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代償なき奇跡はあらず

  目次

 曰く、死者蘇生、不老不死、真理の感得、原罪の滅浄、身体の天使化――
 無論、セツ人たちのテクノロジーが解き明かした大秘術アルス・マグナは白銀錬成までであり、そのような神の御業のごとき成果は黄金錬成クリュソペイアのみが可ならしめる。
 とはいえ、霊薬エリクシルが無理であっても、万能薬パナケイア程度ならば出来なくはない。
 円環状の第五元素生成システムが自転・公転の速度を増し、まばゆい光を放ち始める。

「リーネどの、大丈夫であります。小官に任せるでありますっ」

 フィンはにっこりと笑いかけ、最後の工程を執り行う。
 光媒素エテルの粒子が舞い踊る。それは限りなく流動的で光り輝く精髄であり、宇宙と言う名の子宮を満たす羊水であり、相似的に再現された銀環宇宙イリアステルにおける「人間の魂」の役割を担うものである。
 それらは恒星と惑星の運行に導かれるように中央――地球へと凝縮してゆき――

「フィン、どの……?」

 何かの不審を感じたのか、リーネがかすれた声を出すが、すでに術式は完了しようとしていた。

「――〈汝ら、かの星を見しかば、従いてかの揺籃に至るべし。さらば汝らは見ん、しき子を。その輝けるさまをさらに知らんと欲せば、彼を美しく磨くべし。この王の子を崇め、汝らの宝庫を開きて彼に白銀を捧ぐべし〉――!」

 〈哲学者の卵〉が強い光を放ったかと思えた瞬間、銀環宇宙イリアステルそのものが戦術妖精たちの作り出す電場の中で収縮。
 絞り出すように、白い光を宿す雫が一滴、リーネの腕へと落ちていった。
 瞬間。

「あ……っ、く……っ」

 リーネの体が陸揚げされた魚のように跳ね、ゆさり、と両乳房が重たげに追随する。

「大丈夫、ちょっと体がびっくり、するけれど、危険は……ない、で……あり……」

 あ、まずい、と思った。
 意識が急に遠ざかる。
 それは、眠りに入るときとはまったく異なる感覚だ。
 冷たく深い闇に魂を囚われるような、
 もう二度と、浮上できないような、
 自分の本質的な何かが永遠に損なわれたような――

 昏睡。

 だけど、意識が本当に消え去る直前。
 誰かに崩れ落ちる体を受け止めて貰った。
 そのことが、なんだか少し、嬉しくて、
 優しく柔らかい感触が、何かの命綱のように、フィンの魂を繋ぎとめた。

 ●

 リーネ・シュネービッチェンは、体内を荒れ狂う熱の奔流にのたうった。
 全身が燃え上がるようだった。
 あるいは、弾け飛ぶようであった。
 何かの圧力が高まって、こらえきれなくなり、思わず両腕で自らの体を抱きしめた。

 ――両腕で?

「……あれ」

 不思議に思って目を開くと、切断されたはずの腕が跡もなくくっついていた。
 のみならず、自在に動いた。自分の胸がむにゅん、と潰れて腕を半ば以上包み込む感触もちゃんと伝わってくる。
 痛みもない。
 一瞬、斬り落とされたのは悪い夢だったのかとも思ったが、上腕の中ほどで魔導甲冑と衣服だけが切断されているのを見るに、あれは現実だったのだろう。
 放心しているうちに、体の熱と圧力はどんどん落ち着いてゆく。
 やがて、魔導甲冑の破損部分が植物の蔓めいて伸び、腕側と体側の幽骨が接触、融合した。
 魔力による修復能力だ。
 しかしこれほど早い再生など見たこともない。オブスキュア王家の貴顕ですら、幽骨の再生には数分かかる。
 そこまで考えて、リーネは自分の体調が、生まれてこの方かつてなく絶好調であることを自覚する。
 身を起こし、立ち上がるという動作がもう軽い。勢い余って少し宙に跳んでしまった。気力体力魔力すべてにおいて限界を超えているのだ。

「……そうだ、フィンどの!?」

 視線を巡らすと、すぐに見つかった。
 いつのまにか近づいてきていたシャーリィの膝枕で、意識を失っている。

「殿下! 殿下! フィンどのは……」

 シャーリィは、氷柱を思わせる白く滑らかな人差し指を立て、唇に当てた。
 はっとして口をつぐむと、滑り込むようにフィンのそばに膝をおろした。
 正座して少年の顔を覗き込む。
 明らかに憔悴していた。疲れて眠っている、などという生易しい状態ではない。
 血の気が引いている、を通り越して、土気色になっている。
 浅い呼吸を断続的に繰り返しているが、同時に病的な喘鳴が口から漏れ出ていた。

【続く】

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