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〈それら〉の起源

  目次

「……ごめんなさいね、三人とも。取り乱してしまったわ」
「いや、話を聞いてゐれば察しはつく。無理もなきことかと。こちらこそ、無遠慮に〈鉄仮面〉について触れてしまったようだ。許していたゞきたい。」

 女王は首を振った。翡翠の髪が煌めいた。
 泣き腫らした目は、しかししなやかな力を取り戻していた。

「率直な意見を聞かせて。〈鉄仮面〉が、わたしの夫……ギデオン・ダーバーヴィルズであったとして、彼はまた王国に対して牙を剥くと思うかしら?」
「それは間違いなく。〈鉄仮面〉氏からは、貴国への極めて強い執着が感じられた。確実に再び侵攻してくるであろう。」

 総十郎は、目を鋭くした。

「――幽鬼王レヰスロオドという存在について、詳しいことを伺いたい。その詳細な戦力も。」

 ●

 アンデッドというものが何故この世に発生するのか。
 確かなことは誰にもわからない。
 一説には魔王第四柱〈屍毒の継嗣〉に発現した歪律領域ヌミノースが、彼の死後も残留し、拡散し、遍在し、生死の流転に狂いを生じさせたためであるとも言われている。
 少なくとも、〈暁闇の時代〉より前にアンデッドは確認されておらず、この時代に何かがあったことは確かなようだった。
 動きは鈍いが、痛覚がなく、物理的に破壊されない限り行動を止めない。ごく一部の上位種を除いて知能はなく、生者への害意に満ちている。
 基本的に、その発生は散発的である。人族の社会においては土葬が一般的であり、埋葬された遺体が這い出てきて人を襲うというパターンが最も多い。集団を形成することなど基本的にはない。
 ゆえに、社会を揺るがすほど大きな脅威となることは本来ないのだが――例外はある。
 ひとつは吸血鬼ヴァンパイア。いまひとつは幽鬼王レイスロード
 少数の血族を増やして人族の社会に溶け込み、隠然とした影響力を振るう吸血鬼ヴァンパイアとは異なり、幽鬼王レイスロードの脅威はもっと直接的で、暴力的で、破滅的だ。
 恐るべき速度で眷族を増殖させてゆく
 幽鬼王レイスロードの手にかかり、その不浄の霊気を注ぎ込まれた生物は、その場で即座にアンデッド化する。
 そうして誕生したアンデッドが別の生者を手にかければ、その者もアンデッド化する。恐ろしいことに、この孫世代のアンデッドは親世代と比べて何一つ劣化していない。感染能力も保持したままだ。
 結果として、幽鬼王レイスロードの眷族は幾何級数的に膨れ上がってゆく。
 一夜にして一国を滅ぼしうる、最悪の厄災。
 災害以上に恐れられる、伝説の具現である。

 ●

「高く広範な知性を有する吸血鬼ヴァンパイアとは異なり、幽鬼王レイスロードは死の瞬間に抱いた妄念、渇望に強く囚われていますわ。発想の転換ということができず、盲進的にただひとつの目標へと暴走してしまう」
「言い換えれば、強固な信念を持ち、決して揺らぐことなく邁進し続ける烈士、であるか。」
「たとえその信念が間違ったものであったとしても、自分の意志ではもう止まれないのです」

 シャラウは愁いに満ちた貌で、髪を梳った。

「〈鉄仮面〉がわたしの亡夫だったとして――あの人は、今わの際に何を考えていたのかしら……」
「心当たりはない、と?」
「ええ……そうですわね。ただ、晩年は、ものすごく苦悩していたようだった……」
「苦悩とな。」
「何にそんなに思い悩んでいたのかはわからないけれど……わたしはそれを理解してあげられなかった……ずっと、そばにいたのに……」

 女王は悄然と俯いた。
 瞬間。

「本当にわからないの? それともわからないふりをしているの?」

 少年の、声。
 一同がはっと振り向き、身構えた。両手足を幽骨で拘束された〈道化師〉が、嘲弄に満ちた目でシャラウを見ていた。

「え……」
「本当に気づいていないのなら、その愚かしさは度し難いし、気づいていてとぼけているのなら大した恥知らずぶりだ。感心するよ、シャラウ陛下」
「なに、を……」
「ほう、〈鉄仮面〉氏の動機について、なにか知っているのかね? 〈道化師〉くん」
「残念だけど、ここで彼の許可もなく彼についてべらべらとしゃべる気はないよ。僕はそんな薄情者じゃないんでね。ただ――」

 〈道化師〉は視線を巡らせる。
 フィンを見るときだけ、その目は優しい色を帯びた。

「ひとつだけ言えるとしたら、これはあなたたちエルフが自分で気づかなければ意味がない、ということだ。彼が神統器レガリアに選ばれているということの意味をよく考えるべきだね。僕の口から言えるのはここまでだ。やれやれ、念入りに拘束してくれたものだ。煮るなり焼くなり好きにするといいよ」

 器用に肩をすくめる。

「ト……〈道化師〉どの……」
「フィンくん、無事に切り抜けられたみたいだね。〈鉄仮面〉は容赦ないからなぁ。ま、ヤビソー氏が一緒だったからそんなに心配はしてなかったけど。それでもまたこうして君の元気な顔が見られて、とてもうれしいよ」
「〈道化師〉どのは、怒ってないのでありますか……?」
「怒る? 何に?」
「だ、だって、小官、キライって言って、撃ったであります……」
「なんだ、そんなこと気にしてたのか。君の立場なら怒って当然だろう。僕は王国の破滅に手を貸した悪党だよ? むしろどうして君は僕の機嫌なんか気にしてるんだい?」

【続く】

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