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四話 美久さん、泣く

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性同一性障害と勘違いして悩む
義理の妹に悩むぼくの物語
四話 美久さん、泣く

 翌朝、二日酔いもせずにバッチリ7時に目が覚めた。目が覚めると同時にノックもせずにカエデが部屋に入ってくる。「お兄、おはよう。起きないと・・・って、起きてるね。よく起きられたね」と言う。「カエデちゃん、ノックぐらいしてよ」と言うと、「別に兄妹なんだから、いいでしょ?」と言う。「朝食、作っておいたわ。私、朝練から開始だから、もう出かける。お兄はどうするの?」と言う。

「ぼくは、家具とか家電とか見に行ってみて、電気水道ガスやエアコンの手配をしに北千住に行ってくる」と言った。「まったく、早く家を出ていきたいみたい。カエデといるのが嫌なのね?」と言う。「そんなことあるわけないじゃないか?決めちゃったんだから、さっさと済まそうというだけです」「まあ、いいわよ。お兄の決めたことですから。じゃあ、朝食の後片付けはお願いね」と言い捨てて部屋を出ていってしまう。玄関のドアがバタンとしまった。

 父も(義理の)母も出張で家にいないのだ。妹とは言え、義理の妹。それも美少女の高校二年生と一緒の家では少々モジモジしてしまう。

 まったく人の気も知らないで。「早く家を出ていきたいみたい。カエデといるのが嫌なのね?」だって?違うよ、カエデちゃん、「カエデといるのが嫌」じゃなくて、「カエデを好きになってしまったら、というのが嫌」なんだ。男の子の気も知らないで、何をいっているんだ、この女の子は。

 時々、休日にカエデちゃんと買い物に行ったりするけれど、最近どんどんボディータッチが激しくなってきた。昨日も美久さんは腕を組んで胸をおしつけてきたけど、似たようなものなのだ。頭が沸騰してしまう。ドキドキする。

 ぼくは童貞なんだ。年齢イコール彼女いない歴というわけじゃない。一線を超えないだけで、一応の経験はある。一線を超える機会だってなかったわけじゃない。だけど、古風なのかなあ、一線を超えるほど好きになるというのがどういうことなのかわからない。もしも、一線を超えるほど好きじゃないのがわかった相手と一線を超えてしまったら、相手に失礼だし、ぼく自身の感情の持って行き場がわからないのだ。だから、ぼくは童貞なんだ。

 でも、カエデちゃんや美久さんだと、その決意がどうなるかわからない。予感がするのだ。来年度は大学二年になる。いい契機だし、一人暮らしという理由もある。美久さんにはこの理由は言わなかったな、と思い出した。

 手早く、シャワーを浴びて着替えをした。ネットでミニマリストのサイトから、家具や家電を見ていった。物を持ちたくなかったし、家から本なんかをあまり持って行きたくなかった。パソコンが有れば大概は用事は足りるのだ。部屋はそのままでいいよ、と両親は行ってくれている。その内帰ってくるんだろうと思っているようだ。ぼくにもそれはわからない話。

 ネットではいろいろ出ていた。北千住の駅近くに家電量販店とか家具屋はたくさんあるが、設置の必要のあるエアコン以外、ミニマルの最新型の家具や家電はもっと大きな量販店がいいだろう。北千住マルイの七階に東急ハンズがあるが、小さい店だから品揃いが乏しい。

 ネットではいろいろと書いてある。「ミニマル(Minimal)とミニマム(Minimum)は違う」ふんふん、なるほど。洋服などは作り付けのクローゼットで充分だ。プラスチックコンテナで仕分けして押し込めばいい。吊るすとスペースが無駄だ。リビングとダイニングはないんだから、六畳間は伸縮自在のテーブルを置く。テレビはノーパソのセカンドテレビと兼用の壁掛形だ。天井から床までのアクセサリーで壁に釘を打たなくても済むようにしよう。チュナー付きでもったいないがNHKとは契約。ワイヤレスHDMI送受信機セットを買って、ケーブルとはおさらば。ベッドはいらない。マットレスで充分。ロフトの四畳で寝ることにする。キッチンはできるだけ少ない調理用具でまかなう。電子レンジはいるな。これは大容量としよう。よし。

 などと構想はできた。1時半になってしまった。美久さんには3時と行ってある。もうでかけよう。井の頭線で渋谷に出て、美久さんの推薦のようにメトロで移動したら1時間弱で着いてしまった。早いけれど美久さんのお店に行く。

