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新・奴隷商人ー祭り
登場人物
アルファ :純粋知性体、Pure Intelligence、質量もエネルギーも持たないダークマターで構成された精神だけの思考システム。出自は酸素呼吸生物。
ムラー :フェニキア人奴隷商人、純粋知性体アルファのプローブユニット
森絵美 :純粋知性体アルファに連れられて紀元前世界に来た20世紀日本人女性、人類型知性体
アルテミス/絵美:知性体の絵美に憑依された合成人格、ヴィーナスの二卵性双生児の姉
ヴィーナス :黒海東岸、コーカサス地方のアディゲ人族長の娘、アルテミスの二卵性双生児の妹
ソフィア :ムラーのハレムの奴隷頭、漆黒のエチオピア人
ジュリア :ムラーのハレムの奴隷頭、赤銅のギリシャ人
ナルセス :ムラーのハレムの宦官長
アブドゥラ :ムラーのハレムの宦官長
パシレイオス :ムラーのハレムの宦官奴隷、漆黒のエチオピアの巨人
ヘラ :ディオニュソスのマイナス(巫女)、クレオパトラの悪霊に憑依されていた大女
アイリス :エジプト王家の娘、クレオパトラの異母妹、知性体ベータの断片を持つ
ペトラ :エジプト王家の娘、クレオパトラの異母妹、アイリスの姉、将来のペテロの妻、マリアの母
アルシノエ :アイリスたちの侍女頭
ピティアス :ムラーの手下の海賊の親玉
ムスカ :ムラーの手下、ベルベル人、アイリスに好意を持つ
ペテロ :ムラーの港の漁師
マンディーサ :アイリスの侍女
キキ :20才の年増の娼婦
ジャバリ :ピティアスの手下
シーザー :共和国ローマのプロコンスル(前執政官)
マークアントニー:シーザーの副官
ベータ :純粋知性体、Pure Intelligence、質量もエネルギーも持たない素粒子で構成された精神だけの思考システム。出自は塩素呼吸生物。
クレオパトラ7世:エジプト女王、純粋知性体ベータのプローブユニット
アヌビス :ジャッカル頭の半神半獣、クレオパトラの創造生物
トート :トキの頭の知恵の神の半神半獣、クレオパトラの創造生物
ホルス :隼の頭の守護神の半神半獣、クレオパトラの創造生物
イシス :エジプト王家の娘、クレオパトラの従姉妹
アルテミス号 :ムラーの指揮指揮するコルビタ船
ヴィーナス号 :ピティアスの指揮するコルビタ船
歴代クレオパトラの生没年、エジプト女王在位
クレオパトラ1世 生没年:紀元前204年頃 - 紀元前176年
在位:紀元前193年 - 紀元前176年
クレオパトラ2世 生没年:紀元前185年頃 - 紀元前116年
在位:紀元前173年 - 紀元前116年
クレオパトラ3世 生没年:紀元前161年 - 紀元前101年
在位:紀元前142年 - 紀元前101年
クレオパトラ4世 生没年:不詳 - 紀元前112年
在位:紀元前116年 - 紀元前115年
クレオパトラ5世 生没年:不詳 - 紀元前69年
在位:紀元前115年 - 紀元前107年
クレオパトラ6世 生没年:不詳
在位:不詳
クレオパトラ7世 生没年:紀元前69年 - 紀元前30年
在位:紀元前51年 - 紀元前30年
アルシノエ4世 生没年:紀元前67年 - 紀元前41年
クレオパトラ7世の妹
新・奴隷商人ー祭り
葡萄
大規模な葡萄栽培とワインの製造は、紀元前数千年前の中国、ジョージア(グルジア)、レバノン、イラン、アルメニア、ギリシャ、シチリアなどで始まった。21世紀から遡ること九千年から六千年前のことである。
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葡萄の原種は、アルメニア、ジョージア(グルジア)、アゼルバイジャン、レバント、小アジア沿岸と南東部、それとイラン北部で自生していた野生の葡萄(ベリー)だった。
酸味が強く糖度の低い品種だ。ワイン酵母は葡萄果汁に含まれる糖分をアルコールに変える。糖度が低いということはアルコール度数が低いということである。古代のワインは酸味が強くアルコール度数の低いものだった。
