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栩々然として胡蝶なり

  目次

 この世界とは明らかに異なる服飾文化の産物であった。烈火が自作した革の服と、どこか似た印象がある。
 両手には指ぬき手袋がはめられていたが、謎めいた光のラインがその表面を幾何学的に走っていた。

「キミは……まさか……キミもそう・・なのか!?」

 銀髪の、端正な顔の少年であった。深く穏やかな瞳が、じっとこちらを見ている。
 魂の底まで見透かされてしまいそうな、内部に無限の拡がりを内包した瞳だった。
 その口元が、きゅい、と吊り上がる。そこだけ全体の表情とは異なる獰猛な感情を有しており、さきほど抱いた「肉体と精神の乖離」という見当の正しさを感じさせた。

「ご明察。召喚能力を持っているのはシャーリィ殿下だけじゃないということだね」
「つまり、キミも異界の英雄だと……!?」
「まぁ言わんとするところはわかるし、イエス、と言っておくけれど、僕は英雄なんてガラじゃないな。ただこうして、」

 少年が手袋に包まれた掌を上向けて差し伸ばすと、そこに燐緑色の可憐な花が灯る。フラクタル構造を宿した花弁が四方に広がり、くりんと渦を巻く蔓が同時に伸びてゆく。
 ぐっと手を握ると、花は無数の蝶になって周囲を舞った。

「美しい幻影ものを紡いでいられれば、それで良かったんだけどね……」

 その幽玄さと儚さに、リーネは思わず見惚れる。
 ひらひらと乱れ舞う蝶の一羽が、目の前まで漂ってきた。幻影でありながら、半透明の結晶じみた固体感がある。
 ぷるん、と乳房がひとりでに震えた。蝶の中に濃密な雷の精霊力を感じたのだ。

「――ッ」

 咄嗟に飛び退る。
 だが。
 幻影蝶が弾けて消滅した瞬間、全身の表皮がたまらないほどの熱と痛みを帯びた。
 悲鳴が上がる。それが自分の口から出ているものだと気づく余裕もなく、目を閉ざし、顔を庇いながらのたうち回った。
 全身が燃えるような灼熱感。脈拍に合わせて痛みが爆発的に高まる。
 ひどい火傷を負った。
 顔面も例外ではない。薬師が処方してくれる膏薬は素晴らしく効果的だが、果たして跡形もなく直るものだろうか。
 勇敢な騎士の陰に隠れた、恋に憧れる娘の部分が、自らの美を唐突に喪ったことに計り知れない衝撃を受けた。
 頬を伝う涙は、痛みによるものか、悲哀によるものか。

「う、うあ……」
「ミリ波――と言ってもわからないか。高周波数の電磁波を放射した。僕の電飾素子シレクスの出力では半径数メートル程度の範囲にしか効果はないけどね。どうかな? しばらく行動できなくなる程度には痛いらしいけど、感想を聞かせておくれよ」

 嗜虐的な笑いを含んだ声とともに、足音が近づいてきた。

 ●

 ギデオンと烈火の一騎打ちは、傍目には極めて地味な展開に終始していた。
 あたかも命中の寸前で攻撃を止めているかのように、烈火の動きが断続的に停止する。

 ――いける。

 ギデオンの剣士として培われてきた心眼が、身体スペックにおいて圧倒的に上回る烈火の動きを先読みしていた。
 爆速で殴りかかってくるその拳に刀身を触れさせ、威力を強奪。即座に噴き上がってくる膝蹴りも強奪。続く頭突きも強奪。
 強奪、強奪、強奪。
 本来ならばギデオンの肉体など瞬時に細切れにされているべき連撃だ。威力も回転率も対処できる限界を超えている。だが、今は攻撃と攻撃の繋ぎに著しく精彩を欠いていた。
 無理からぬ話だった。いかなる武術の連携も、技後に残留する運動量を次の攻撃に転用するシステムである。技の度に肉体が保有していた慣性がいちいちゼロに戻される状況など想定してはいまい。
 〈黒き宿命の吟じ手カースシンガー〉の力は、図らずもこの白兵戦の化け物に対して特級の効果を発揮していた。並の相手であれば本当にささやかな効果しかないはずであったが、黒神烈火と相対した時だけ規格外の超兵器に化けるのだ。

「ウゼーよそれ!!!! ちょ、あぁ、クソ!!!! やめろや殺すぞ!!!!」

 思うように動けず、苛立っている。
 こうして地道に衝撃を奪い、先ほど以上の威力をもって致命の一刀を見舞う。
 だが――

「ッ!」

 気が付いたらいつの間にか目の前に足裏が猛迫してきていた。咄嗟に霊体化して難を逃れるも、この蹴りは吸収し損ねる。

「天ッ!! 才ッ!! ッビィィィィィィィィィィィィィィムッッ!!!!」

 目から怪光線がほとばしり、そのまま一回転。周囲の地面を爆裂させ、土煙を発生させる。

 ――ほう、多少は考えたな。

 こちらの視覚を封じて状況を打破しようとしたか。
 だがまったくの無駄である。霊体化したギデオンは、視覚もまた霊的なものに変わる。対象の肉体ではなく、その魂魄を“視る”のだ。土煙など何の意味もない。
 烈火の背後に瞬間移動し、実体化。
 刺突の構え。狙うは心臓。鋼のごとき背筋に向け、一直線に切っ先が解き放たれた。
 命中と同時にため込んだ威力を解放する。
 恐らく心臓には至らないだろうが、多少の手傷は負わせられる。
 そうなれば――あとはヴォルダガッダの歪律領域ヌミノースが奴を殺してくれるはずだ。この異空間全域に充満する殺戮の法は、ギデオンと烈火に等しく作用する。距離が離れるほどに深くなる傷はすぐさま心臓に到達するだろう。
 が。

【続く】

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