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プリオンの褥で君を待つ

 佳那美の命を奪った子宮内膜癌の腫瘍を密かに培養して、七年が経った。

 フォークを刺し、オペの時のように慎重かつ大胆な力加減でナイフを入れる。
 すん、というわずかな抵抗の後、ほろりと解けるように刃を受け入れた。
 独特の質感に目を細める。
 玉ねぎのみじん切りと赤ワインを煮たてたソースをたっぷりと切り身に乗せ、口の中に運び込む。
 牛脂とともにミディアムに調理された悪性腫瘍は、生食時の頑固な硬さをすっかり失い、むしろ絹のような食感だ。
 玉ねぎの甘みの中を一瞬瑞々しい苦みが走り、それらがスッと抜けた後に重層的な旨みがあふれ出てくる。
 佳那美が味わった痛みと苦しみが溶け出しているとしか思えなかった。
 頬を、涙が伝う。
 最初は愛から来る行動だったはずだ。
 彼女をいつまでも忘れないための。
 なのに。
 噛みしめる。唾液が大量に分泌される。美味すぎる。意味が分からなかった。がん細胞だぞ?
 私が殉じているのは、本当に愛か?
 スマホが震え、床に落ちた。急患だろうか。
 拾い上げようと身を屈めると、画面に見覚えのない文字。
【食欲に負けて妻の死体をいつまでもしゃぶる鬼畜】
 何度見直しても文字列は消えなかった。
 着信音。
 震える指で赤い通話ボタンに触れる。
『答えを知る方法は一つしかない』
 呼吸が止まった。
 声が。
 その、声は。
『今すぐにそこを離れろ。七年もかけて肥え太らせやがって。エピジェネティック受胎臨界をすでに越えている。とっくに感知されてるんだ!』
 その、華やかな声は。
 唇が震える。
 言われていることの意味はよく分からない。
 だが、彼女の頼みに首を振るなどありえない。
 私は背後のスキャフォールド型3D培養槽を担ぎ上げると、全力で玄関を目指した。
 直後、窓ガラスが白く濁って砕け散り、湿った音と共に何かが降り立った。
『お前に手術をしてほしい存在モノがいる。だから、生きろ』
 私は、それを、直視した。

【続く】

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