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オリエントの東方からシリア、レバノンなどに伝わったワイン製造の知識は、その地に住んでいたフェニキア人の努力で改良された。紀元前千年頃には、葡萄の原種に近かったワイン用の葡萄を異なる品種を数十代にわたりかけ合わせ接ぎ木して、酸味が弱く糖度の高い品種に改良していった。そして、フェニキア人の貿易ルートによって、シリア、レバノン産の葡萄酒は地中海地域全体に広がっていった。
特に、シリア、レバノンで醸造された酸味が弱くアルコール度数の高いワインは、葡萄栽培に向かないナイル川三角州のエジプト王国で珍重された。王国の富裕層や貴族、王族が他の地方よりも高価なシリア、レバノン産のワインを争って購入した。
ワインを運搬するためにはアンフォラ(先端の尖った素焼きの壺)が広く利用されていた。だが、素焼きの壺のアンフォラでは、ワインを大量に海上輸送するにはかなりの輸送途中の破損を覚悟しなければならない。そこでフェニキア人たちは、ガリア人によって発明されたオーク樽とシリア人によって発明されたガラス瓶を使用することを考えた。
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アンフォラでワインを貯蔵するとワインの熟成があまり進まず、ワインの新酒(ヌーヴォー)の味のままである。フェニキア人たちは、イベリア半島のスパニッシュオークとコルクをお得意の海上輸送でシリア、レバノンに輸入した。そして、大樽で発酵させた若いワインを樽に移してコルクで栓をして、地中海沿岸伝いにエジプトに輸出した。同時にシリア人の発明したガラス瓶もエジプトに送った。
エジプトの商都アレキサンドリアの港で荷下ろしされた樽詰のワインは、フェニキア商人の港の倉庫に保管され、倉庫で樽からガラス瓶に詰め替えられコルクで封をされた。この方法で、アンフォラ輸送で新酒の味のままであったワインは、樽、瓶詰めにより熟成が進み風味が格段に上がった。シリア、レバノン産のワインは、他の地方のワインを数倍の値段で取引された。
生食用の葡萄の収穫は葉がまだ緑の内の夏に行われた。葡萄の実はみずみずしく果汁に溢れている。しかし、葡萄酒を作るための葡萄の収穫は秋口に行われる。葉が紅葉して赤くなり落葉するものも多い。葡萄の実は完熟をとうに過ぎていて、実の水分もかなりとんでいる。実はシワシワになった。そのため、酸味が弱くなり糖度が上がった。
収穫
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ムラーの一家は、代々、シリア最大の港町ラタキアの地中海に臨む丘陵地帯を所有していた。200ヘクタールの葡萄畑をオリーブ畑だ。先祖は奴隷売買で財を成したが、代を経るごとに葡萄酒製造などの農業の方が利益高が大きいと気付き、その財で農園を拡大していった。ラタキアの共和政ローマの登記所上ではムラーの職業は奴隷商人となっているが、ムラーの代では葡萄酒、オリーブオイルの製造と輸出販売の方が大きくなっている。奴隷売買は続けているが、奴隷を買う方が売る方よりもかなり多い。
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ムラーの農園には、成人(12歳以上、21世紀の成人よりも格段に若い。繁殖可能な年齢ということだ)奴隷が二百家族ほど、自由民の小作が百家族ほど住んでいる。それに12歳未満の未成人奴隷が八百人、未成人の小作人が四百人。常時、千八百人ほどいるが、毎年百人は死亡する。
平均寿命が25歳の古代ローマでは、ゼロ歳児の三分の一はその年に死亡する。無事に産まれた子供でも十歳までに生き残っているのは半分程度だ。また、50歳まで生き伸びられた人間は四分の一以下、同じ年に百人産まれた世代で50歳まで生きているのは22、23人程度だ。だから、毎年百人ほどは死ぬ。ムラーのような中規模の農園でも三日に一回は葬式になる。
