主人公じゃなくていい。何かにメタモルフォーゼしたかった。
「あなたは、子供のころ何になりたかった?」
きっと美少女戦士であったり、戦隊ヒーローだったり、もしくは警察官とかパティシエだったりしたかもしれない。
なにかに憧れる。それはとても尊い気持ちだと思うし、きっと大人になってからの心の支えになっていたり、フェチズムの根底になっていたりするかもしれない。
(私はウルトラマンのフォルムが大好きだった。仮面ライダーもサイボーグ009も・・・あとは・・・)
「美人には腕毛は無いんだぜ!」とかいうパワーワードぶつけてきた男子。
そんな夢見がちな私にも、小学生の時は好きな男の子がいました。運動ができて勉強ができるユニークな子です。
ひそかに抱いていた淡い恋心だけで、何気ない日常にも色が付いて見えました。しかも同じクラスにすきな子がいるなんて超ウルトラハッピーSSSレアイベントみたいなもんですよ。
しかし、そんな毎日は案外あっけなく終わるもんです(泣)
たまたま彼と隣の席になって私は有頂天でした。彼は驚くほど屈託のない笑顔で「お前、腕が男みたいだな。」と言ってきたのです。
頭は真っ白とはこの事。なに言われたか理解できなかった私にダメ押しの一撃。
「お前さ、腕毛濃くね?美人な女の子は腕毛なんて生えてないぜ?」
「隣のクラスの○○ちゃんも、肌がきれいでいいよな!しっかし、おまえはゴリラみたいな腕してるよな!」
泣きましたよ。人目もはばからず。つまり、私は美人でもないし、君は隣のクラスの○○ちゃんが好きなんだな?よ~~~~く分かった。
(脱毛は肌が弱いため、できなかったのです。)
私はそのことをしばらくネタにされ、自分の容姿に自信が持てなくなっていました。
赤リップを塗りたくった日
あのハートブレイクな日から月日は流れ、私は祖母から一本の赤リップを貰いました。祖母も私の母もあまり化粧は得意ではないのですが、自分によく似合う色味は熟知していたようです。
白い肌に合う、やや暗めなレッド。
若者向けかというと少し時代遅れ感はありましたが、往年のハリウッド大女優のような風格が唇に宿った気がしました。その日の晩はウキウキで、鏡に映った自分に投げキッスをしたくなるくらい気分が高揚していたのを覚えています。
この日の体験は後に、社会の荒波に揉まれる私が夜な夜な行う”変身”に大きな影響を与える事になるのでした。
化粧ではなく、変身な理由
毎日毎日、家と施設の往復。
休日返上で知力も体力も使う、下手すれば人の命を危険に晒してしまう可能性のある仕事。給料やボーナスが良かったのが唯一の救いか・・・しかし友達と遊びに行こうなんて言う気力も時間もなかった。
毎日、どうせ落ちるからといってリップくらいしかしていかなかった。
とある休日、たまたま叔父に勧められたへヴィメタのCDジャケットに衝撃を受けた。白い顔にど派手な衣装。ビカビカの厚底ブーツ。まるで地獄のスーパースターじゃないか!
ある意味で、彼らのビジュアルは私の新しいヒーロー像になった。
そうだ。メイクだ・・・いや。もう原型も分からないくらいの別物にならなくちゃいけない。現実逃避には変身だ。性別も人種も種族も関係ない。
それから夜な夜な研究した。
百円ショップの付けまつ毛、グリッター、布の端切れや庭に生えている植物まで活用して自分のファンタジーを作り上げていった。時にはドラァグクイーンの真似事もしたし、神話の登場人物にだってなれる。
何だってよかった。自分以外になれるなら。
失恋の痛みも、顔も見たくない上司も、悲しみや怒りの有象無象の全てを忘れる事が出来るひと時。鏡の向こう側では、美しかったり、不気味だったりする自分が笑っている。
決して主人公になんてなれるような容姿ではない。表舞台なんかには出ることもない一晩のメタモルフォーゼ。
私にとっては魔法のステッキより価値がある。
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