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消え入りそうで消え入りたいのは誰?

震える手がソーサーに置かれたスプーンに当たって音を立てる。

カシャン

「あっ」

そんな小さな声を反射的に言ってしまいながら、でもマグカップの持ち手に手を伸ばす。必死に震えそうな手を隠そうとしながら、いつも以上にぎゅっと持ち手を握る。


小さなコーヒーカップに入れられたコーヒーは私の手の振動に合わせて波打っていて、少しずつその波は大きくなっていく。


溢れてしまう。今日のためにおしゃれしてきたスカートに溢れてしまったら、それこそいろんなものが台無しになる。


慌てて顔をカップに近づけて、コーヒーを音を立てないように必死にすする。

猫舌の私には熱くて、思わず顔を離しそうになるけれどそれもできなくて。舌を火傷しながらなんとか一口目を飲む。

一口苦いコーヒーを飲むと少しだけ気持ちが落ち着いて、向かいに座る彼の顔を見る。彼は初めてきたらしいこのカフェの雰囲気が珍しいのかちょっと周りをキョロキョロしていた。

見られていなかったみたい、そう安心して、もう一口。今度は少し用心しながら飲んだ。苦さでまた少し心が落ち着いた。



彼とは今日初めて出会った。親友がいい子がいるから会ってみようよとなんて声をかけてくれて、渋々待ち合わせのレストランに行って予約の名前を告げて席にいくと、困り顔で笑いかけてくれた彼が一人。

「なんか急にこれなくなっちゃったみたいで、ごめんね。俺一人みたい」



いやです、も、困ります、も、大丈夫です、も何も言えず絶句して、「そうなんですね」だけ言ってとりあえず席についた。

何かよくわからないカタカナをとりあえず指差しオーダーして、目の前のものを少しずつ食べる。

人見知りではあるけれど、人並みに社会人はやっているから、そつなく喋ることはできる。でも自分のことをうまく説明できるほど頭が回らないから、とにかく彼に質問し続けた。

どういうことですか?よかったのはなんですか?一番楽しかったのは?

答えの内容なんてほとんど覚えていなくて、必死に次の質問ばかりを考えていたらいつの間にかデザートのアイスクリームは空っぽだった。


なんとかランチをくぐり抜けた、そう思って、「じゃあこれで」と言って去ろうとした。そんな私の背中に引き留める声があって振り返ると真っ直ぐに言葉が飛んできた。

「次は君の話を聞かせてよ」


そう言われて、またしても、いやです、も、困ります、も、大丈夫です、も言えずにカフェを探して今に至る。




カップ越しに覗き見ると彼は、店内を一通り見終わったようでこちらに視線を戻したところで、目と目が合った。

次は確か私が質問を受ける番だったはず、そうちょっと身構えてしまう私はすっと目をそらしてしまった。そしたら、ふっと力が抜けたような笑い声が聞こえた。


「ごめんね。ご飯の時から聞きたいことがうまく聞けなくて」

え?と顔を上げたら困ったように、ちょっと頬をあからめて苦笑いする彼と目があった。


「緊張してたんだ。会わせてほしいってお願いした人が目の前にいる状況に」

そう言って目をそらした彼の手は小刻みに揺れていた。



渋谷 宇田川カフェ

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