストに思えるが、同じものが好きということでここまでキラキラと喜べる2人に優しい気持ちになる。

C「そういえばアレ、本当なんですかね?」
D「アレって……?」
C「あ、カネコアヤノとbetcover!!が付き合ってるって話。」
D「えー!確かにbetcover!!のライブにカネコアヤノが来てて、一緒に帰っていったって聞いたことあります……。」
C「ですよね、本当なんですかね。」

急になんだか年頃の男の子の会話になって、思わず笑いそうになった。
フロントマンである柳瀬二郎のプロジェクト名がbetcover!!なわけだが、「柳瀬二郎と付き合ってる」ではなく「betcover!!と付き合ってる」と話す2人に可笑しさを感じながらも、どこか悲しげな声色になった2人の素直さが愛おしい。

D「いやー、分かってますけど、2人がもし付き合ってたら……僕たちなんて……。」
C「そうですよねー。すごいビッグカップルですよね。あ、そろそろですかね?」

小柄でパワフルな猫好きのロックスターに失恋している2人のお目当ての坂本慎太郎のアクトが始まった。

⸺終演後⸺

D「めっちゃよかったですね!」
C「よかったです!」
D「それにお兄さんとも話せてよかったです。もしよかったら、今度飲みにでもと思ったのですが、お住まいどこですか?」
C「笹塚です。近いですか?」
D「全然行けます。でも、社会人1年目だったら忙しいですかね。」
C「あーでも来月辞めます(笑)」
D「え!何系なんですか。」
C「ファッションですね。服飾系の専門学校行ってて……」
D「ってことは、もしかして今21歳ですか?僕大学3年で、多分同い年です僕!」
C「そうですそうです。」
D「働かれてるからてっきり歳上かと……!

ライブが終わった後に新事実が発覚したようで、偶然の2人の出会いがどうなるか期待を寄せながら、私はライブハウスを出た。


こうして勝手に聞かせてもらっているとやっぱり誰かと一緒に音楽を聴きに行くのもいいなあと思える。
年内は仕事も忙しく行く暇がなさそうだから、来年の抱負にしようと思う。

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