つまり、人口減少にならないように毎年百人を補充するには、小作の奴隷と自由民合わせて三百家族が百人以上を産み続けなければいけないが、女の成人百五十人(12~39歳、年齢が低いと初潮がまだ来ていないし、30歳代後半では閉経している可能性がある)の女性がそれだけの数の妊娠をして死産にならずに10歳くらいまで乳幼児が生き延びることは難しい。外部から員数が補充されなければ、ムラーの農園は人口が減って数年で人手不足となる。
このような理由で、ムラーは奴隷売買は続けているが、奴隷を買う方が売る方よりもかなり多いのだ。
葡萄園では、奴隷と自由民の成人二百人が葡萄を収穫していた。生食用の葡萄と違い、葡萄の房を大事に扱うことなどしない。乱暴に引きちぎっていく。どうせ後で茎から実をちぎって悪い粒もあるので粒の選果をする。多少粒が潰れても問題はない。成人以下の子どもたちは収穫された葡萄の籠を運んで選果したあと、大きな木樽に放り込んでいく。
木樽は、直径が四メートルほどで高さが1.5メートル弱のスパニッシュオークの樽だ。奴隷と自由民の成人女性百人が木樽の中に立って、踏み潰している。生理中の女性は収穫に回っていて、ここにはいない。
普段は踵丈のチュニックを下着の上に着ている彼女らだが、チュニックを着ないで小さな腰布と胸帯だけを身に着けている。陽気な歌を歌いながらお互いの体を押したり引いたりして、転ぶ女や、腰布・胸帯が外れて、乳房や下半身が露わになった女もいる。木樽は二十樽が一列に並んでいた。ひとつの樽に五人ほど女たちが葡萄を潰すのに足踏みしている。ませた子供が女たちの痴態を眺めて舌なめずりをしていた。
半裸の女たちを眺めていた私とヴィーナスだが、急に後ろからソフィアとジュリアに羽交い締めにされた。ソフィアは漆黒肌のエチオピア人で、ジュリアは赤銅色の肌のギリシャ人だ。二人共私とビーナスよりも三歳年上の二十歳の奴隷頭だ。奴隷を束ねる役であって、二人共奴隷身分ではなく、二年前に解放奴隷となった自由民である。
「アルテミス!ヴィーナス!お姫様みたいに眺めてないで葡萄を脚で踏み潰せ!」とチュニックと腰布、胸帯を剥ぎ取られた。「どうせビチャビチャになるんだから何も付けないほうがいいぜ」とソフィアが言う。
ソフィアとジュリアは四十代の女ども(と言っても見た目は老婆のようだ。もう妊娠はできなそうだ)を木樽の中から追い出して、私と妹を木樽に放り込んだ。ソフィアとジュリアも素っ裸になって木樽によじ登ってきた。
素っ裸の私と妹を見て、ガキどもが「コーカサスの女って、あそこの毛も金髪だぜ。中はピンクだ!」と言っている。ヴィーナスが潰れた葡萄を手ですくってガキの顔にぶっかけた。「このませガキ!眺めてないで、さっさと葡萄を運んできな!」と叫ぶ。
ムラーの農園では、金髪で目が緑色のコーカサスの女は私と妹だけだ。ほかはヨーロッパのガリア人、カルタゴ人、落ちぶれたラテン(ローマ)人、アラブ人、ギリシャ人、エジプト人、リビア人、チュニジア人、アルジェリア人などだ。
不思議とユダヤ人はいない。ムラーに聞くと「宗教上食い物は違うし、安息日には働かねえから、奴隷には不向きなんだよ」と答えた。「まあ、あいつらはこの地方ではもっぱら繁殖用だ」とひどいことを言う。
奴隷に結婚の権利はない。夫婦になることは目こぼしされているが、本人同士が勝手につがうことはできない。旦那様が決める事実婚ということだ。あくまで、奴隷の所有者の旦那様の許可と黙認ということだ。男女の組み合わせも肌の色、民族では決めない。あくまで、健康体かどうか、無事に子供を産めて繁殖させられるかという基準で決められる。産まれた子供は奴隷身分のままだ。
奴隷はローマの行政組織に提出された奴隷の価値が金貨40枚(約200万円)とすると、奴隷所有者がその奴隷を開放しようと考えたなら、価値の5%、つまり金貨2枚(約10万円)を支払えば、その奴隷は解放奴隷という身分に昇格し、奴隷階級ではなくなる。解放奴隷は自由人となり、本人ではなく(一代おいた)その子供にローマ市民権が与えられ、民会に出席し、公職者の選挙にも参加できた。
かといって、よほどの特殊技量(器量が良いとかギリシャ人の家庭教師とか)がない限り、解放奴隷となっても生計をまともに営めるわけではない。21世紀のようにコンビニで働けるような職はない。
