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#187_【ガイド研修】海上自衛隊対馬防備隊

私の高校の同期に、海上保安大学校へ進学した者がおります。

40歳の同窓会で久々に再会し、冗談半分で「海上保安庁と海上自衛隊の違いが分からん」と口走ったところ「事件が起きたときに、陸なら自衛隊の前に警察が動くだろ、違うに決まってるじゃねえか!」と言われました。
私は物書きの仕事で海上保安部さんのお世話になっていますので、もちろん知っていますが、対馬に来るまでは違いを理解していませんでしたf^_^;)。
世間的にはそのレベルの認識でしょと思い、せっかく国境の島・対馬を謳うのであれば、現状の国防も知っておいたほうが良いと思い、海上自衛隊対馬防備隊さんで、観光ガイド研修を実施しました。


講義

まず対馬における国防の歴史や、海上自衛隊の任務 についてご説明いただきました。

ご対応いただいた広報の方から、「講義内容については機密情報が多いので、最初か最後の部隊のロゴのスライドのみ撮影可」というご指示があり、なんのこっちゃと思っていたところ…

【海自仕様のつしにゃんがお出ましです(゜o゜;;】

白村江の戦いにはじまり、文禄・慶長の役、ポサドニック号事件、対馬沖(日本海)海戦といった歴史の流れをおさらいしていただき、現在の体制(対馬防備隊と3つの警備所(上対馬、下対馬、壱岐))が形成された経緯や、対馬海峡を通過する船舶や航空機の現状をご紹介いただきました。

素人目で見ますと、対馬防備隊周辺には巡視艇サイズの船すら停泊していませんので、 海上自衛隊の仕事は何だろうか疑問だったのですが、対馬は「監視の最前線」という位置づけになるそうです。

冒頭で、陸上で事件が起きたときに誰が対応するのかという話を書きましたが、海も同様、自衛隊が我先に出動することはありません。それでは、警察にあたるのは誰なのかといいますと、海上保安庁ということです。

テロのような事件ではありませんが、対馬で自衛隊が出動した事例は過去にありまして、韓国人旅行者が白嶽で遭難した際、捜索活動に加わっていただいたことがあります。
その時は、長崎県知事からの出動要請があり、組織内で決定が下りてから派遣されました。

余談ですが、2001年12月22日に発生した九州南西海域での不審船(北朝鮮の工作船)事案の時は、海保と海自が連携して動きを追跡していましたが、自衛隊の艦船が出動する事態にまではならずに終わりました。

以前、海上保安部さんの巡視船体験乗船に参加した時、船員のご家族の方に話を伺ったところ「ちゃんと働いてるのが確認できた」という、冗談とも本気とも取れるコメントをいただきましたが、海保も海自も、身内であってもベラベラしゃべれるような内容の仕事ではないと思いますので、参加したガイドさんにとって発見が多かったようですし、そのおかげで私もどのレベルから説明する必要があるのか勉強になりましたf^_^;)。

現地見学

対馬防備隊がある場所は、海軍の竹敷要港部などの跡地になりますので、往時の遺構もご案内いただきました。

【竹敷要港部の岸壁の石積みです。】
【揮発油庫だった建屋だそうです。海自の建築様式ですね。】
※個人宅の敷地につき、許可をいただいて撮影しています。
【旧対馬空港で使用された飛行艇のスロープです。】
【スロープの陸側です。航空写真では「TSUSHIMA」の文字が確認できます。】
【桟橋の跡です。】
【現在はこちらの浮桟橋が使われています。】
【軍の境界標たちです(^^ )。】

さいごに

弊社の社員から「どうせお前が好きだから行くんでしょ」という感じに言われ、べつに否定をするつもりなど微塵もありませんがf^_^;)、対馬における監視活動の現状を知ることによって、過去の出来事が持っている意味が生きてくることを感じました。
対馬は観光資源として歴史をウリにしていますが、単なる出来事の羅列ではなく、歴史を知る意味も感じてもらえる観光ガイドを目指していきたいと思いますo(^-^)。

ご多忙の中、組織内の調整をしてくださりました対馬防備隊のみなさま、ご協力まことにありがとうございました。

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