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秘剣〈宇宙ノ颶〉 #10

  目次

 遮二無二、駆ける。
 我武者羅に、駆ける。
 夜の明かりに浮き上がる街を、疾駆する。
 腹の底から這い登ってくる悪寒に、突き動かされるように。
 ……なにしろ目立つ風貌だ。
 刀を持っている隻眼の婆さんなんて、強烈に目立ちまくる
 道ゆく人々に片っ端から聞いていけば、すぐ捕まえられるだろうと思っていた。
 しかし――
 見つからない。
 誰も彼も、そんな姿は見ていないと言う。
「……くそっ、なんなんだよ!」
 荒く息をついた。
 体が酸素を渇望している。
 膝に手を突き、呼吸を整えた。
 ――なぜ誰も見ていない?
 そんなことがありうるのか?
 いや、ひょっとしたら、婆ちゃんは家から出てなどいないのかもしれない。
 襖の中にでも隠れていたのかもしれない。
 他愛ない笑い話として片付けられるような事柄なのかもしれない。
 ……そんなわけあるか!
 真剣が持ち出されているというだけで、もうただごとじゃない。
 ぼくは身を起こし、前を睨みつける。
 視界の端で、紺色の影を捉えた。
 あれ……
 何故か、いま、ありえない姿を見たような……
「……っておいおい」
 彼女じゃないか!
「先輩!」
 ぼくは駆け寄った。
 紺色のブレザー制服の人物が、こっちを振り返った。
「あ……」
 一瞬眼をまん丸に開き、バツの悪そうな顔をする。
「どうしたんですか、あんなことがあった後なのに」
「う、うん、ちょっとコンビニに……」
「無用心だなぁ」
「そ、それより、キミこそどうしたの?」
 そうだった。
「ウチの婆ちゃん見ませんでした?」
「師匠? 見てないけど……どうしたの?」
「家に帰ったら行方不明になってました」
「……大変じゃない!」
「えぇ……」
 彼女は両手で作ったちいさな握りこぶしを持ち上げた。
「わかった。わたしも探すっ」
「何言ってるんですか。女の子がこんな夜遅くにウロウロしちゃいけません」
「今度は大丈夫! これ、借りるね」
 念のために持ってきておいた、刀袋入りの木刀が、いともあっさりと彼女の手に奪われていた。
 ううむ……
 まぁ確かに、あらかじめ得物を持って心機を臨戦状態に置いているなら、父さんクラスの達人か、銃でも持ち出されない限り、まったく負ける要素はない、とは言える。
「……わかりました。でも、またさっきみたいに絡まれたら、撃退するより逃げることを先に考えてくださいね」
 相手のためにも。
「わかってるって! じゃ、わたしはあっちを探すねっ」
 ぼくたちは別れた。

 ●

 一時間ほど探し回ったのち、ぼくらは霧散家の近くで合流した。
「どうでした?」
「ダメ……」
 二人して肩を落とす。
 と――
「ん……?」
 妙に騒がしい。
 複数の男の声が、どこかからか漂ってきた。
 先輩の緊張が、空気越しに伝わってくる。
 野太く、獰猛な、父さんと似た匂いのする声だ。もっとも、あれほど突き抜けた何かは感じないが……
 数が多い。何かを威嚇するような調子だ。あの角のむこうから聞こえてくる。
 喧嘩、だろうか。関わるつもりはないのできびすを返す。
「……!?」
 ――と。
 今、何か――
 怒声に混じって、聞き覚えのある声が……

 ……ァ~……

「ッ!」
 婆ちゃんの声!?
 嘘だろ!?
 ぼくは地面を蹴った。全速力で曲がり角まで向かう。
 そして、地獄を見た。

【続く】

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