だから、解放奴隷はたいがいそのまま旦那様(パトロネス)の支援者(家付きの家作人、クリエンテス)でいて、農園の小作、家作に従事した。解放奴隷の子供にはローマ市民権が与えられたので、旦那様(パトロネス)が何らかの地位に立候補した時は、彼ら解放奴隷の子供は旦那様(パトロネス)の支援者(クリエンテス)となり、選挙活動をして旦那様(パトロネス)に投票した。
この点が未来のアメリカの黒人奴隷と違うのよね、と私は思う。肌の色、アフリカの黒人であることが理由で地元から拉致されて奴隷になり、強制的にアメリカ大陸に運ばれ、未来永劫奴隷身分が固定されるのではないのだ。古代ローマは、奴隷から解放奴隷、一代過ぎての自由民、生まれながらの自由民、商人、騎士、貴族という階級が循環している。そうでもなければ、奴隷の人口ばかりが増えてしまう。
だから、ムラーや農園の持ち主などの富裕階級は、毎年ある一定数の奴隷を開放する。そうでもしないと小作の自由民の人口が維持できないのだ。ムラーの場合は、二百家族、四百人の奴隷の内、二十人ほどを毎年開放してやっているようだ。百家族、二百人の小作の自由民がその分死亡するので帳尻を合わせるということだ。温情で開放しているのではないのが癪だ、と二千年後の倫理で物事を判断するんじゃない!とムラーに怒られそうだ。
私とヴィーナスがソフィアとジュリアと取っ組み合って、胸を鷲掴みにしたり、尻を捻り上げたりしたりして遊んだ。ある程度グチャグチャになった葡萄果汁と皮、果肉の混ざりあった液体は、別の手の人達が長手の柄杓ですくい上げて、木樽よりも大きな大樽に流し込んでいく。直径が十メートルほどで高さが四メートルのスパニッシュオークの樽だ。大樽で主発酵させるのだそうだ。気温にもよるが、大樽で七日から十日ほど寝かせて主発酵させる。
主発酵が終わると、ワイン液を大樽下部から抜き取って小樽に移す。これが一番搾りみたいなフリーラン・ワインと呼ばれるものだ。大樽に残った果肉や皮を含んだものは絞って別の小樽に移す。二番絞りだ。味は雑味が含まれているからフリーラン・ワインよりも落ちる。
フリーラン・ワインや二番絞りは、リンゴ酸が際立って酸っぱい。そのリンゴ酸を大麦の麦芽から作った乳清(ヨーグルトの上澄みみたいなもの)の乳酸菌の働きにより、柔らかな乳酸に変える。これでワインの酸味はまろやかになり、複雑な味となる。市場に流通している他の荘園のものは手間をかけないフリーラン・ワインや二番絞りが大部分なので、ムラーのワインはこの手間をかける分、高額になるのだ。
小樽に移してコルクで栓をしたワインを倉庫で熟成させる。ワインの質によって出荷まで数ヶ月から数年おく。その後、地中海沿岸伝いにエジプトに輸出した。同時にシリア人の発明したガラス瓶もエジプトに送った。
エジプトの商都アレキサンドリアの港で荷下ろしされた樽詰のワインは、フェニキア人の現地倉庫に保管され、倉庫で樽からガラス瓶に詰め替えられコルクで封をされた。新酒の味のままであったワインは、小樽と瓶の中で熟成が進み風味が格段に上がった。こうして、シリア、レバノン産のワインは、他の地方のワインの数倍の値段で取引された。
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収穫が一通り済んで、一同丘の中腹にある大きな泉でみな体を洗った。泉の水が葡萄果汁で真っ赤になった。透明だった水が濁ったので、これ幸いとそこここでいやらしいことをする村人のカップルが見受けられる。変な声が聞こえる。まったくおおらかというか、卑猥な社会だ。他に娯楽もないからしょうがないのだ。十二歳以下のガキどもの中でませているガキどももやろうとするが、大人に殴られる。「口と手だけにしときな!突っ込むんじゃないよ!」とガキを殴りながらその横でアンアン言いながら突っ込まれている。まったく、情操教育なんてない世界だ。仕方ないのか。
さすがにムラーのお姫様あつかいの私とヴィーナスには男は寄ってこない。「お姫様たちも変な気分だろうけど、男はダメだ。その代わりに私とジュリアで良いことをしてあげるよ」とソフィアとジュリアが後ろから私とヴィーナスを抱いて、体中を弄られた。なんてことだろう!胸もアソコも触られてジンジンしてしまう。
