ようこそ
ヴォルダガッダ・ヴァズダガメスの人生には、寝惚けながらでも殺せる「問題外」と、どうあがいても殺せぬ「規格外」の二種しか現れることはなかった。
そのことが、大きな悔いとなって悪鬼の王の魂を蝕んでいる。
『う……グ……』
ヴォルダガッダが意識を取り戻したとき、真っ先に感じたのは奇妙な浮遊感だった。
己の体重を、感じない。初めて経験する異常事態に、意識が一気に覚醒する。
『おや、ようやくのお目覚めか』
間近に聞こえた声に向け、反射的に裏拳を薙ぎ払う。
人族の家屋を一撃で粉砕できる威力の一撃だったが、何の手ごたえもなかった。
『相変わらずだな、お前は。状況確認よりも先に手が出るとは』
低い笑い。その声を、ヴォルダガッダは知っていた。
『テメェ……〈鉄仮面〉……ッ!!』
反射的に振り返り、立ち合がる。だが――両足に重力の負荷はなく、そもそも何の感触もない。
そうであるにもかかわらず、視点はちゃんと上昇し、何の支障もなく立ち上がれた事実に、ヴォルダガッダは戸惑った。なんだ? 何が起きている?
『もうその名は捨てた。ギデオンと呼んでくれ。さて、目が覚めたところで周りを見渡してみるがいい』
『あァ!?』
ぼんやりとした黄金色の薄明に満たされた、静かな場所だった。
波ひとつない水面がどこまでも続き、ところどころに石碑や無機質な樹木のようなものが生えていた。あるいは、かすかに発光する石材を積み上げて、神殿や劇場にも似た建造物が建っているところもあった。
『よもやお前までここに来ることになるとはな。まぁ、最後は幽骨で体を形作っていたほどだったしな』
『なンだよ、こコはよ!!』
『幽世だよ。死んだ後に行きつく場所さ。もっとも、オークがここに召されるなど前代未聞だが』
『ワかんねえこトほざいてんじゃネえぞ……ッ!!』
強く、念じる。赤黒い神統器が、この掌に来たるよう。
タイムラグもなく、鏖殺の戦鎌が両腕に顕現した。
『驚いた。お前はまだそれに見放されていないのだな。私はもうとっくに〈黒き宿命の吟じ手〉を召喚できぬよ』
『じゃア好都合ダな。テメェは今ここデ八つ裂きにすルッ!!』
瞬速の踏み込み。紅い斬撃が幾重にも交錯し、空間を細切れに引き裂いた。
『父上っ!』『ギデオンさまっ!』
二種の甲高い声がしたので、そちらに向けて鎖鎌を投擲。高速回転する刃が、間違いなく叫んだ者らを真っ二つにした。
だが。
『うん、良い闘志だ。立ち塞がる者も、声を上げただけの者も、皆殺しか。ひたむきだな、お前は』
まるで立ち上る煙が人型を成していただけだとでも言うように、ギデオンの体は何の抵抗もなく引き裂かれ――直後に人影は元の形を取り戻した。
その顔が、横を向く。
『シャロンに、トアン。少し離れていなさい。私はこの友人と久方ぶりに遊ぶ』
『いえ……シャーナも今は寝てるし、ここで見てるわ。ずいぶん、その、風変わりなお友達ね』
『あぁ。見てくれはいかついが、これでけっこう可愛らしいところもあるんだよ』
『そ、そう……』
『ギデオンさまの可愛いが僕にはよくわからない……』
見ると、少女と青年の姿をした幻炎らが、石畳の一角にちょこんと腰を降ろしていた。
身を寄せ合って、興味深げにこっちを見ている。
少女の腕には、嬰児が布に包まれてすやすや眠っていた。
青年の方が朗らかに笑って、話しかけてきた。
『ねえ君、僕はトアン・ラナンキュラスって言うんだ。君のお名前は?』
『黙レッ!!』
再び鎖鎌を薙ぎ払うが、二人の姿は切断された次の瞬間には復元している。
『言ったろう。ここはあの世だ。肉体がないのだから加害行為など成立しない。だが――合意があればその真似事はできる』
殺気。
ヴォルダガッダは反射的に神統器を掲げた。
硬質の悲鳴。火花。
そして両腕に手ごたえ。
『ふッ!』
次の瞬間には体重をかけていた方の脚を払われ、バランスを崩したところに肘打ちを喰らう。
