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それを年寄りの冷や水と言う

 諸君、年寄りは、嫌いかね?

 私は嫌いだ。私は、彼らを忌み嫌っている。年寄りは、いつも自分だけが正しいと思い込んでいる。頑迷で不機嫌でプライドだけが高く、同じ話を何度も繰り返し、いつもアクセルとブレーキを踏み間違える。

 今日も近所の河原でそんなジジイを見かけた。もちろんババアもいる。春には桜並木が美しい河原であるが、年寄りのせいで随分と美観が損なわれている。実に嘆かわしい。

 そのジジイは、ストレッチらしきものをしていた。その姿が実に奇妙だった。おそ松くんに出てきたイヤミのそのものなのだ。あの「シェー」というポーズである。

 腕の筋肉を伸ばすためなのか、左手をあげ、頭に沿って曲げている。そして、片足を曲げて、もう片方のヒザのあたりに交差させている。右手は、足首をつかんでいる。柵にもたれかかっているので、転倒の心配はないようだ。

 まさにイヤミのシェーである。おそらくは、誰かのストレッチを見て、それを自分なりに改良したつもりなのだろう。だが、とても効果があるとは思えないのである。第一、同じポーズを取っているだけで、負荷をかけたりもしていない。

 ここに年寄りの特徴を見ることができる。そうだ。独善的なのである。

「いや、そんなんじゃ効果は出ませんよ。手と足の筋肉をほぐすのなら、こうやった方がいいですよ」と教えても絶対に聞かないのである。

 そんなことを言えば、「ワシは、学生の頃50メートル6秒8やったんじゃ~。そのわしに向かって何じゃあ、その偉そうな態度は」などと自慢&説教をはじめるのである。くわばらくわばら。

 ふと見ると、そのちょっと横では、一人の爺さんが柵に足を乗っけている。これもただ乗っけているだけである。短い足を柵にかけている様は滑稽であるが、彼の顔は自慢げだ。「ワシは、こんなに足が上がるんやで」とアピールしているのだ。

 すると、その横を婆さんが後ろ向きに歩いて通り過ぎた。この運動をしている年寄りは多い。普段使わない筋肉を使うのでインナーマッスルが鍛えられてバランスが良くなる、などと言われているが、私は、そんなもの信じない。

 私は、「普段使わない筋肉は使わなくていい」派である。そもそも後ろ向きに歩くのは、不細工である。見ていて「アホちゃうか」と思ってしまう。何より自然の理にかなっていない。

 他に後ろ向きに歩く動物がいるか? 犬や猫が「バランスが崩れるから」と後ろ向きに歩いたりするか? 穴を後退するモグラやカニが横歩きする以外は、みんな前向きだろうが。だったら、前向きが正しいのである。

 あんな運動をしている年寄りは、いずれけつまづいて「ととととっ」などと言いながら勢いが付いて川に落ち、どんぶらこどんぶらこと流されて、やがて海に還っていくのだ。

 イヤミの爺さんに目を戻すと、彼は、左右を入れ替えてシェーのポーズを取った。その顔は、自分のストレッチを信じ、「どや、この運動はサイコーやろ」と自慢げである。まさに独善!

 かつて哲学者のバートランド・ラッセルは、「独善が死ぬまでは、善が生まれることはないのだ」と言った。つまり、この世から年寄りが一掃されない限り、善は生まれないということだ。

 私は、独善的な未来に絶望しながら「まったく。年は取りたくないものだな」と呟いた。そのとき、ふと一つの疑問が浮かんだ。そうだ、いかんいかん。自分の年齢を忘れていた。

 そのジジイは、自分よりも十は若いらしいことに気づき、私は思わず「シェー!」と驚愕したのである。


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