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だんだん陽が傾いて太陽が地中海の地平線に没し始めた。
女どもが泉から上がって、村に戻っていく。夕飯の準備をするようだ。普段は、この時間は夕食も終わり、日没になれば寝てしまう頃だが、収穫のときは、特別に松明や篝火をともして、夜通し収穫を祝うのだ。
村にはムラーから特別に羊が数匹与えられた。彼らにとって家畜の肉を食べるのは、秋と春の収穫祭、夏至と冬至のお祭りの時くらいだ。普段の食事は魚肉類とパン、チーズ、ポタージュスープ。たまに、野生のうさぎなどが捕れた時は獣の肉にありつける。
収穫祭では特別に酒もムラーから与えられた。二番絞りを発酵させたワインのアンフォラが数十本。酒に慣れていない彼らは新酒でアルコール度数の低いワインでも泥酔する。アンフォラに直接口をつけて一気飲みをするやつもいる。
村の広場には木製の一段高いステージが設けられていて、四方に篝火が灯されている。村人たちがステージの上で陽気な音楽を演奏し、男女が腰を押し付けながら卑猥なダンスを踊っている。カップルが広場脇の林に消えていく。この時ばかりは、旦那様もおめこぼしして誰彼構わずの乱交が繰り広げられる。
私とヴィーナス、ソフィアとジュリアは荘園の母屋二階にあるテラスから祭りで盛り上がる村の様子を眺めた。
マイナス
マイナスは「わめきたてる者」という意味のギリシャ語だそうだ。狂暴で理性を失った女性として知られる。彼女らの信奉するディオニュソスはギリシア神話のワインと泥酔の神である。ディオニュソスの神秘によって、恍惚とした熱狂状態に陥った女性が、踊り狂って、他の人達を巻き添えにし、暴力、流血、乱交、身体の切断に及んだ。彼女らは通常、キヅタ(常春藤)でできた冠をかぶり、子鹿の皮をまとい、テュルソス(杖)を持ち運んでいる姿でで未開時代の粗野で奔放な踊りを踊る。
出典:Wikipedia、マイナス (ギリシア神話)
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「ソフィア、私たちも村で騒ぎたいわ」とヴィーナスが横にいたソフィアに聞いた。「ダメだね。お姫様たちには危ないよ。乱交に巻き込まれるからね。それに、マイナスが来るかもしれない。マイナスに何をされるかわかんないよ」と言う。「マイナス?」
荘園の入口の方から、陽気なフェニキアの歌とは全く違う音楽を演奏する一団が近づいてきた。日本の雅楽に似ているような、低音で不気味な不協和音の弦楽と太鼓、そして歌。「そら、マイナスが来たわよ」とソフィアが荘園の入口を指さした。
Παῦσις | Ancient World Music | Ancient Greek Lyre, Rui Fu, and Bendir
マイナス?ソフィアの指さした方向を見た。半裸の二十人ほどの女たちが踊り狂いながら荘園に入ってきた。弦楽器の手持ちのハープをかき鳴らす者、平たい太鼓をリズミカルに叩く者、唸るように呪文のような歌を歌う者もいた。
マイナスたちの先頭には、長身の巫女が両手を振り回しながら踊っている。彼女らは広場のステージに近づいた。村人たちはビクビクしながらステージから降りて、マイナスたちから離れた。代わりにマイナスたちがステージに上って狂ったように踊り始めた。
村の長(おさ)がマイナスたちに捧げようと、葡萄酒の入った皮袋をたくさん持ってきて、ステージ上においた。大盛りに持った羊の焼き肉や温野菜の皿も持ってこられた。ディオニュソスへの生贄の羊も引いてきた。彼女たちは革袋からワインをらっぱ飲みした。ワインが口から溢れ出て衣装を紫に染めた。
「あいつら、いつもよりぶっ飛んでないか?ジュリア?」といつの間にかテラスに上がってきたムラーが後ろから声をかけた。「そうですかね?いつも通り頭がおかしく見えますが?」「衣装が血まみれのやつがいるぞ、ジュリア。唇の周りに血がべっとりついているやつもいる」「あ!確かに!」
「ムラー、あの女たちはなんなの?」わけがわからなかった。よそ者の女が集団で踊り狂ってよその荘園に入ってくる。なんなの?
