見出し画像

絶罪殺機アンタゴニアス 第一部 #2

  目次

 罪業というエネルギーは、使ったり、時間の経過で目減りしてゆくことはない。
 罪人が罪を発し、罪業変換機関がそれを受け取って熱エネルギーに変換する。つまり罪人は孤立系ではありえないにも関わらず、その魂に蓄えられたエネルギーソースは減ったり衰えたりすることがない。熱力学を根底から覆す奇跡の具現であった。
 だが――「それ以外の要因」によって減ることはあった。

 ●

 目的の電子錠は、貧民街の一角、無節操な増築の末に怪物めいた外観を得るに至った集合住宅の一室にあった。
 階段を上り、金庫めいた丸い金属扉の前に立つ。
 老人の腹の皮膚下に差し込まれていたID素子を、端末に触れ合わせた。
 ダイオードランプが一瞬光り、重々しい音とともにロック機構が解除された。自動的に扉が上へとスライドし、入り口を開ける。
 背後の部下たちが、一斉に息を呑んだ。
 子供部屋だ。絶滅した哺乳類を模したマスコットのぬいぐるみがうずたかく積み上がっている。プラスチック製の小さな滑り台。絵本の詰まった小さな本棚。壁面には動物のシルエットがさまざまな色で描かれていた。全体的には薄いピンク色の色調をした部屋である。
 まず体感することのない、異様な空気感。「子供向けの製品」という言葉が持つ禍々しい意味合いに、ヴァシムは口の端を吊り上げる。
 頭を撫でられ、褒められ、可愛らしい物品を与えられ、抱きしめられ――そのような目に見える形で愛を示される子供は、例外なく燃料となることが決まっている。
 社会の成員として生きることを望まれる子供に、温もりは与えられない。
 軽い足音がした。弾むような駆け足だ。
「おじいさま、おかえ……あら?」
 フリルのついたドレスをまとった、七歳から八歳程度の子供が、階段を駆け下りてヴァシムの前に出てきた。
「こまったわ。おきゃくさまかしら。おじいさまはいまでかけているの」
「あぁ、知っているよ、お嬢ちゃん」
 かすかに違和感を抱く。ずいぶんしっかりした子供だ。教育を受けている。燃料には不要のはずだ。
「おじいさまが事故に遭ってしまってね。君に会いたがっているけど、すぐには動けないんだ。おじさんたちと一緒に来てくれるかい?」

【続く】

小説が面白ければフォロー頂けるとウレシイです。