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96歳現役農家!工夫を重ねて暮らし続ける|しもかわ人名鑑

今回は下川でのリアルな暮らしぶりを町内の方にお話ししていただく、しもかわ人名鑑。今月は下川で一番長く現役を続ける96歳農家の岩見正光さんです。(取材日:2021年12月)


戦後持っていた農地を全て売って、下川へ移住

山までが岩見さんの農地で、休憩中には山へキノコなどの山菜を採りにいくそう。

 63年前、下川に土地を買ったことをきっかけに移住したのさ。

 郡上で学校を卒業後、16歳から稲作や畑作をしていてね。畑ができない冬場は造林の仕事やお菓子工場なんかにも働きに出たりしていたんだよ。18歳の時に戦争が始まって、そのときは愛知県で戦闘機のエンジンを 作る工場で働いていたよ。

 戦争が終わったころ、親戚が北海道で造材師をやっていた話を聞いたので、北海道に興味を持ったのさ。一度遊びに行ったら、「下川の土地を買わないか」って誘われて。郡上に持っていた農地や家も全て売って、下川に土地を買い、移住したんだ。3月に引っ越してきたけど、当時はどこが自分の土地なのかもわからないくらい雪深くてね。

農家としての暮らし

 農家としては、稲作・てんさい・ジャガイモ・あずき・ そば・カボチャ・トマト・ビートなどを作ってきたかな。今はカボチャと加工用のトマト、手間のかからないそばを育てているよ。

 移住した当時、家の裏には汽車が走って、バスも1時間おきに走っていたので、車なんていらないと思っていたんだけどね。でも、近所の農家さんから追加で農地を買わないかと声をかけてもらったことをきっかけに、50 歳で運転免許を取って、トラクターを買ってね。ここ上名寄でトラクターをもったのは 2人目だったんだよ。

 カボチャはうまく作れないと「水カボチャ」という、中身が水ばっかりで小さな穴を開けると水が出てくるようなカボチャになってしまうので、JAでも買い取ってくれないんだ。

 でも昔から「岩見さんのカボチャは味が濃くて美味しい」と評判がよくて、一番作っていた時は17トンほど出荷していたんだ。現在は1,000 本の苗を植えて 3 トンくらいの出荷かな。

 他に力を入れていたのはビートかなあ。面積あたりの単価がよかったから、畑の一部でビート作ってみたんだ。上名寄で初めての挑戦だったけど、すごくいいものができて、そこからビート畑の場所を広げてね。

 国の施策で稲作休耕中に畑作に力を入れると休耕奨励金がもらえたんだけど、団体の方がもらえる額が大きいことに気づいて。せっかくならと思って、上名寄の農家さんでビート作りをしたい人を14軒集めて、ビートを作る組合を作ったんだ。その時は組合長もやっていたね。

工夫で身体を動かし続ける

手作りの農業道具を見せてくれた岩見さん。持ち手のところで肥料量の調節ができる。

 妻が亡くなってから10 年。農業もご飯づくりも薪の風呂も 1 人でやってきてね。大きなトラクターを制御できず運転できなくなった時に、歳をとったなと感じたなあ。今年は息子が下川へ来てくれて、本当に助かったよ。

 でも、重い肥料を撒く作業なども、背負う道具を手作りしたり工夫しながら続けてきたんだ。何もしないでいると身体がダメになるように感じるから、身体を動かすことを大事にしていてね。農業のできない冬場は、薪割りや除雪をしているよ。

 そのおかげか、走行中に逆走してくる車とぶつかる事故に遭ってもケガは打撲のみ。3 週間で退院するくらい身体が丈夫なんだ。最近の楽しみは上名寄敬老会で毎週火曜日にやっている麻雀に行くことかな。

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 取材の途中では、これまで全ての支出をまとめたノートも見せてもらった。毎年こんなに細かく管理しているからこそ、いつまでもおいしい野菜が作れるのだろうか。

 体力の道具の工夫など、自分に合った方法をいつまでも探し続ける岩見さんの姿勢は、人口減少率が道内1位となる不名誉な過去があっても諦めずに新しいことに挑戦する下川町の姿と重なった。
text:megumi kojima

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