「ありゃあ、ディオニュソス神の女信者、マイナスどもだ。ディオニュソスじゃなく、バッカスと言ったほうがわかりやすいかな。集団ヒステリーみたいなものだ。お前の時代で言うと、江戸時代のお伊勢参りのええじゃないかみたいなものだ。彼女らマイナスも秋口から冬にかけて、巡礼に旅立ち、デルフォイの神殿を目指す」
「でも、デルフォイの神殿はアポロンの神殿で、ディオニュソスの神殿じゃないわ?」
「いいや、デルフォイの神殿は、一年のうち九ヶ月はアポロンの神殿だが、冬の三ヶ月はディオニュソスを祭る神殿になるんだ。ここいらシリア地方からも巡礼する。このラタキアから小アジアを通って、アテネの手前にあるデルフォイまでざっと2,200キロぐらいだ。デルフォイの神殿がディオニュソスの神殿となる冬までには三ヶ月くらいで到着する。その道々の荘園や商家で振る舞い酒と食い物をたかって巡礼の旅をするってことだ。お伊勢参りのええじゃないかと同じだよ」
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「なぜ女ばかりで巡礼なんかするのかしら?」
「古代ローマの女の地位は非常に低い。おまえの時代のフェミニストが知ったら怒り狂うほどだ。男に奉仕する労働と繁殖のための生き物だよ。だからさすがに鬱屈する。それで、年に一度、無礼講で旅をする。道中で出会う人間たちはディオニュソス神が怖いから何をされても手出ししない。それにディオニュソス神は下層階級の人間の信仰が厚い。荘園や商家の金持ちたちが被害にあっても気にされないんだ。狂乱状態で革袋からワインをらっぱ飲みし、夜な夜な酔っては踊り狂う。集団ヒステリー状態で、蛇を鷲掴みにしたり獣を殺して生肉を食らったりするんだ」
「じゃあ、、ぶっ飛んいるけど、それが普通じゃないの?」
「あいつら、いつもよりぶっ飛んでいる。衣装が血まみれのやつや唇の周りに血がべっとりついているやつもいるだろう?俺はあの血が生贄の羊の血なのか、それとも人間の血なのか、知りたいね。俺の荘園で俺の一家のものが殺されたりするのは避けたい。それに奴らの頭(かしら)のようなあの大女を見ろ。なにか変じゃないか?」
「ええっと・・・う~ん?人じゃないような気配を感じるわ」
「妖気みたいな黒い気を感じるだろう?人じゃないものが入っているような?」
「これは・・・あんたや私みたいな?」
「ここいらオリエント世界で、俺やお前みたいな存在は他にひとつしかいない。エジプト女王だ」
「エジプト女王って、クレオパトラ?」
「そうだ。クレオパトラ七世。彼女も俺と同じ純粋知性体のプローブが憑依している。なぜかわからないが、女王の気があの大女に分けられたと俺は思う」
「ムラー!あの大女が私たちを指さしているわよ!」
「あいつも俺達に気づいたようだな。ヤバいな」
「村の人達が巻き添えになるわ」
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ムラーは「ナルセス、アブドゥラ、パシレイオスを呼べ。広場に行って、お前らは村人とマイナスの間に入れ。剣と斧、ボーガンをもっていけ。村人はもっと下がらせろ。マイナスたちを興奮させるな。適当にあしらって丁重に出ていってもらおう。暴れ出したら、遠慮なくマイナスを討て。ディオニュソス神殿の神官のことは心配しないで良い」とソフィア、ジュリアの奴隷頭二人に命じた。
「アルテミス、ヴィーナス、お前らも俺と一緒に来い。ヴィーナスは斧を持っていけ。アルテミスは素手でいい」
「私は素手なの?」
「ああ、俺とお前には武器は必要ないだろ?」
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マガジン『奴隷商人』(旧)
【小説】奴隷商人ー補足編、下書き
第1話 紀元前1世紀(登場人物)
第2話 紀元前1世紀、古代ローマの貨幣・物価
第3話 紀元前1世紀、古代ローマの奴隷
第4話 紀元前47年、古代ローマの身分/奴隷制度と寿命
第5話 紀元前47年、古代ローマの家父長制と婚姻
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