息を詰まらせながらも飛び退り、体勢を立て直す。
『どうしたどうした、油断したか? 必要に応じて「体重」や「慣性」を思い出せ。それが幽世での戦いの鉄則だ』
『テめッ!!』
ギデオンは、いつの間にやら剣を手にしていた。黒き神統器ではない。エルフ騎士たちが持つ普通の幽骨剣に酷似している。
『百年以上握ることはなかったが、魂は覚えているものだな。さぁ、心ゆくまで付き合ってやろう。お互いに霊体。条件は五分だ。どちらが強いかはっきりさせようではないか』
ヴォルダガッダは咆哮を上げ、ギデオンに襲い掛かった。
無数の火花が散り、裂帛が大気を引き裂く。
『私で終わりではないぞ、ヴォルダガッダ。オブスキュア一万年の歴史を甘く見ない方がいい。私と同様、武にかけて天与の才を持つエルフは何人もいたし、その全員がこの世界にいる。そして〈運命の巫女〉にして我が孫たるシャーナの入滅によって、幽世の閉塞と停滞はある程度の解決を見た。我らは成長するのだ、ヴォルダガッダ。時の果てまで、お前を飽きさせることはない』
陽炎のようにとらえどころのない体捌きでヴォルダガッダを翻弄しながら、ギデオンは苦笑した。
『ようこそ、我が友。ここがお前の救いだ。永劫に闘いながら、私と共にトウマやフィンくんの行く末を見守ろうではないか』
突き動かされるように、ヴォルダガッダは攻勢を強めた。灼熱の殺意が胸で燃えていた。
――あぁ、ここは。
踏み込み、旋回し、振るい、防ぎ、牽制し、突き飛ばし、薙ぎ払い、追撃し、吶喊し、躱し、背を斬られ、足を斬られ、意に介さず刃を振りおろし――
そして今、自分が言葉にできない何かを得たことを知った。
ずっと魂の底で望んでいたもので、しかし決して届かぬと諦めていたもの。
――空漠の荒野に、似ているな……
思い描いて生きてきた理想郷が、今はもう、こんなにも近くにある。
殺し合う。永劫に。言葉よりも濃密な会話を続ける。
苦痛という言語で、永遠に語り合う。
『アぁ……』
俺は、今、生きている。
その実感が、ヴォルダガッダの眼に熱い雫を生じさせる。
安らぎを、得る。
システムメッセージ:ヴォルダガッダ・ヴァズダガメスの情報がすべて開示されました。
◆銀◆サブキャラ名鑑#3【ヴォルダガッダ・ヴァズダガメス】◆戦◆
二十一歳 性別なし 戦闘能力評価:A-
虐殺の化身。血の神アゴスの預言者。屍の山で孤高に憂う獣。
最強オーク。オーク社会は殺し合いを日常としており、二十を越えて生きる者は極めて稀。オークの中で初めて宗教を作り出した預言者。オーク史上最高の天才でもあり、兵站や指揮系統の重要性に気付く。自身の破壊欲や殺戮欲をうまくコントロールし、オークという種族全体のための冷静な打算が立てられる。我欲よりも民の幸福を先に考えられることから、神統器〈終末の咆哮〉に選ばれた。一方で、周囲の舎弟どもが自分より遥かに弱い状況に飽き飽きしており、未知の強敵との殺し合いを強く望む。〈鉄仮面〉と〈道化師〉を全面的には信じておらず、機を見てブチ殺すつもりである。
所持補正
・『混沌の闘士』 自己完結系 影響度:B
世界の均衡を〈混沌〉の側に傾けるさだめ。生物・無機物・概念・社会制度を問わず、何かを破壊するために力を振るう際、戦闘能力がワンランク向上する。逆に何かを守るために力を振るう際、戦闘能力がワンランク低下する。
・『逆境無頼』 自己完結系 影響度:B
リスクジャンキー。背筋が凍るような極限の戦いの中でこそ激しく燃え立つ魂。自分より戦闘能力評価の高い相手との戦闘で、戦闘能力がワンランク向上する。状況が悪化すればするほど、さらに力が向上しうる。ただし負傷による能力の低下をなかったことにするわけではない。
・『相克の修羅』 因果干渉系 影響度:S
生涯の宿敵を見出し、相討ちとなって果てるさだめ。殺意と言う名の絆をよすがに、彼は最期には孤独から解放される。
小説が面白ければフォロー頂けるとウレシイです。