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統一フォーサイト理論構築の必要性

 掛けたまえ。CORONAは冷えている。

 本稿は映画『プロメア』既視聴者に向けて書かれたものであり、未視聴者が読むとずのうがばくはつしてしぬ。俺はおまえに死んでほしくないので、これを飲んだらもう帰りなさい。ワカリマシタカ。

 クレイ・フォーサイトがぶっちぎりで一番好きである。その強さ、顔芸、滅殺開墾ビーム性、『冷たい方程式』大好きマンの心を捉えて離さないその主張。すべてがパーフェクトであった。

 周知の通り、クレイ氏は最強のバーニッシュである。

 と、言うことは、彼さえその気ならば、自分自身を犠牲にすることで、もっと遥かに容易く地球脱出プランは成就していたであろうことは想像に難くない。

 しかし、彼はその道は選ばなかった。人類救済などと謳ってはいても、それに身命まで捧げる気はなかったということだ。逆噴射式人品識別プロトコルに則れば「腰抜け」の誹りは免れまい。

 そうでありながら、クレイ氏が自らを恥じるような描写は一度たりともなかった。この点こそが、俺がクレイ氏をめちゃくそ好きになった最大の要因なのである。

 『カイジ』に登場する敵役、兵藤会長が言ったセリフのひとつに、以下のようなものがある。

世の中には人を助けなければなどと言い出す輩もおって、わしは実にこういう連中が嫌いでの…もし、本気でそう思っているならさっさと金を送ればいいのだ…グズグズ言わずに…ピシピシ送るべし!が…何故か奴らはそれをせんのだ…そっちに話が及ぶと突然ほっかむり…曖昧な逃げ口上に徹する…わしはそういうグズにならないように戒めておる…つまり、わしは生涯人を助けぬ…そうハッキリ決めておる…!

 ちげえだろお前。

 一部では名セリフと持てはやされるこの発言であるが、ずっと俺はどこか納得ができないものを感じていた。

 自分が傷つく覚悟がなければ良いことをしてはいけないのか?

 「覚悟を伴わない薄っぺらな善意」には、本当に何の価値もないというのか。世の良きことの九割九分はそれで成り立っているのではないのか? 兵藤会長の主張はこれらすべてをオミットする。グレーゾーンを全否定し、ほんのわずかしかない純白以外は認めないと言っているに等しい。子供のたわごとである。いや、兵藤会長は幼児じみた残虐性を持つ敵役として描かれるので、これ自体は何の問題もないのだが、このセリフを真に受けている人間が現実にけっこういるという事実に「ヒェッ」となる。

 善行のハードルを無駄に上げてどうすんだよ。

 弱くていい。愚かでいい。覚悟がなくていい。無理なく出来る範囲で良いことをしていけばいい。自分を犠牲にする善行など大多数の人間にしてみれば続かない。そんなものに世界を変える力などない。

 そりゃ自分を犠牲にする覚悟で善行に勤しんでいる人はすごいよ。一番偉い。尊敬に値する。だが、だからといってそれをやって当たり前などという言説は絶対に間違っている。お前そんな漫画の主人公みたいなことを誰もかれもできるわけないだろ!

 そうゆう鬱々とした気持ちを兵藤会長の発言に抱いていた俺にとって、「自分を犠牲にする気は一切ないが、それはそれとして人類は救う」クレイ・フォーサイト氏は燦然と輝いて見えたのだ。

 彼は徹頭徹尾胸を張り、堂々と、最後まで前のめりに戦い抜いた。自らを恥じる素振りなど一切見せなかった。主張そのものではなく、その在り方に俺は痺れた。彼はただそこにいて呼吸をしているだけで兵藤会長のファッキンスカム詭弁を粉砕する。俺にとってはまさにヒーローであったのだ。

 「正体を隠したい」「犯した罪から逃れたい」「現世的な利益を獲得したい」という極めて俗っぽい欲望と並行して「人類を救いたい」という思いがまったく矛盾なく一人の人間の中で同居している。フィクションの登場人物としては稀有な精神性。それこそがクレイ・フォーサイトという男の魅力の本質であると。

 そう思っていた。

 この記事を読むまでは。

 俺はいま打ちのめされている。

 「支配者として我が世の春を謳歌したい」と「人類を救いたい」がまったく矛盾なく同居している特異性こそがクレイ氏の魅力だと考えていた俺にとって、これはひとつの世界観を粉砕されるに等しい痛恨の一撃である。

 そうなのだ。

 ぜんぜん関係ない、ちぐはぐに見える複数の欲望が同居している人間と考えるよりも、この記事のように、あるたった一つの欲望があって、そのための手段として劇中での悪行三昧をなしたと考えた方が、クレイ・フォーサイトという男をずっとスマートに説明できるのだ。このオッカムの剃刀メソッドに則った恐るべき説得力を前に、俺は反論できる言葉を持たなかった。

 もしそうであるならば、「覚悟なき薄っぺらな善意」の代弁者としてのヒーロー性は瓦解し(なにしろ善意などないのだから!)、俺のローカルコトダマ空間に再び兵藤会長の哄笑が響き渡ることになってしまう。

 どうにかして、引用した記事の理屈をも内包した統一フォーサイト理論の構築を急がなくてはならないのだが、現状糸口すら見いだせないでいる。

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