「こんにちは~」とお店に入ると、美久さんがいた。いたんだけど・・・
「美久さん、そのファッション。ギャル系はどこに行ったの?」とぼくは驚いた。落ち着いた格好をしているんだもの。おまけに髪の毛を黒に戻している。

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「え?タケシさん、に、似合わないですか?」と聞くので「似合うも似合わないもぼくの好みなんですけど」と言った。
「本当?お世辞じゃなく?」と真っ赤になった。「うん、お世辞なんてマイクログラムもないです」と答えた。「あ、ありがとう。こんな格好どうかな?なんて思っちゃって。イメチェン」
「ちょっと早いけどいいですか?」とぼくが聞くと「電気水道ガス、ここに捺印と署名するだけ」と書類を出した。「え?手続きしてくれたの?」「うん、早いでしょ?早く済ませれば、買い物一緒にできるかと思って。差し出がましかった?」というので「ありがとう。思っても見なかった」と答えた。全部の書類に捺印・署名する。

 美久さんによると、エアコンはあのアパートの出入りの業者さんがいつも工事するそうだ。六畳間に設置すれば上のロフトまで冷えるとのこと。工事費は本体含めて6.5万円。新聞とNHKは係員が押しかけてくる。保険屋もおしかけてくる、とのこと。敷金・礼金はこれだけ。というので、ATMで30万円おろしてきたけど充分余ってしまった。

「あれれ、20分で済んじゃった」「イヤじゃなかったら、私と一緒に買い物にいけるでしょう?」「もちろん、全然イヤじゃないです」「じゃあ、行きましょうか」と言って、お店の奥の方に「お父さん、お客さんと外出してきます。引っ越しのお手伝いです。お店、お願い」と怒鳴った。奥から美久さんのお父さんが出てくる。ウールのズボンに横縞のセーターを着た、ぼくが勝手に思っている典型的な不動産屋のオヤジが出てくると思っていたら、アイビールックの男性がパイプをくわえて出てきたのだ。驚いた。

「ああ、いらっしゃいませ。美久の言っていた学生さんだね」とぼくをジロッと睨んで品定めして、ニコッと笑った。「なんだ、美久、おまえと違う世界の人みたいじゃないか?と、おっと失礼」とぼくに一礼した。「そうか、それで、今日はそんな恰好なんだな。わかった、わかった」と美久さんに言った。「お父さん!何がわかったのよ!とにかく行ってきます!」と美久さんは言うとぼくの腕を引っ張って店を出た。

 ぼくは父と同じく流行にとらわれない。昔ながらのアメトラの服装。今日の美久さんもぼくとマッチしたファッション。だれが美久さんをヤンキーとかギャルと思うだろうか?絶対に大学生のカップルそのものだ。

 行きがてら、美久さんに家具と家電の構想の説明をした。それで駅の近くの量販店から初めて、銀座と東京に出て、家具と家電を買っていった。今度の土日に送ってもらう手配をした。最初から、美久さんはぼくに腕を絡めっぱなしだ。恥ずかしい。

 普段は買い物など、家を出る前から買うものを決めているので、あっという間に終わってしまう。でも、美久さんといると、あれもみて、これもみて、関係のない美久さんの好きな小物を見て、という感じで楽しめた。デパートも行こうよ、と美久さんが言うので、デパートに行って、見て歩く。

 小物屋に季節外れのクリスマスのスノーボールがあった。彼女が手にとって、じっと見ているので、取り上げてキャッシャーに持っていった。店員さんに「ぼくの好きな女の子へのプレゼントなんです。綺麗にラッピングできますか?」と聞く。キャッシャーに近寄るでもなく、美久さんはその会話を聞いていて、耳まで真っ赤になった。

 店を出た。ラップされてリボンを付けられたスノーボールの入っている紙の手提げ袋を美久さんに差し出した。「ぼくの好きな女の子にって包んでもらったんだ。スノーボールがその女の子の手元に行きたい、って言っているから、もらってください」と美久さんに手渡す。

 美久さんは、ビックリしたことに涙目になっている。「私、私、彼氏からスノーボールをプレゼントされるのが夢だったの。大事にします」と受け取って片手に手提げ袋をかけて、鼻をすすった。

(ヤンキーってこんなに可愛いんだっけ?信じられない)


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