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beadsのコーポレートアートができた話│ 福岡 ホスピス住宅ビーズの家

2022/12/23に僕たちのホームページを公開しました。
その後、色々な方からアートについて感想をいただきました。
ドキドキしなが公開したのでとても嬉しいです。

お声をくれた皆様ありがとうございます。

▼HPはこちらから

今日はどうやってこの絵ができたのか書いてみようと思います。

自分の想いと違和感

2022年7月4日に株式会社beadsを設立しました。
設立までも僕自身が医療や介護の経験がない中で、熱い思いを持って在宅診療や介護看護の事業を取り組んでらっしゃる先輩方に現場帯同させてもらったり事業の思いを聞かせてもらったりと様々な学びをさせていただきました。

そんな中で、自分自身がやっていきたい世界観を描きながら「ホスピス住宅」という事業計画を何度も書き直しました。(今も磨き続けていますが…)

事業を考えれば考えるほど、最も大切にしたいのは「なんのために事業を行うのか」「何を大切にしていくのか」という理念と関わる人達の共通の価値観にあると思うようになりました。

そこで、改めて自分たちの経営理念を言葉として定めようと、自分のメモ帳やノートに書き出してみたのですが、正式に掲げる言葉としてなかなか決めきることができずにいました。

何故なら僕の言葉は僕自身のものの見方や考え方に偏ってしまっているような気がしたからです。もちろん創業者ですから自分の考えを明確にして物事を創っていくことが大事なのですが、自分をもっと開いて言葉を探してみようと思いました。

対話で深める

そこできちんと伝わる言葉にするために、友人からの紹介でクリエイターの長浜さんとの対話を始めることにしました。

長浜さんとの対話は、非常に面白い時間でした。

最初は、私が自分の考えを一方的にお話をして、長浜さんに聞いてもらう。長浜さんは私の考えをとても注意深くきいてくれて、共感ポイントを話してくれる。次に、長浜さんが感じたことをテキスト文章にして送ってきてくれる。その文章をまたミーティングで味わって浮かび上がることを対話する。そして、今度は僕がコピーを書いて送り返す…

私達の間では「コール&レスポンス」とか「アンサーソング」とか言っていたのですが、そうやって毎週お互いのアウトプットを見て、聞いて、味わって、また書いてを重ねていきました。

1ヶ月半ほど、これを繰り返した段階で、それなりに私としては「いい感じ」になる文章ができてきたので、今度は創業メンバー皆でじっくりと理念となる言葉を決める合宿を開くことにしました。

経営合宿で共有した価値観

福岡市早良区にある古民家を借りて泊まり込みの合宿。(この時の話はまたおいおいゆっくり書きたいと思う。)お互いがどんな人生を生きてきて、どんな思いでこの事業に取り組んでいきたいと思っているのか、それをどう事業で表現するのか、そんな根本的なことを、丸2日間じっくりと対話しました。

古民家のベランダから見えた虹

そこで僕たちは「その人らしく暮らす」ということの奥深さを共有し、言葉で表すことの難しさに直面します。

誰しもこれまでのそれぞれの人生があって、その人生は誰かの一方的な価値観でひとまとめにできるものではない。

仲間と一緒にいることが楽しいと感じる人もいれば、ひとりでゆっくり過ごすことを望む人もいる。誰かの支えを欲する人もいれば、自分のことを自分でしっかりやりたいと思っている人もいる。

そして、それは、そこで暮らす人だけではなく、ご利用者のご家族、働くスタッフ、連携する様々な人達、もっというと周囲の自然環境も含めて、全部それぞれの「らしさ」がある。

ご利用者だけではなく、そこまでの広がりで「その人らしさ」を大事できる場を、”ビーズの家”で実現したい。

一方、「その人らしさを大事にする」という言葉だけでは、どこか「その人だけが良ければいいのか」という違和感が残ってしまう。特定の誰かや、多数派の意見だけが尊重されるのではなく、互いが互いの「その人らしさ」を分かり合おうする「在り方」でいられる場にしたい。

たくさんの対話を重ねて僕たちは互いにイメージを確認することができた。理念を言葉として収束することはできなかったけれど、創業メンバーで大切な価値観を共有できたのは大きな収穫だった。

言葉で足らないことは絵で描く

そんな合宿を終えて、改めて創業メンバーであり看護師の落合もミーティングに加わって長浜さんとの対話が再開した。僕たちの合宿での葛藤や言葉にできないもどかしさを長浜さんにお伝えする。

すると、ある日、長浜さんが絵でアンサーソングを返してきてくれた。

対話をもとに描かれた、beadsのコーポレートアート

そこには、人や動物が一緒にいる空間が描かれていた。一見、暖かな様子にも見えるが、それぞれを注意深く見ると、それだけではない。少し寂しそうにしている人もいれば、一人でゆっくりと楽しんでいるようにも見える。俯瞰的な絵でもあり、局所的絵にもみえる。そして大きな流れの中のある地点のようにも見える。

「こちらの考えを伝える言葉を探すのもいいけれど、この絵のように”見る人にその解釈をゆだねてみる”のもいいのではないでしょうか」

長浜さんの言葉に大きな衝撃を受けた。

そうか、僕たちがつくりたい場はそういことだ。それぞれに解釈があっていい。大事なのは一方的な正解を定めるのではなくて、お互いに感じたことを分かち合うことなのかもしれない。

そして、分かち合うには大事なことがある。
それは「繋がっている」という感覚だ。

「繋がっている」というのは、「知っている」とか「友達だ」とかそういうことだけじゃない。私たちはそもそもひとつの「いのち」だ。生きていること自体は、あらゆるレベルでお互いにすでに何かしらの「繋がり」を持っている。「繋がっている」とはそういうことだ。

知らない間に、お互いの「いのち」が響き合って、「その人らしさ」は形成されている。この感覚を大切にすると、それぞれの解釈を受け取り合うことができるのではないか。

そんな前提を言葉に添えて絵を見て対話ができたらいいと願う。

そうやって、僕たちのコーポレートアートは生まれた。