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かいぶつのうまれたひ #2

  目次

 ある朝、タグトゥマダークが異様なる夢より目覚めると、彼は己の頭からネコ耳が生えていることを発見した。
「ひぎぃっ!」
 彼は鏡を見た瞬間、変な叫びを上げてひっくり返った。
 風呂場のタイルに頭を打ちつけ、のたうち回る。
「お、お、おおお落ち着け僕! おち、おちおちつくんだゴハァッ!」
 言ってる間に足を滑らせ、泡を吹いて尻餅をつく。
「寝ぼけてるんだ! 僕は寝ぼけてるんだッ!」
 寝ぼけてる、寝ぼけてる、と自己暗示を幾度もかけてから、恐る恐る起き上がり、再び鏡を覗き込む。
 若干タレ眼気味なものの、整った青年の顔。
 ――いつも通り。
 色素の薄いブラウンの髪。
 ――今日も決まってる。
 髪の毛の中から生えている、ピンと伸びた縞々のネコ耳。
 ――超ラブリー。
「こ、こ、こ、コアアアアアアァァァァァっ!」
 鶏の断末魔みたいな叫びを上げながら泡を吹いてぶっ倒れた。風呂場のタイルに頭をぶつけてのたうち回った。
「お兄さま? どうかなさいましたか? 自分が実はハゲだったことにようやく気づかれたんですか?」
 風呂場の外から、小さな鈴のような声が聞こえてくる。
 っていうかいきなりひどいな。
「ななななんでもないよ夢月むつきちゃん! ホント心配ないから! あと僕ハゲてないよ! 生えてるよ! 豊作だよ!」
 むしろ余計なものが生えちゃったから困っている。
「ならいいのですけれど……もうちょっとで皆様が起きてこられます。朝ごはんの支度を急いだほうが良いかと。お兄さまの存在価値なんてそれだけなんですから、きちんとしませんと」
 それにしてもひどいことを言う。
 タグトゥマダークは、自分の妹がいつからこんなマルキ・ド・サドな性格になってしまったのかよくわからない。
 人形のようにちんまい女の子で、御歳は十歳。常に赤い着物姿で生活するという古風な趣味を持ち、それがまた抜群に似合う。座敷わらし的な可愛らしさとでも言えばいいか。タグトゥマダークは控えめに言ってシスコンじみた愛情を注いできた。
 ……のだが、どこで何をどう間違えてしまったのだろうか。
 しかし、今はそんなことを思い煩っている場合ではない。
「わ、わ、わわわわかってるよ夢月ちゃん! もうちょっと待ってもうちょっと! 冷蔵庫からタマゴ五つ出してボウルに割っといて!」
「あらあら……この私を使おうなんて、お兄さまは何さまかしら? 神?」
「どれだけ自分を高く見てるんだキミは!」
 しずしずと歩み去ってゆく足音を尻目に、タグトゥマダークは青ざめた顔で鏡に向き直った。
 相変わらず、そこには「猫耳の生えた男」という存在価値が微塵も見出せない生き物が映っていた。
「……どうしよう……!」
 ……数分後、タグトゥマダークはターバンのごとく頭にタオルを巻き、恐る恐る風呂場から出てきた。
 歩くたびにギシギシ言うボロ借家の廊下をなんとなく抜き足差し足で通過しつつ、必死に思考を巡らせる。
 ――どうなってるんだ……! 昨日なんかあったっけ!?
 しかし、別に肉体を変異させるケミカルX的なものを飲んだ覚えはなく、悪の組織に拉致られて脳改造の直前で脱出した覚えもない。
 というか客観的に言って悪の組織は自分たちである。
 では《ブレーズ・パスカルの使徒》にこのような肉体改造を施す技術があったのかと言うと…………正直あったかもしれないが、少なくとも男をネコ耳化させて喜ぶような特殊すぎる趣味の輩はいない。
「…………はずだけど」
 十二傑の濃すぎる面々を一人一人思い出すうちに、だんだん自信がなくなってゆくタグトゥマダーク。
 現在、このボロ借家で寝泊りしている人間は、五名。
 ヴェステルダーク、ディルギスダーク、セラキトハートこと鋼原射美、タグトゥマダークこと自分、それから夢月だ。
 ――それにしたってなぜ僕なんだ! どうせやるなら夢月ちゃんと射美ちゃんだろ!
 射美と自分の妹がネコ耳化した姿を思い浮かべてみる。
 思い浮かべてみる。
「……うわあエヘヘ」
 頬がニヤついた。
「うんうん、いいよそれ、問題ないよ何の問題もない、むしろイエスだね! 超イエスだよそれ!! 本人も喜びそうだし!!」
「タグっち~! 朝ごはんま~だ~?」
 突如響いてきた射美の声にビクゥゥッ! と体を強張らせる。
 ――もう起きていたのか!
 その衝撃で乱れたタオルを神経質に直すと、
「あ、うん! すぐいくから待ってて!」
 ――とりあえず、料理をして落ち着こう。
 そう心に決めると、タオルの端をしっかりと結び固め、台所に急いだ。

 ●

 どうあってもそりの合わない奴というのはいるもので、そういう輩は分かり合おうという努力を嘲笑うかのように背格好や立ち振る舞いのことごとくがこちらの神経を逆撫でしてくる。
 しかもその者が半端に自分と似ていたりするともう最悪で、なにやらこの世のすべての対立概念を自分と相手が背負って立ち、対峙しているかのような錯覚にすら陥ってしまう。
 似ているけれど違う。
 違うけれど似ている。
 自分の醜悪なパロディを見ているかのような気分。

 やがて――
 運命は、彼らを引き寄せる。

【続く】

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