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閉鎖戦術級魔導征圧者決定戦 #8

 

 戦況は動く。強烈極まる抜き打ちによって呪弾式数個を粉砕したレンシルは、そのまま弩矢のように突進。魔王に肉薄する。
 後方では、強大なる破壊力を封じ込めた回転儀が、ゆらりと移動を開始していた。剣魔術士を追っている。
 追われる当人は、気づいていない。
 少年は直感する。
 やばい。
 焦燥に浸食されつつある頭で必死に対応策をひねり出す。眼前の無数の円環すべてがレンシルを狙うとなると、自分が展開できる限りの呪力を込めた障壁術法をもってしても、到底防ぎきることはできない。
 ならば――!
 それは賭けであった。確実に功を奏するとは言いがたい手段であった。だが、姉を救う手段は他にない。
 低く魔導構文を唱える。魔術的な知覚の眼を開く。空間に内在する、無秩序でまとまらぬ力を、とある自然現象に見立てて意味付ける。同時に石畳で舗装された地面に両掌を打ち付けた。掌から地下へと“根”を張り巡らせるかのように、精錬させた力を行き渡らせる。この都市の地盤は、砂の粒子同士が噛み合いながら骨格のようなものを形成して地表を支えている砂地盤だ。広範囲に張り巡らせた“根”の、ちょうどレンシルの真下に位置する一点に、ありったけの力を集中させる。
 そして一気に起爆。
 魔力の流動を、現象としての高周波振動に変える。砂粒子の骨格を粉微塵に粉砕する。崩壊のしらべ。局地的な液状化現象。
「きゃぁっ!?」
 間一髪だった。
 レンシルの周囲を包囲した無数の円環が呪弾式を解き放つのと、石の舗装が崩れて彼女の体が泥の中へ沈み込むのは、ほとんど同時だった。

 ●

 これは死んじゃったな、と他人事のように確信していた、はずなのだが。
 標的を失った大量の呪弾式が、空間のある一点で同時に激突し、魔力の飛沫を爆発的に散華させる。その一点とは、もちろん自分が直前まで存在していた位置である。
 足下で前触れもなく出来上がっていた“石塊の泥水和え”に身を浸しながら、レンシルは花火のように幻想的なその光景を呆然と眺め上げていた。何が起こったのかさっぱりわからなかった。
「姉貴!」
 聞き覚えのある声が、意識を急激に覚醒させる。慌てて身を起こそうとして、泥に足を取られる。すり鉢状に抉れた地面の中で、砕けた敷石と泥水と自分がごっちゃになっているようだ。
「馬鹿な。なぜ無関係な人間がここにいる」
 窪地の縁に立つウィバロが、その深淵のような瞳に微かな驚きを顕し、こちらよりも上の位置に視線を向けていた。
 しかし、何かに思い当たったのか、顔を自嘲とも苦笑ともつかぬ形に歪める。
「そうか……君もまたアーウィンクロゥの字名を持つ者であったな」
「勝手に納得すんな! どういうことだよ、ウィバロの爺さん!」
 再び聞き覚えのある声が響く。レンシルは、魔王が見ている方向に眼をやる。反対側の縁には――案の定、エイレオが眉を鋭くつり上げて身構えていた。
「エイレオ、さっさと逃げなさい! あんたの敵う相手じゃない!」
 ウィバロが自分を殺そうとしている以上、弟には殺意を向けない、などという保証はどこにもない。
 しかし少年は動かない。
「……いや、殺られかけてた奴に言われても説得力ねぇし」
「なんですってぇ!?」
 言い返そうとした所で、不意に魔王の動く気配がした。
 姉弟は瞬時に敵へ警戒を向ける。
「ッ!」
 ウィバロは背を向けて歩み去ろうとしているところだった。
「おい止まれよ!」
 エイレオは、激しく揺らめく火球を宿した掌を向けながら、制止した。彼はレンシルやウィバロと違い、純粋な力の顕現としての魔術を行使できるほどの位階にはないので、何らかの自然現象を象った形でしか魔力を把握し展開させることができない。この場合、火炎になぞらえた魔術を用いている。
 意外にも、ウィバロはすんなりと歩みを止めた。
「導師アーウィンクロゥ…いや、導師レンシル」
 背を向けたまま、男は訥々と語りかけてくる。怖気の走るような闘気は、跡形もなく消えていた。唐突の豹変。
「え……」
 不可解な変貌に戸惑う。
「儂は…うつけ者だ。一時の血の迷いに駆られて…貴女にも家族がいることを忘れていた…」
 殺意が去った跡には、抜け殻のような老人がいただけだった。その瞳にあったのは、憧憬のような共感。苦痛のような倦怠。
「突然の凶行…さぞ驚かれたことと思う。謝って終わるものでもないが…すまなかった…」
「は、はぁ……」
「この上恐縮だが…一つ…頼まれてはもらえないだろうか…」
 言いながらこちらに振り返り、よたよたと歩み寄ってくる。エイレオが緊張に身構えるのが気配で分かった。
 だが、レンシルは臨戦態勢を解いた。いまやウィバロは覇気の抜け切った老爺にしか見えず、危険があるようには思えなかった。
 ――これが、本当にあの“魔王”なの。
 心のどこかで愕然とする自分がいる。
 ウィバロは懐から何かを取り出し、窪んだ泥沼の縁に置いた。眼を凝らすと、白い半円形の呪媒石に、恐ろしく細かな術式を彫り込んだ代物だった。しかし、それがいかなる効果を持った魔導構文なのか、いくら眼を凝らしても把握できない。
「これを…孫に…フィーエンに…手渡して欲しい…」
 呪媒石――古賢竜類の化石化した脳皮質から切り出した物体。それ自体に極大容量かつ半永久的な情報保存能力と演算能力が備わっており、魔導構文ではなく竜の思考言語によって意味付けた魔力を流すことで、情報の入出力を行うことができる。

【続く】

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