見出し画像

閉鎖戦術級魔導征圧者決定戦 #22

 呪わしい魔術の力場が試合開始と同時に展開され、レンシルの意思決定を支配していたのだ。もちろん、完全に思いのままに操られていたわけではない。そんなことをすれば、レンシル自身が干渉に気付いてしまう。対象の本来の意志をねじ伏せてまでウィバロの命令を押し通すようなことはできないのだ。
 撃発音とともに、呪弾式の群れが飛来してくる。
 『右に避けよう』と反射的に思考し――しかしすぐに考えを改める。
 ――左だ!
 体の位置をずらす。右体側を旋風が吹き付けてゆく。
 素早く視界を右にめぐらすと、今そばをかすめていった呪弾式のさらに向こう側、ちょうど“レンシルが右に避けていた場合”の予定位置を、別の一撃が通過しているところであった。
 ――ほーら、やっぱり。
 眼を正面に戻すと、ウィバロは笑みを浮かべていた。鬼相の笑みだった。
「気付いたか」
 必殺の砲撃機構を破られ、意志干渉の詐術をも暴かれて、なのに泰然盤石なこの態度。
 これも予定のうち……?
 いやいや。レンシルは内心で首を振る。
 ウィバロは、ここまで追いつめられたことが逆にうれしいのだ。今大会でのウィバロの圧倒的強さは伝え聞いている。なにひとつ抵抗らしい抵抗もできないまま吹き飛ばされてゆく対戦者たちに、彼がどんな感想を抱いたかは想像に難くない。
 ――そうだ、それでいい。
 今度はこっちの思惑通りだ。やたらと苦労したけど、状況はあのときに決意していた結果へと進みつつある。ウィバロに大会出場を求めたあのときに。
 両腕の大剣を撃ち合わせた。光の粒子が飛び散る。唇が勝手に弧を描くのがわかった。
「見抜きました。ぜんぶ」
 言葉は後ろに置き去りにされる。
 爆音とともに踏み込んだのだ。疾走でも突進でもなく、ただ一歩の踏み込み。十歩の間合いを一息で消失させる踏み込み。数学的理屈では捉えきれぬ、極みに達した剣士の怪異。頭の高さはまったく変わらず、全体としては滑るような動作だった。ウィバロの姿が脈絡なく視界の大半を占めるようになる。そこは剣舞の世界。
 光が疾り抜けた。
 光だけが疾り抜けた。
 斬風も、空気の悲鳴もなかった。
 あまりに鋭利な斬撃が、触れた大気をほぼ動かすことなく振り抜かれたのだ。
 障壁が深々と砕ける。散った破片たちは、直後に意味を失って無為な光へと相を転じてゆく。それでも殺しきれなかった衝撃が、今度こそ魔王の体を宙に打ち飛ばした。
 一撃のもとに、形勢は逆転する。
 そして、レンシルの武装は今や一振りだけではなかった。
 二撃目。
 極端に屈した両膝が、極限まで高められた力を解放。ウィバロを追って、レンシルは飛翔し、全膂力を無駄なく作用させる。跳躍と斬り上げ。二段の加速。剣尖の速度を、音速の領域まで押し上げる。
 それは天地を貫く一条の雷光のごとき刺突。
 しかしレンシルの加速された意識は、それすら低速と認識した。水の中で動いているかのようだ。もどかしい。
 ウィバロへと眼を転ずる。彼は空中で手足を振り、体に勢いを付けてこちらを振り向いているところだった。彼我の眼があわさった。鬼相は、消えていない。旋回に乗せるように、掌から伸びる魔導旋条砲を突き下ろしてきた。
 剣と砲が、正面から打ち当たった。
 近接戦闘の意味の具象である剣魔術が、ここで打ち負ける道理などない。
 ほとんど抵抗もなく切っ先は砲口より突入し、螺旋状の論理構造を根こそぎ破壊してゆく。魔導旋条砲は一瞬膨れ上がる様子を見せ、直後に壊裂した。
 罠だった。案の定。
 ウィバロの鉤状に曲げられた五指の間に、奇妙に歪んだ空間がわだかまっている。直前まで魔導旋条砲の内部に隠されていたのだ。そこに大剣が突き込まれると、中程まで進んだところで唐突に止まった。どれだけ力を込めても、それ以上の侵入ができない。頑丈な壁に突き当たったという感じではなく、前に進もうとする力が歪空間によって吸い取られてゆくような――
 そこまで思い当たった時点で、レンシルは悪寒に襲われた。危機感の赴くままに剣を引こうとするが、押しても引いてもそこから動けない。
 ――力学的仕事量を転化する呪的力場!
 本来なら命中した時点でウィバロの障壁を完膚なきまでに粉砕するであろう剣撃の衝撃力を、別の場所に逃がすことによって敗北から逃れた――のみならず、雷速で振るわれる剣を一瞬だけひとところに固定したのだ。
 ウィバロの口の端から血が溢れた。障壁が受けるべき破壊力を己の肉体に転化しているのだ。規定上、敗北にはならない。斬撃の意味合いを離れた力は、単に斬りつけるほどの殺傷力はない。しかし衝撃の力積そのものが少なくなるわけでもない。人体には、あまりに過酷な負荷だ。
 魔王はしかし、凄絶な笑みを浮かべる。深刻な打撃を身体に叩き込まれてなお、その眼は爛と生気を放っていた。無造作に、逆の手で剣身を掴んでくる。魔導構造剣は峻烈な攻撃意志の顕現だが、刃という性質上、“運動”が伴わなければほとんど危険がない。
「もらうぞ」
 瞬間、レンシルは、己の手足に他者の意志が侵入し、もぎとられてゆくような感覚を覚えた。極限の剣魔術師は、己の魔剣を肉体の延長と捉えているゆえに。
 強烈な不快感に苦鳴を漏らす。集中が乱れる。その隙に乗じられた。
 術式への割り込み。所有者の書き換え。剣が己の手を離れる、絶望的喪失感。
「……ぅ、あっ!」
 両者の体が落下を開始する。引き延ばされた時間が終わる。
「ぐぅ!」
 レンシルは残された一本の魔導構造剣を撃ち込む。ウィバロも奪い取った一本の魔導構造剣を撃ち込む。凄まじい剣勢が激突し、撃ち交わされた魔力が炸裂した。
 闘技場の外からでも見られるであろう、激烈な光爆。そして轟音。
 二人は“爆心”を中心に吹き飛ばされ、離れた位置に着地。間髪入れずににレンシルは颶風と化して十歩の距離を零にした。
 二人は獣性の赴くままに顎門を開いた。
 彼女が吼えた。彼が吼えた。
 撃剣が始まった。

【続く】

こちらもオススメ!


小説が面白ければフォロー頂けるとウレシイです。